匿名での内部告発にはいろいろなやり方があるんだなあと思った件

 そういえば、ロシアのサーバーを通じて検察の隠していた書類がネットに晒されたのが5年前の憲法記念日です。
 正確には、ロシア版「宅ファイル便」みたいなファイル転送サービスを使って、5月2日の夜に何者かが、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」メールアドレス宛に、ダウンロードリンクを送ってくれたものを、あたくしがGoogle翻訳とか使って状況を理解して、ダウンロード。
 開いてみたら、「証拠書類一式」みたいなものでしたので、ネットに公開して晒したのが、5月3日の午前でございました。

 八木啓代のひとりごと:大暴露 とんでもないものが届きました 
 
http://nobuyoyagi.blog16.fc2.com/blog-entry-635.html

 あの日は、憲法記念日で、しかも土砂降りの雨だったので、多くの方がご自宅におられ、実に、たくさんの方にダウンロードしていただいたものでした。
 こういったファイル転送サービス。大きなファイルを誰かに送りたいときには、本当に便利ですね。

 いずれにしても、Wikileaksに代表されるように、インターネットのおかげで、内部告発は遥かに簡単になりました。

 相当前の話ですが、94年1月1日のメキシコ先住民ゲリラ蜂起事件で、メキシコ政府機関が、「外国人に先導されたテロ」と発表したのに対抗して、その蜂起で何が起こっていたのかを、たまたまその現場にいた旅行者がハンディカムビデオで録画していたテープがありました。メキシコ政府の主張が一瞬で崩れるそのビデオを、どう拡散するか。
 いまなら、YouTubeというものがありますが、あの当時はそんなのなかったですからね。

 なので、あのとき、そのようなビデオを持ち込まれたら、そういうものを安全に拡散するためには、コピーをたくさん作って、世界各国の記者に手渡し、それぞれでさらに拡散をしてもらうという「呪いのビデオ」方式にするしかなかったんですね。
 http://nobuyoyagi.blog16.fc2.com/blog-entry-370.html

(そういえば、テレカがなにかわからない青少年も出てきているということで、あのホラーの名作「リング」も、そのうち「意味がわからない」世代が出てくるのかもしれません)

 とはいえ、YouTubeだったら、身元を絶対にバラしたくない内部告発が安全にできちゃうのか、というとそうでもないわけです。
 あの少し前に尖閣ビデオ流出事件というのがありましたが、あれって、あっさり流出犯が特定されちゃいました。
 国家公務員法に反するということで、警察が、YouTube社日本法人に問い合わせたら、YouTubeの運営元であるGoogle日本法人は、あっさりビデオがアップロードされたIPアドレスを警察に差し出しちゃったんですね。
 それで、いまどきのネットカフェは、身分証明書出して会員登録しますから、いくら、使い捨てメルアドとか使っていても、どの日にどこのネットカフェのどのパソコンを使ってアップロードしたかがわかれば、そのときに使っていた人は、すみやかに特定されちゃったわけです。

 私に、検察書類を送ってくださった方は、そういうことはご存知だったのでしょうね。日本のファイル転送サービスでも、どうせ同じことになるだろうと。

 かといって、アメリカのファイル転送サービスも微妙です。日本の検察とFBIは捜査協力関係がありますから、ちゃっちゃとFBIが動いてくれるかもしれませんからね。こういうことは検察・警察関係者の方なら常識でしょう。

 だからロシアだったのかもしれません。
 ファイルをアップロードした発信者のIPアドレスを辿るためには、ロシア政府の協力が必要になりますが、そのためには、検察は日本の外務省を通じて、ロシアの外務省にお願いをしなくてはならないわけです。
 でも、そのためには、どういうファイルが流出したのか説明することになり、まさか、「日本の検察が、偽の報告書をでっち上げてた証拠のファイル」なんて言えませんわな。

 しかも、大規模麻薬売買とか凶悪テロとか、世界中の誰でもが「それは協力するべき」と思うほどの重大犯罪でもないんですから、あっさり断られるのが落ちでしょうし。百歩譲ってロシア当局に借りを作って協力してもらったところで、そのIPアドレスが、たまねぎだったりすると、世界的に大爆笑拡散ものになっちゃうわけですし。

