明治という時代は、そもそも愛国なのか?

 さて、メキシコからこれを書くのもアレだが、私は日本という国が好きである。
 もっとはっきり言うと、好んで和食も料理するし、着物を着るのも好きだし、(最近知ったのだが、司法記者クラブで、和装で記者会見したのは前代未聞だったそうである)日本の文化を愛しているので、私は愛国者であると思う。
 とはいえ、「日本の文化とは何か」ということを定義するのは、甚だ難しい。

 日本文化は、縄文文化のあとに大陸系の弥生人が入ってきて、さらに、その後の飛鳥や奈良の時代に、中国や半島の影響を受けて生まれてきたものだ。とはいえ、その後も、中国やシルクロード地帯の文化、さらに、南蛮文化と呼ばれた、スペイン・ポルトガル文化の影響も多少受け、鎖国と言われていた江戸時代でさえもオランダを通じて入ってきたヨーロッパ文化は入り込み、取り込まれてきていた。
 雑食しながら、独自の美意識を作ってきた文化なのである。

 だから、明治維新の時代以後は、富国強兵の名のもとに、ためらいもなく、きわめて積極的に「欧米列強」の文化を取り入れた。

 で、その「明治時代」を模範として、それに憧れ、習おうというのが、今の一部日本での、自称「愛国保守」の方々であるらしい。

 しかし、はっきり言おう。
 明治時代とは、日本文化より、欧米文化をありがたがり、お雇い外人に法外な高給を支払っていた時代である。文部大臣ですら「日本語廃止論」を唱え、廃仏毀釈の名のもとに、奈良・飛鳥・平安時代以来の日本の伝統である仏像を多数破壊するなどタリバンみたいな所業を行い、さらに伝統ある天皇家の方々に和装ではなく、イギリス式の洋装を着せるなど、それこそ「反日」の極地みたいな時代であったということは忘れてはならない。
 その時代に憧れている時点で、そういう連中の正体こそ、よほど反日ではなかろうか。

 そう思っていたところで、稲田防衛大臣のこの発言である。

「教育勅語の精神である親孝行や、友だちを大切にすることなど、核の部分は今も大切なものとして維持しており、そこは取り戻すべきだと考えている」
「教育勅語の精神である、日本が高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すべきだという考えは、今も変わっていない」

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170308/k10010903641000.html

 実際に、子供にこの教育勅語を唱えさせるような幼稚園の教育に感動して涙をながすような人物が首相夫人であり、そういう学校が、「役人の忖度」やらなんやらで、常識的にありえないような優遇を受けてきたというのだから、そういう感覚を持っている人が、いまの内閣では多数を占めているということなのだろう。

 しかしね。教育勅語って、稲田大臣はちゃんと読んだことあるんでしょうかね?
 教育勅語のキモってのは、十二か条の締めの部分、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」以外の何物でもないでしょうか。

 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」。現代語訳すれば、「危急の事態が生じたら、勇気を持って公に奉仕し、それによって永遠に続く皇国を支えましょう」
 すなわち、ズバリ、滅私奉公。


 この条文こそがキモだったのであり、だからこそ、戦後全面否定されたのだということを知った上で、この「滅私奉公」を高い倫理観だの取り戻すべきだのと行っているのだとしたら、これは、もう、完全に民主主義や主権在民の否定であり、現憲法の否定なのだから、暴走もいいところである。

 親孝行だの夫婦は仲良くだの友達を大事にしましょうなんてのは、別に日本独自の考え方でも高い倫理でもなんでもありゃしません。日本の国ができるよりもはるか昔に、モーゼやら孔子が説いていることです。日本独自の思想などと言ったら、もう世界中から失笑の渦でありましょう。実践的には、ラテン系の人間のほうが、よっぽど日本人より親を大事にして、夫婦は仲良くして、友達を大事にしますよ。

 それとも、朋友相信シ(友だち同士は信じ合いましょう)だから、「お友達」には便宜を図るってことなんでしょうか。
 それならば、孔子もこう説いています。「不知其子、視其所友(其の子を知らざれば其の友を視よ)」 
 お友達がどういう人かを見れば、その人がわかる、とね。

上野千鶴子氏の炎上にも一言触れておこう

 上野千鶴子氏の文章が炎上している。
 意外に思われるかもしれないが、私はわりと保守的な家庭で、「逃げ恥」で言うところの「呪い」をかけられまくって育った。高校は、いわゆる進学校に行ったのだが、それでも母親の呪いはとどまらなかった。
 それが、高校生ぐらいのときに、上野千鶴子氏の著作を読んで、かなり衝撃を受けた記憶がある。
 (もっとも、母親の呪いはけっこう強力だったので、その時点では、それが人生を変えたほどの影響を受けたというほどのことではなく、実際に私の価値観が決定的に大きく変化するのは、その後の留学生時代のことになるのだが)