 そういう意味では、オランダのWetransferとかでも良かったのじゃないかとは思いますが、まあ、ロシアのほうが、インパクトはありましたよね。
 
 いずれにしても、Google翻訳を使えば、ぜんぜん知らない言語でもそれなりの精度で翻訳できますし、そういう意味でも世界は狭くなったものです。

 といまここで、こういうことを書いたのは、単に5年前の事件を思い出しているだけなんですが、どこかから、ないはずの財務省の書類とかが出てきちゃったりしたら、嬉しいなあとか、ちょっとだけ思ったりもする、5年目の憲法記念日なのでありました。

じわじわきてます。森友学園問題

 森友事件。
 あまりに濃ゆいキャラクターの方々が次々に登場されるのを、あたくしは外野席からぼうっと見物人していたのでありますが、展開の面白さがじわじわきております。

 そもそも、教育勅語を幼稚園児に唱えさせて「安倍首相バンザイ」なんていうのは、まともな右翼の方なら、「天皇陛下をバカにしてんのか」と激怒されるようなことでありまして、なんといいますか、そういう左から見ても右から見ても論外な光景に対して、時の首相夫人が感銘の涙を流して名誉校長になる、なんていう滑稽さは、単独でもかなりアレなお話なんですが、そこに、莫大な国費が注ぎ込まれたみたいだとか、ゴミがあるんだか、それも実在するんだか幻なんだかという魔術的リアリズムな話になってきますと、もうラテンアメリカ系としては放っておけないじゃないですか。

 それにしても、官庁の中の官庁、日本で一番頭のいい人達が揃っているという財務省のエリートの方々が、どうやって、こんなゴミの山に足を突っ込んじゃったというのでしょう。

 と思っていたら、

「ゴミ以外にも面白い問題がありますよ」
と、知り合いの素敵なお兄さんから面白い計算を見せていただいちゃいました。

 問題の土地は、

平成27年1月鑑定:10年契約年額4200万
平成27年4月鑑定:50年契約年額3600万

(あれれ、契約期間が伸びて、ちょっと追加条件が加わったら、ここで600万円安くなっています)

そして、5月契約:10年契約年額2730万

あれれ、契約期間が戻ったのに、なぜか、賃貸料がもっと下がっちゃいました。
最初から考えると、なんと、わずか4ヶ月で1470万円、なんと、ここまでですでに、35%もお値引きになっちゃったんですね。まだ、本格的にゴミ出てないのに!(笑)

で、籠池さんは、それでも高いんで、半額にしてくれないかなあ、とアッキーにお願いしたわけですが、とすると、籠池さんが希望しておられたお支払い額は、

 2730万円÷2=1365万円
 10年分で、13650万円

てことですね。
すると、ああら不思議。

この売買契約には「買戻し特約」が設定され、登記もされています。契約条件に反した場合、売主が買い戻せるという特約ですが、この特約は民法で期間は10年以内と決められているのだそうです。なので、
あれ? 賃料を半額にして、買い戻せる最長期間10年で計算すると・・・

どういうわけか追加でゴミが出てきちゃった、というので8億円減額された土地売買価格は、10年分割で13400万円ですから、

あれれ?

(1) 借地契約の賃料を半額にして
(2) 10年後には無償で譲渡する

のと、同じ額になっちゃったんですね。谷さんへのFAXでのお願いの内容と、ぴったり同じ条件じゃありませんか。うわあ、すっごい偶然てあるもんですね。

こんな計算式見せられちゃうと、やっぱり、財務省と籠池さんとが、面談でどういうお話をなさったのかがとっても気になっちゃうじゃないですか。

でも、捨てちゃったんですよね。その面談記録は。
そして、交された会話も「忘れちゃった」というんですね?


さすがに、「どんなミッション・インポシブル?」と日本中で失笑を買った「データ2週間自動消滅システム」は撤回されましたが、それでも、

1.電子データだと容量の問題があるので、紙で保存している。(どういう鏡の国?)