 とはいえ、上野千鶴子氏にはずっとそれなりの敬意を持っていた。実際にそういう人は多かったはずで、だからこそ、今回、多くの人が「裏切られた感」を持ったのだろう。
 私も、その例に漏れなかった。

 移民政策に関する氏の見解「移民が増えれば治安も悪化するし反対派も騒ぐ。他の国で失敗してるんだから、日本じゃ一層無理、だからはじめからやめといたほうがいい」という論理は、すでに多くの人がデータをもとに反論されている。
 そもそも、

 日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。


 という、氏の提起する選択肢自体が、「カレー味のウ○コを選びますか、それとも、ウ○コ味のカレーを選びますか、それ以外に選択肢はありません」みたいな、わけのわからない二者択一である。

 どっちも選ばなけりゃいいだろう。

 移民を入れて活力ある社会をつくりつつ、ヨーロッパを参考に、社会的不公正と抑圧と治安悪化が起こらないようなモデルケースを模索していくという選択肢は、頭から無理だと、「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」と断定されるが、日本は、そもそも多文化共生の国である。

 古代には、中国や朝鮮、さらにシルクロード渡来の文明文化を受け入れてきた。飛鳥・奈良の時代には、渡来人と言われる「外国人」が政権の中枢近くにすらいた。
 日本文化は混交の文化である。
 その後、安土桃山時代には南蛮文化を取り入れ、明治維新後は急速なスピードで欧米文化を取り入れた。戦後のアメリカ文化の急速な侵蝕は言わずもがなだ。
 日本人は、実は、他国の文化を取り入れることにきわめて長けているのである。

 それは「表層的な文化」であって「人間の流入」ではない。話をすり替えている、と言われるかもしれない。しかし私が言っているのは、これだけ「その気になれば、短期間に異文化を取り入れ、独自の形で吸収し、日本化する」ことに長けた日本人であるからこそ、「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」から、移民の増加は、「客観的に無理」「主観的にはツケがおおすぎる」という極めて主観的なご意見は、安易すぎると言っているのだ。

 そして、もう一つ。
 上野氏は、移民社会は無理だから、選択肢のもう一つ、「このままゆっくり衰退していく」ことを選ぶべきであり、「平和に衰退していく社会のモデルになればいい」「日本の希望はNPOなどの『協』セクターにあると思っています」と言われる。

 これまたあんまりな結論だ。

 この発想は、まさに、私が、1年半前に批判した平田オリザ氏の「もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。」という認識と同じものである。
 これに対して、私は、この論を、熟年の「若いときにやりたいことをやりつくし、おいしいものを一通り味わい、行きたいところに行ってきた。そのうえで、その過去の楽しかった想い出を胸に、これからは、生物学的にも抗いようがなく衰えてゆく肉体の殻に閉じ込められているがゆえに、健康に留意し、食事制限をし、貯めてきた貯蓄を取り崩して、静かな余生を送ればいいという感覚に近いもの」と見た。
 http://nobuyoyagi.blog16.fc2.com/blog-entry-738.html

 改めて言う。中高年世代はそれでよくても、若い世代にしてみれば、それはないだろう。
 上野氏は、日本で最もたくさんの官僚を生み出している最高学府の教職に在った方として、学生に対して、「あなたたちはいくら努力したって、しょせん大したことはできるわけない、どうせ無理に決まっているんだからほどほどに」と教えてこられたのだろうか。

 ご自分は、時代の論客・寵児として持て囃され、社会的地位も得、バブルの時代も体験され、高額の給与に加えての十分すぎる年金もあるから、定年後も豊かな一生を保証されていらっしゃる。それで、主観的に「清貧に過ごされる」のは、結構なことだが、そういう隠遁生活の優雅な美学みたいなものに、これから長い人生を生き抜いていかなくてはならない若い者すべてを巻き込まないでいただきたいのだ。

 そもそも、「国民負担率を増やし、再分配機能を強化する」ためには、国家レベルでの税制を中心とした政策の根本的な転換が必要なのだが、それをどこが担うのか。
 その挙句に「日本には本当の社会民主政党がない」とおっしゃるが、それを作ってこられなかったのはあなた達の世代の責任でもある。

 そのうえで、NPOに希望があるって、どういう論理なのか? NPOが法律や税制を変えられるというのだろうか? NPOが募金や啓蒙活動したら、1%の富裕層が感銘を受けて、ほいほい資産の大半を供出してくれるというのなら、一体、世界のどこにそんな例があったのか、エビデンスを出していただきたいものである。
 刑訴法改悪で、盗聴や司法取引が可能になることで、警察や検察がさらに暴走しうることを真摯に危惧していることに対し、新刑訴法推進派の江川紹子さんが、「監視については、八木さんのような方の力が必要」とぬけぬけとおっしゃったのと同じ無責任さを感じてしまう。

 本当に日本の将来を憂えているのであれば、さっさと自分だけ戦線離脱して、上から目線で、大変で厄介なことは、誰か(もちろん自分以外の)が個人レベルで頑張ればいいんじゃないの、みたいな態度をとることはできないはずだ。

 今の日本の問題は、移民問題云々以前にたくさんある。平均賃金や雇用の可能性だけを見ても、男女平等には程遠い。雇用は改善しているというが、増えているのは派遣であって、子育てで離職したら、再就職しようにもパートしかないのが日本の現実だ。20代、30代の死亡者の圧倒的一位は、自殺である。
 司法は中世レベル(でしかも改悪されている)し、あれだけの原発事故の後始末もできていない。これみな、あなた方の世代のツケである。
 そもそも、日本は「美しく老いて」いるような状況ではないのだ。

 しかし、これからの子どもたちには、未来がある。生まれたときからスマホがある世代の子供たちには、私達の世代では思いつかない、新しい発想、新しい価値観を生み出す可能性がある。

 さらに言う。日本では「清貧な方」のように紹介されているウルグアイのムヒカ大統領だが、彼が立派なのは、単に個人の好みのスタイルとしての「清貧」を国民に押し付けているからではない。彼は実際に俸給の大部分を寄付していたから、「世界一貧しい大統領」と呼ばれたのだ。

 そして、彼の所属する拡大戦線での公約として、ウルグアイでは、小学校の子供全てに一人一台のパソコンが無償供与されていることを強調しておく。その理由は、これからの世界を、IT技術なしに語ることはできないという現実を見据えた上で、現在の、そしてこれからの子供たちが、生まれた家庭の経済状況のために、将来の可能性を削られることがないようにだ。
 決して豊かな国ではないウルグアイでも、それぐらいのことは、やろうと思えばできるのだ。

 なればこそ、今の日本がいろいろとアレな分、現実から目を背けずに、最後の最後まで、次の世代のために、見苦しく戦ってみせる、ぐらいの気概を見せていただきたかった。そうであってこその上野千鶴子であった、と思う。もう遅いけど。

トランプさんと安倍さん、炎上まで仲良しこよし

 数日前からメキシコで避寒しております。こちらはお昼は半袖で、アイスクリーム屋も繁盛しております。

 で、当然、皆様は思われることでしょう。
 トランプ問題で、メキシコはすごいことになっているのではないか、と。

 いや、実際、トランプ当選直後は、私のfacebookのタイムラインは阿鼻叫喚状態でした。

 しかし、就任数週間後のメキシコでは、私の友人たちは思いの外、平然としていたのです。

「いやだって、我々が騒ぐ以上に、アメリカ自体が阿鼻叫喚じゃん」
「CNNが、毎日、もう面白くて。こんなにCNNにハマったの初めて」

 CNNが連日、トランプ新大統領にまつわるアメリカ国民のあれこれを報道してくれるからのようです。

 まあ、実際に、トランプ新大統領が、本当に不法移民を全部メキシコに送り返したりしたら、アメリカの製造業や農業もダウンしますから。やれるもんならやってみい、一層、アメリカがパニックに陥って、トランプが追い詰められるだけ、という感じみたいです。

 ちなみに、「焼肉食べ放題、ビーフとチキンはメキシコ、豚はトランプ」という広告を出している焼肉屋もあるとか。

 一方で、アメリカでは、トランプ・サンドウィッチというのが流行っているとのことです。
 どうも発祥はニューヨークらしく、正式には 「白パンにどっさりボロニア・ソーセージ(Baloney=「たわごと」の意味もある)とアメリカン・チーズをはさみ、ロシアのドレッシングと小さなピクルス(pickle=「困った」の意味もある)」を、メキシコ人もしくはイスラム教徒がサーブする、というものだそうです。

 まあ、世界各国首脳のトランプ大統領への冷淡さや、アメリカ本国での抗議やトランプバッシングの状態を見ていると、メキシコ人が「ざまあ」感なの、ちょっとわかります。トランプはこのまま自滅する、そういう感触を皆さん持っておられるようです。

 とはいえ、そのトランプ大統領と世界一仲良しなのを絶賛大アピールしておられた、われらが安倍首相の方も、大阪の小学校絡みで炎上しておられるようです。

 キリスト教系学校も仏教系学校も、それどころか創価大学もPL学園もあるのですから、神道系の学校がある事自体は、別に悪いことでもなんでもないと思いますし、実際に、皇學館大学‎とか國學院大學‎もあるわけです。
 また、いわゆる思想系ということでも、日本に思想の自由はあるわけですから、玄洋社ゆかりの国士舘大学だって存在しています。
 そういう意味では、神道系の幼稚園や小学校だって、それが存在してはいけないわけではありません。

 しかし、ヘイトや人種差別を公然と行うというのは、明らかにそういうこととは違うでしょう。そもそも、正統派キリスト教が、統一教会をキリスト教とみなさないように、ヘイトと差別丸出しのネトウヨくずれみたいなのを、神社本庁はどう考えておられるんでしょうかね。こんなだと、神道自体のイメージが損なわれると思うんですが。