2.電磁データは、サーバの容量がもったいないから、ちゃっちゃと消してるし、バックアップデータも2週間分だけしか取ってない。

3.データ復旧はできない。専門家ができないって言ったから。その専門家が誰かは内緒。

....だそうです。

そうですか。電子データより紙のほうが保存に適しているって、もろに経産省に喧嘩売ってるんですね。
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/e-doc/guide/nyumon2.html

(財務省と経産省が犬猿の仲っていう噂は本当だったのかな)

しかも財務省って、月次データすら保存してないってことなんですね。私みたいなしがない個人事業者でもやってることなんですが。

いやもう、天下の財務省がここまでケチらなきゃいけないなんて、今の日本、どんだけお金がないのか思い知らされるような、うら悲しいお話です。

なわけないだろうが。

というわけで、なんか、すごーく興味が湧いてきてしまいました。
ほら、目の前にプチプチがあると、どうしてもプチプチ潰しやりたくなっちゃうじゃないですか。

財務省の皆様、私の前にプチプチを置いちゃいけませんよ。

森友事件に関する2つの告発の行方

  森友学園事件に関する2つの刑事告発が両方とも受理されたようである。

 一点は、日本タイムズの川上道大氏による籠池氏への補助金適正化法違反容疑。
 もうひとつは、豊中市議木村真氏による被疑者不詳の背任容疑。

 しかし、受理というのは、入り口にしか過ぎないことを理解するのは重要だ。もちろん、一般刑事事件の場合、なかなか受理さえされないというケースが多いのも事実だが、違法行為の法的根拠と経緯が明白な告発状・告訴状であり、かつ、社会的にかなり注目されているような事案であれば、告発状がよほどの根拠薄弱、もしくは、そもそも法的に犯罪にならないような内容でない限り、(場合によっては、そういうものであっても)、受理はされるものだ。そういった意味で、「受理されたかどうか」は大きなことではない。

 しかし、前者に関しては、すでに郷原弁護士も指摘の通り、その補助金は全額返還されているのだから、起訴はほぼありえないものであるにもかかわらず、受理が大々的に報道され、「検察が動いている」ことまでが、報道されている。
 それを受けて、「巨悪の全貌解明」どころか、そういった「トカゲの尻尾切り」に利用されることは告発の本来の意図ではないとして、告発者の川上氏は、告発の取り下げも検討しておられるようだが、この取り下げに先んじて、この容疑、あるいは別容疑で、いまさら証拠隠滅の可能性などありえない籠池氏を逮捕し、勾留にもちこまれるようなことでもあれば、文字通り、「告発をこれ幸いと悪用して、トカゲの尻尾切りと口封じに利用」ということになってしまうだろう。

 一方、後者の木村氏の告発については、9億5600万円の土地が1億3400万円になった件について、適正な価格で売却しなかったことにより国に財産上の損害を与えたという被疑者不詳の告発である。この告発の問題は、被疑者が不詳なので、検察が不起訴にした場合、検察審査会に申し立てをしても、検察審査会には捜査能力はないので、起訴議決が出る可能性がほぼないという点だ。なので、検察にやる気がなければ、あるいは「ここでも忖度が行われる」のであれば、不起訴を出して、「なかったことにしてしまえる」。 
 なんといっても、現役特捜検事が、事情聴取と180度違う内容の報告書を数時間後に作成していながら、それを虚偽ではなく「悪意のない勘違い」ですませ、なんの罪にも問わなかった前科のある組織である。財務局の職員を形式的に呼び出して穏やかに話を聞き、「適正と判断して手続きを行ったので、背任ではない」という判断を下したとしても、ありえないこととはいえない。

 もしも、検察がまともに機能しているのであれば、証拠隠滅などが行われる可能性が高いのだから、すみやかに、検察官が財務局に立ち入って関連書類を押収する強制捜査がなされるだろうし、それがなかなか行われないのであれば、前述の指摘の通り、「どうせ検察審査会の審査による強制起訴はありえないんだから、楽勝」と甘くみて、形だけの事情聴取を行って、さっさと証拠不十分なり嫌疑なしの不起訴を出してしまうという経過を辿ってしまうだろう。

 きわめてブラックな事件の全貌を明らかにするべく行われた告発を利用して、逆に、事件を法務検察の力で葬り去るということにならないか。

 もちろん、私は検察は真に反省して、まともな捜査を行ってくれると信じたい。
 それだけに、この2つの告発の行方を注視しておきたいところである。

明治という時代は、そもそも愛国なのか?