 それで、龍池理事長は、「支那人・韓国人が嫌い」というのが「教育方針」であると主張され、保護者がそれを知らないのはおかしいとまで述べておられる、その教育方針について、名誉校長の安倍昭恵総理夫人が「こちらの教育方針は主人も素晴らしいと思っていて」と明快におっしゃっていると。

 であるなら、もちろん、安倍首相は、嫌がっておられたはずはないでしょうね。(であるなら、奥さんが名誉校長に就任するのを許すわけないですから)

 まあ、そういう学校法人に対して、国有地がありえない価格で払い下げられたのです。
 それも、9億5600万円の土地が1億3400万円になり、さらに実質的に支払ったのが200万円ちょっと、というのですから、ものすごい錬金術です。
「知らなかった」「木っ端役人が忖度して勝手にやった」では済まない話ではあると思います。

 Buzzfeed Japan:なぜ、国有地は「ただ同然」になったのか 首相夫人が名誉校長の神道小学校、疑惑の経緯は

 もうすでに、ニューヨーク・タイムズ、イギリスのガーディアンやフランスのフィガロロイター通信などでも報道されているようですね。
首相夫妻と密接な関係にある幼稚園」と、どこも報道しています。

 というところで、まさかの産経新聞が大スクープです。(笑)
 
 これ、こっちの解説のほうがわかりやすいですね。
 http://buzzap.jp/news/20170225-abe-osaka/

 こうまでの状況である以上、(つまり総理の名前や、夫人が名誉校長であることが、承諾なしに、交渉に使われたのであれば)、総理自身が指示して、この件についての徹底的な調査をするべきではないでしょうか。

トランプにババをひかされるのは誰か?

 寒い日が続くと、どうもいけません。
 私は寒さに弱いうえ、どうもキューバを恋しく思うことがあっても、キューバのことについて書こうという気がいまいち、パワーダウンするのですね。もちろん、新しいガジェットに夢中になっていたとか、MacBookProを買い替えたので、そっちのセットアップに時間を取られていたとかいうのもありますが。

 そうそう。iPhone6Sの電池の減りが異常に早いと思っていたら、いつのまにかAppleからリコールが出ていました。Apple Storeで買っているんだから、こういうの、メールで教えてくれたらいいのに。
 調べてみたら、ばっちり対象機種でしたので、Apple Storeでバッテリー交換もしていただきました。

 同じく電池の消耗が早いと嘆いておられたギタリストの方も適合機種だったようですので、お心当たりの方は、お調べになるのが良いかと思います。
 https://www.apple.com/jp/support/iphone6s-unexpectedshutdown/

 さて。世間はトランプ新大統領のことで大騒ぎです。
 もちろん、就任早々、いろいろやらかしてくれているからなんですが。

 しかし、ある意味、私はほっとしてもいます。ある意味、この人物のヤバさが早い段階でわかりやすく開示されちゃったからです。

 トランプ氏については、「選挙のときこそポピュリズムに訴えて票を集めるために、暴言を連発していたが、彼はビジネスマンだから、実際に大統領に就任したら、実利的な政策を取るだろう」といった楽観的な予測をされていた方や、「ヒラリー=既得権益・ネオコンと結びついている=敵、敵の敵だからトランプ味方」という安易な二段論法でトランプ氏を歓迎していたおめでたい方々もいらっしゃったようですが、前者については、すでに、予測はあっさり外れてしまったのが、誰の目にも明らかです。後者の方々に関しましては、「ウ○コ味のカレー」を拒否して、「カレー味のウ○コ」をありがたがっているという事実に早く気づいていただきたいと思っています。(お食事中の皆様、失礼いたしました)

 トランプ氏が本質的に差別主義者であり、彼の言う「アメリカ・ファースト」のアメリカ人とは「いわゆる白人」でしかないことは、割と早い段階から明らかだったので、そういう意味では、日本人である私達は、もっと早くに気づいていて当然なのですが、いかんせん、日本には「名誉白人」根性の方が多数いらっしゃいます。
 トランプ氏がレイシストで、メキシコ人や黒人やイスラム教徒を露骨に差別しようとも、「日本人」は、ちゃーんと白人扱いされるだろうと思っていらっしゃる方々ですね。
 そういった方々には、なかなか鏡に明確に写っているものも、見えてこないのではないかと思うと心配でなりません。

 いずれにしても、自動車会社が多少の工場を米国内に作ったところで、デトロイトが1950年代みたいなことになるわけがないので、米国がトランプ氏は今後、ロシアとは喧嘩せず(弱みを握られているという、信憑性のある報道もありますね) 、中国やメキシコやイスラム諸国を仮想敵にしていくことになるでしょう。
 ただ、中国に関しては、やりすぎて本気で怒らせ、中国の保有している米国債を大量放出されたら、米国経済がとんでもないことになるだけでしょうし、メキシコにしても(メキシコ人はもともと反米感情が強いので)、やりすぎると、メキシコが中国に大接近するだけでしょう。