 さて、メキシコからこれを書くのもアレだが、私は日本という国が好きである。
 もっとはっきり言うと、好んで和食も料理するし、着物を着るのも好きだし、(最近知ったのだが、司法記者クラブで、和装で記者会見したのは前代未聞だったそうである)日本の文化を愛しているので、私は愛国者であると思う。
 とはいえ、「日本の文化とは何か」ということを定義するのは、甚だ難しい。

 日本文化は、縄文文化のあとに大陸系の弥生人が入ってきて、さらに、その後の飛鳥や奈良の時代に、中国や半島の影響を受けて生まれてきたものだ。とはいえ、その後も、中国やシルクロード地帯の文化、さらに、南蛮文化と呼ばれた、スペイン・ポルトガル文化の影響も多少受け、鎖国と言われていた江戸時代でさえもオランダを通じて入ってきたヨーロッパ文化は入り込み、取り込まれてきていた。
 雑食しながら、独自の美意識を作ってきた文化なのである。

 だから、明治維新の時代以後は、富国強兵の名のもとに、ためらいもなく、きわめて積極的に「欧米列強」の文化を取り入れた。

 で、その「明治時代」を模範として、それに憧れ、習おうというのが、今の一部日本での、自称「愛国保守」の方々であるらしい。

 しかし、はっきり言おう。
 明治時代とは、日本文化より、欧米文化をありがたがり、お雇い外人に法外な高給を支払っていた時代である。文部大臣ですら「日本語廃止論」を唱え、廃仏毀釈の名のもとに、奈良・飛鳥・平安時代以来の日本の伝統である仏像を多数破壊するなどタリバンみたいな所業を行い、さらに伝統ある天皇家の方々に和装ではなく、イギリス式の洋装を着せるなど、それこそ「反日」の極地みたいな時代であったということは忘れてはならない。
 その時代に憧れている時点で、そういう連中の正体こそ、よほど反日ではなかろうか。

 そう思っていたところで、稲田防衛大臣のこの発言である。

「教育勅語の精神である親孝行や、友だちを大切にすることなど、核の部分は今も大切なものとして維持しており、そこは取り戻すべきだと考えている」
「教育勅語の精神である、日本が高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すべきだという考えは、今も変わっていない」

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170308/k10010903641000.html

 実際に、子供にこの教育勅語を唱えさせるような幼稚園の教育に感動して涙をながすような人物が首相夫人であり、そういう学校が、「役人の忖度」やらなんやらで、常識的にありえないような優遇を受けてきたというのだから、そういう感覚を持っている人が、いまの内閣では多数を占めているということなのだろう。

 しかしね。教育勅語って、稲田大臣はちゃんと読んだことあるんでしょうかね?
 教育勅語のキモってのは、十二か条の締めの部分、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」以外の何物でもないでしょうか。

 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」。現代語訳すれば、「危急の事態が生じたら、勇気を持って公に奉仕し、それによって永遠に続く皇国を支えましょう」
 すなわち、ズバリ、滅私奉公。


 この条文こそがキモだったのであり、だからこそ、戦後全面否定されたのだということを知った上で、この「滅私奉公」を高い倫理観だの取り戻すべきだのと行っているのだとしたら、これは、もう、完全に民主主義や主権在民の否定であり、現憲法の否定なのだから、暴走もいいところである。

 親孝行だの夫婦は仲良くだの友達を大事にしましょうなんてのは、別に日本独自の考え方でも高い倫理でもなんでもありゃしません。日本の国ができるよりもはるか昔に、モーゼやら孔子が説いていることです。日本独自の思想などと言ったら、もう世界中から失笑の渦でありましょう。実践的には、ラテン系の人間のほうが、よっぽど日本人より親を大事にして、夫婦は仲良くして、友達を大事にしますよ。

 それとも、朋友相信シ(友だち同士は信じ合いましょう)だから、「お友達」には便宜を図るってことなんでしょうか。
 それならば、孔子もこう説いています。「不知其子、視其所友(其の子を知らざれば其の友を視よ)」 
 お友達がどういう人かを見れば、その人がわかる、とね。