 そういう状況の中、そして、トランプ氏が今後、露骨な円高ドル安政策を進めていくであろう中、もはや黒田バズーカ砲の弾も尽きかけた日本はどういう綱を渡っていくかというところです。支持率が激減して、仮想敵国をなんとしてでも作る必要ができ、かといって中国とメキシコをあんまりいじめるとやばいかも、ということに気づいたトランプ氏が、本気で矛先を日本に向けてきたら、どこまで言うことを聞かなきゃいけなくなるかわかったものじゃありません。

 もっとも、安倍首相は「これで、日本の独自防衛力を高めるという名目で自衛隊を増強し、念願の核兵器も持てるようになるかもしれない。案外、これってラッキーかも」というお考えかもしれませんが、今後、米国と中国が本格的に対立してきた場合、日本が巻き込まれて、ババを引かされることにならないことを切に祈るばかりです。

 それにしても、昨年2016年にオックスフォード英語辞典が選んだワード・オブ・ザ・イヤーが「ポスト・トゥルース」だったわけですが、そのあと、今年になってから出てきた「オルタナティブ・ファクト」という言葉の破壊力、半端ないですね。どんなデマを流して、それを指摘されても、これでオーケーってわけです。
 その点、そこまで鉄面皮ではない日本の検察は、デマ報告書を「勘違い」一辺倒でしのぎましたが、恥を知っているだけ、実に可愛く見えるというものです。

 もう今年のワード・オブ・ザ・イヤーは、これに決まりじゃないでしょうか。
 そして、これこそが、トランプ政権を象徴する言葉になることでしょう。トランプに投票した方たちは、これから「アメリカ・ファースト」の「オルタナティブ・ファクト」ワールドを見せつけられることになるのです。

フィデル・カストロの訃報に

 昨日、キューバ音楽についての講演を終えて、スマホをチェックしたら、フィデル・カストロ逝去の報が流れていた。あわてて、キューバ共産党の公式紙「グランマ」のサイトにアクセスしたら、世界中からアクセスが殺到していたのか、つながらなかった。
 講演の最中に、なぜか、まったく予定になかったフィデルの面白系エピソードを話してしまったことを思い出す。人によってはこういうのを虫の知らせと言ったりするのかもしれない。

 音楽に関する講演と言っても、それは「音楽から見るキューバの歴史」というものだった。
 音楽と政治は切り離せない。というか、「歌は世につれ、世は歌につれ」とはよく言ったもので、音楽はその時代をもっとも端的に表現しているものだ。
 音楽と政治が関係ないなどというのは、あまりに近視眼としか言いようがない。そもそも、「黒人奴隷制」がなければ、アフリカの黒人が大量にアメリカ大陸に来ることもなかった。ジャズもサンバもラテンも生まれなかったではないか。コロンブスのアメリカ到達、黒人奴隷の流入、フランス革命、産業革命、禁酒法.....すべては音楽に大きな影響を与えたのだ。
 .....という、音楽を聴きながらのキューバ音楽に関する講演だから、当然ながら、フィデル・カストロの起こした「キューバ革命」もまた、そこで触れないわけにはいかない「出来事」である。
 その講演を終えた直後の、訃報だった。

 フィデル・カストロほど、愛され、尊敬され、憎悪された人は少ないだろう。なんといっても、強烈なパーソナリティの持ち主でもあり、間違いなく、20世紀の主役の1人であったことには間違いない。
 そして、報道にもネット上にもいろいろなコメントが流れた。
 それもまた、当然、予測されたことである。

 彼は強権的な独裁者であったか。
 ある意味、それは事実である。なんといっても、フィデル・カストロの在任期間は長かった
 フィデルの在任期間中の米国の大統領は、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(息子)、オバマ、と11人を数える。
 
 まあ、これだけでも、普通ではない。そういう意味では、これが民主的といえるのか? と言われれば、答えはノーだし、独裁かと言われたら、答えはイエスである。

 しかし、たくさんのデマもある。事実ではあるが、重大な前提条件を無視している指摘もある。そして、残念ながら、デマや中傷を流す側の方が圧倒的に資金力にも組織力にも勝っている。

 たとえば、フィデルがはじめから共産主義者で、ソ連に傾倒していたなどというのは、かなりわかりやすいデマだ。彼は新婚旅行で米国に行くぐらい、もともとは米国が好きな人だったし、革命が成功したあとにも、真っ先にやったことは、ソ連に挨拶に行くことではなく、米国に挨拶に行くことだった。キューバ革命自体、社会主義革命ではなかった。
 そのフィデルと革命家たちを足蹴にしたあげく、利権のために革命を潰そうとしたのは、米国の方だった。
 こんなことは、ちょっと調べれば山のように資料のあることである。
 それでも、いまだにデマを書く人間は存在する。それは、「キューバ革命がはじめから米国に敵対する社会主義革命であった」と、問題を、すべてキューバの責任にした方が都合のいい人たちがいたからである。
 
 キューバが社会主義宣言をしたのは、革命の翌年、1960年に、米国がキューバを攻撃したことの帰結だった。表向きは「キューバ人の反革命軍」が政権奪還を試みたということになっているが、この「反革命軍」なるものに武器や装備や供給し、バックアップしたのはCIAだし、米軍機がハバナの爆撃までやっちゃってるんだから、語るに落ちた言い訳だ。
 そして、キューバが、力学上、生き残るために、当時、米国と対立していたソ連に接近せざるを得ない状況を作ったのは、アイぜンハワーとCIA自身である。
 (キューバ攻撃はケネディの時代だが、命令を下したのはアイゼンハワーの最後っぺ)
 ソ連にとっても、米国の至近距離に基地が置けることはメリットだったから話に乗ったわけだ。
 そして、ケネディはキューバの経済封鎖を決行する。それは段階的に強化され、国交回復したとはいえ、じつは今でも続いている。

 そして、キューバは社会主義圏に入った。
 当時の冷戦下では、日本からすると「敵陣営」であるから、当然、キューバについては悪いニュースが圧倒的に流されることになったが、それは日本の都合の問題で、これもべつにキューバのせいではない。
 世界を風靡したキューバ音楽の情報は途絶えたが、それは経済封鎖のせいで、キューバの音楽家がメジャーのレコード会社と契約できなくなったからだった。
 キューバの音楽家がメジャーデビューするための条件は、「亡命して、反革命活動に協力する」ことだったから、メジャーデビューしたい人たちは、そのようにした。有名人の場合は、破格の契約金というおまけ付きの引き抜きもあった。

 一方で、キューバ人でなくても、「キューバを訪問したけど良いところだった」などと記者会見で語ろうものなら、その音楽家は業界を干された。爆発的に売れていたベネズエラのサルサ歌手オスカル・デ・レオンですらそうなった。彼は再度記者会見をやって、「キューバはひどいところだった」と虚偽を語り、すべての責任を当時のマネージャーになすりつけて、なんとか業界に復帰した。

 その間もひっきりなしに、ハバナで反革命派によるテロがあったし、国連大使や各国のキューバ大使館もテロの標的にされていた。CIAは巨額の資金を使ってキューバ政府転覆を企んでいたし、革命前キューバに利権を持っていた富裕層や多国籍企業にくわえて、カジノ利権・麻薬利権を持っていたマフィアもキューバ政府転覆を企んでいた。
 いろいろな思惑があっただけに、ものすごい巨額のお金がここで動いていた。
 
 こういう背景を知ることは重要である。
 つまり、キューバは革命後も、常に攻撃され続けていて、キューバ人にとっては、「いつ米国が攻撃してくるか」「次はどういうテロを仕掛けてくるか」というのは日常だったわけだ。
 日本人には実感が湧かなくて、「大袈裟な」と思われるかもしれないが、実際に、何度もテロ事件はあったし、バイオテロが疑われる事例もたくさんあった。キューバの遺伝子研究が発達したのは、そのせいもある。
 言葉を変えれば、キューバはずっと臨戦態勢だった。だから兵役もシビアだった(真剣に、ゲリラ戦の訓練とかする)。
 経済封鎖がえげつなかったから、物資もなかった。

 そういった背景を理解しないで(あるいは意図的に無視して)「カストロ政権でキューバ経済がうまくいかなかった」とか「キューバ政府が反対派を弾圧した」という指摘をするのは、まったくフェアとは言えない。

「キューバ政府が反対派を弾圧していた」のか。そもそも、これは微妙だ。
 半戦時下にある状態で、その国の政権を潰そうとしている敵対国から資金援助を受け取って具体的な謀略活動に従事したとして、それが何の罪にもならない国があるのだろうか?

 誤解がないように言っておくが、キューバでは、政府批判なんて普通に誰でもやっているし、べつに投獄も何もされてない反体制活動家とか反体制ブロガーもざらにいる。私も何人も知っている。ヨアニ・サンチェスみたいに外国から援助を受けてるのをはっきり認めてやっている人も何人もいる。それが仕事かよ。それでも、ほぼ野放しだ。言い換えれば、投獄されるのって、よっぽどともいえる。

 では、キューバでは、表現の自由などの規制はなかったのか。LGBTへの差別はなかったのか。これも、キューバを叩きたい人たちが、鬼の首を取ったように主張していることだ。

 LGBTに関して言えば、人種差別や男女差別はかなり早い時期から撤廃方向に進んでいたが、キューバのLGBT差別への取り組みは遅かった。これはラテン文化とのかかわりもある。

 ゲイフォビアの問題で言うと、レイナルド・アレナスのような亡命作家も生むことになった。でも、アレナスはそれで「自由の国」米国に亡命して幸せになったかというと、そうではない。フロリダの反革命グループのもっとひどいゲイフォビアの標的になって、ニューヨークに移り、そこで自殺する。
 つまり、ゲイフォビアは、「キューバ人の根強い(悪しき)文化の問題」であり、革命自体の問題ではなかったということだ。

 その風潮のもとで「苺とチョコレート」という映画が世界的にヒットしたのが、1994年だ。
 キューバのゲイ差別を描いた作品だが、これはキューバ人が書いたベストセラー小説を原作に、キューバで制作されて公開され、もちろんキューバ国内でも大ヒットした。
 キューバでのゲイ差別や官僚主義の問題をきわめて批判的に描いた作品が、キューバ国内の文学賞を取り、ベストセラーになり、映画化された。もちろん、禁止されたり弾圧なんてされてないわけだ。

 このころ、私はハバナで日本のLGBTの人たちに会ったことがある。彼らは、「苺とチョコレート」を見て、感動してキューバに来たのだった。キューバは凄いと言ってた。
「いやでも、あれって、負の問題としての差別を扱ってますよ」
「だから、ゲイ差別の問題を、あそこまではっきり扱えるってのが凄いんです。それでベストセラーになるとか大ヒット映画になるとか、日本でも米国でもありえないです。僕らには感動です」(註:1994年時)
 これが、実際のLGBTの方たちのご意見であったことは付け加えておく。

 それと、キューバ社会一般では、ゲイフォビアがあったのは事実だけど、アーチストには(有名人でも)ゲイの人はけっこういて、別に問題なく普通に活動はしていたことも、そういう知り合いは何人もいるんで、あえて書いておく。ゲイであるというそのことだけを理由に弾圧されたというような事実は、少なくとも80年代には、もうなかったと断言できる。

 表現の自由規制については、あった。いまでもある。特に、ソ連留学なんかしちゃった官僚がのさばった70年代から80年代には、かなりアレな時期もあった。
 書籍の内容や歌の歌詞にぐちゃぐちゃ言ってきたり、気に入らないアーチストを干そうとしたりとか、テレビやラジオの自主規制とか、まあいろいろと。
 教条主義者とか、権力欲に駆られた腐敗した小役人みたいなのはいるものだ、どこにでも。で、そういう連中ほど、権力を笠に着る。
 これはね、私も、むかつくクズな官僚を何人も知っている。

 ただ、キューバ国内で、この問題と真摯に闘ってきた根性ある人たちもいっぱいいた。
 音楽家が因縁つけられた時には、フィデルに断固抗議した人たちがいた。(この事件は、フィデルが命じたのでもなんでもなくて、ある官僚が勝手にやったことだとあとでわかったが)
 「医療や教育などの革命の成果を尊重した上で」、「それでも次々に湧いて出る問題をキューバ人自身の手で解決したい」「そしてより良い国を作りたい」と思ってがんばっている人たちがたくさんいたわけだ。
 テレビの自主規制が問題だからって、みんなが見ているテレビの生放送でいろいろ言っちゃった友達もいる。日本にいるかい、そんな芸能人? もし、それを日本をやったらどうなると思う? 

 キューバ人は革命を通じて、理想の国を作ろうとしてきた。とはいえ、そこに物質的豊かさを同時に求めるのは難しい。それが嫌な人は国を出て行けばいい、という考え方も革命後のキューバには強かった。
 実際に80年には大量亡命事件も起きている。

(米国は、「キューバが悲惨な国だ」という宣伝をしたさに、亡命をどんどん受け入れる姿勢を見せたが、亡命してきた人たちがマイアミで犯罪者組織を作るようになると、キューバ政府が犯罪者を押しつけたと非難した。理想の国作りより物質的豊かさを求め、米国に行ったら金持ちになれると安易に考えた人たちを煽った結果が、これである。で、マイアミの合計犯罪件数は、全米平均の2倍になった)

 1990年にソ連東欧圏が崩壊したときには、キューバは激しいバッシングを受けた。ここぞとばかりに米国は経済制裁を強化して、物資が一切入らないようにし、反革命な人たちに援助を増やして行動を起こさせ、一気にキューバ革命政府潰しにかかった。
 頼みの綱のソ連圏ももうなくなっていたわけだから、もし、キューバ政府が国民に支持されていなかったら、あっさり潰れていただろう。

 実際、日本などでは、多くの人が、この状況下ではキューバは風前の灯だと思っていた。
 いわゆる左派の人たちですら。

 その一方で、ちょうどこの時期、南アフリカで釈放されたネルソン・マンデラが、真っ先に訪れたのがキューバだった。
「かつてANCが、どこからも相手にされていなかった頃、キューバだけが真意を理解し、アパルトヘイト廃絶のための闘いを支援してくれた。その恩を、私たち南アフリカの民は決して忘れない。我々はどこまでもキューバの友だ」
 感動的な演説だった。革命広場を埋め尽くした何万ものキューバ人たちは号泣した。あの場に立ち会えたことを幸せに思う。

 同じ頃、ラテンアメリカのリベラル派音楽家の筆頭みたいなルベン・ブラデスが、「キューバもそろそろ(政権交代とか民主化を)考えた方がいい」みたいなことを(確か)スペインの音楽祭で言って、同じ音楽祭に出ていたキューバのパブロ・ミラネスに罵倒されたことがあった。
「キューバが最低限できていることさえ達成できてないような国の人に言われる筋合いはない」

 「おまいう」だ。
 で、ルベンは基本的には頭いい人なんで、すぐに謝罪した。
(ちなみに、ルベン・ブラデス、ミュージシャンだが、ハーバード出の弁護士で、後にパナマの閣僚になっている)

 コレに近いことは、この時代にはよくあった。
 パブロ・ミラネスだって、別に体制無条件支持派でもなんでもなくて、官僚主義を始終批判して、水面下でいろいろやり合ってた人なんだけどね。

 つまりね。キューバの問題はキューバ人が解決する、外から知ったかぶりで口出ししてほしくない、ということだ。
 ていうか、この90年のころに限らず、キューバでも、ある時期から「長期政権」を問題視する人はいたし、それに対してのいろいろな政治的論議もあった。

 理想の国なんて簡単にできるわけがないから、いろいろ間違いも犯す。
 しかし、間違いは、正していくしかない。世界は白と黒で色分けされているわけではなく、理想を目指すなんてこと自体が簡単なものではないから、あちら立てればこちら立たずの中で、模索していくしかない。

 いうまでもなく表現の自由は、最大限、尊重されるべきだ。
 たとえ、反政府的言論でも。

 しかし、その前提条件としては、キューバに対して、アメリカが不当な政権転覆工作や経済制裁をやめるべきだろう。つまり、反政府勢力への資金援助とかテロ画策とかをやめたうえで、それでもキューバ政府が「政治的理由で反対派を不当に逮捕投獄」していたとしたら、そこで非難されるべきだろう。

 いずれにしても、革命前の「カリブのハキダメ」から「いろいろ欠点はあっても、医療と教育は世界に誇れる国」「人種差別のない国」を、さんざん妨害工作され続けながら、わずか50年で作り上げた。
 やればできるという、壮大な実験をやって、かなり成功させた。その合間に、他のもっと貧乏な国を援助さえしてきた。
 そして、多くの人を救い、第三世界に希望を与えた。その結果、当然ながら、そのせいで利権を奪われた人たちに憎まれもした。

 しかし、キューバの実験はけっして無駄ではなかったし、それをやったフィデル・カストロはすごかったと言えるだろう。



『キューバはなんて美しい』カルロス・プエブラ
「キューバはなんて美しい、誰も愛してやらないから、もっと好きだ」



『キューバに捧ぐ』ビクトル・ハラ
「マルティやフィデルのことを知りたいならキューバに行こう!」



『フィデルに捧げるミロンガ』オスバルド・プグリエーセ
「偉大なるアメリカ大陸人、自由の勝者のために歌いたい...」
プロフィール

PANDORA

Author:PANDORA
ラテンアメリカと日本を拠点に活動する音楽家・作家 八木啓代のBlog
公式サイト http://nobuyoyagi.com

★CD情報
新作CD”Lagrimas”試聴やご購入はこちらから

★新刊情報
刑事司法への問い (シリーズ 刑事司法を考える 第0巻) (岩波書店)
日本の刑事司法の何が問題か、どのような改革が求められているか。刑事法研究者、実務法曹の他、八木も執筆しております。
禁じられた歌ービクトル・ハラはなぜ死んだか(Kindle版)
長らく絶版状態だった書籍をリクエストにより電子書籍で再版いたしました。八木啓代の原点です。
検察崩壊 失われた正義(毎日新聞社)
5刷。この一冊が検察にトドメを刺すことになるかもしれません
リアルタイムメディアが動かす社会(東京書籍)
超濃ゆいメンバーによる講義録!
ラテンに学ぶ幸せな生き方(講談社)
なぜラテン人は自殺しないの?に応えて3刷!好評発売中!
キューバ音楽(青土社)
ラテン音楽ファン必読!キューバ音楽のすべてが理論も歴史もわかります。浜田滋郎氏激賞
貧乏だけど贅沢(文春文庫)
沢木耕太郎氏との対談収録
ハシズム!(第三書館)
共著で橋下大阪市長を解剖します。

★ライブ情報
5月11日(木) 六本木・Nochero
Vo. 八木啓代 G. 福島久雄

ライブ&講演詳細はこちら



nobuyoyagiをフォローしましょう

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カテゴリ
検索フォーム
最新コメント
リンク
QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
月別アーカイブ
最新トラックバック
  1. 無料アクセス解析