上野千鶴子氏の炎上にも一言触れておこう

 上野千鶴子氏の文章が炎上している。
 意外に思われるかもしれないが、私はわりと保守的な家庭で、「逃げ恥」で言うところの「呪い」をかけられまくって育った。高校は、いわゆる進学校に行ったのだが、それでも母親の呪いはとどまらなかった。
 それが、高校生ぐらいのときに、上野千鶴子氏の著作を読んで、かなり衝撃を受けた記憶がある。
 (もっとも、母親の呪いはけっこう強力だったので、その時点では、それが人生を変えたほどの影響を受けたというほどのことではなく、実際に私の価値観が決定的に大きく変化するのは、その後の留学生時代のことになるのだが)

 とはいえ、上野千鶴子氏にはずっとそれなりの敬意を持っていた。実際にそういう人は多かったはずで、だからこそ、今回、多くの人が「裏切られた感」を持ったのだろう。
 私も、その例に漏れなかった。

 移民政策に関する氏の見解「移民が増えれば治安も悪化するし反対派も騒ぐ。他の国で失敗してるんだから、日本じゃ一層無理、だからはじめからやめといたほうがいい」という論理は、すでに多くの人がデータをもとに反論されている。
 そもそも、

 日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。


 という、氏の提起する選択肢自体が、「カレー味のウ○コを選びますか、それとも、ウ○コ味のカレーを選びますか、それ以外に選択肢はありません」みたいな、わけのわからない二者択一である。

 どっちも選ばなけりゃいいだろう。

 移民を入れて活力ある社会をつくりつつ、ヨーロッパを参考に、社会的不公正と抑圧と治安悪化が起こらないようなモデルケースを模索していくという選択肢は、頭から無理だと、「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」と断定されるが、日本は、そもそも多文化共生の国である。

 古代には、中国や朝鮮、さらにシルクロード渡来の文明文化を受け入れてきた。飛鳥・奈良の時代には、渡来人と言われる「外国人」が政権の中枢近くにすらいた。
 日本文化は混交の文化である。
 その後、安土桃山時代には南蛮文化を取り入れ、明治維新後は急速なスピードで欧米文化を取り入れた。戦後のアメリカ文化の急速な侵蝕は言わずもがなだ。
 日本人は、実は、他国の文化を取り入れることにきわめて長けているのである。

 それは「表層的な文化」であって「人間の流入」ではない。話をすり替えている、と言われるかもしれない。しかし私が言っているのは、これだけ「その気になれば、短期間に異文化を取り入れ、独自の形で吸収し、日本化する」ことに長けた日本人であるからこそ、「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」から、移民の増加は、「客観的に無理」「主観的にはツケがおおすぎる」という極めて主観的なご意見は、安易すぎると言っているのだ。

 そして、もう一つ。
 上野氏は、移民社会は無理だから、選択肢のもう一つ、「このままゆっくり衰退していく」ことを選ぶべきであり、「平和に衰退していく社会のモデルになればいい」「日本の希望はNPOなどの『協』セクターにあると思っています」と言われる。

 これまたあんまりな結論だ。

 この発想は、まさに、私が、1年半前に批判した平田オリザ氏の「もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。」という認識と同じものである。
 これに対して、私は、この論を、熟年の「若いときにやりたいことをやりつくし、おいしいものを一通り味わい、行きたいところに行ってきた。そのうえで、その過去の楽しかった想い出を胸に、これからは、生物学的にも抗いようがなく衰えてゆく肉体の殻に閉じ込められているがゆえに、健康に留意し、食事制限をし、貯めてきた貯蓄を取り崩して、静かな余生を送ればいいという感覚に近いもの」と見た。
 http://nobuyoyagi.blog16.fc2.com/blog-entry-738.html

 改めて言う。中高年世代はそれでよくても、若い世代にしてみれば、それはないだろう。
 上野氏は、日本で最もたくさんの官僚を生み出している最高学府の教職に在った方として、学生に対して、「あなたたちはいくら努力したって、しょせん大したことはできるわけない、どうせ無理に決まっているんだからほどほどに」と教えてこられたのだろうか。

 ご自分は、時代の論客・寵児として持て囃され、社会的地位も得、バブルの時代も体験され、高額の給与に加えての十分すぎる年金もあるから、定年後も豊かな一生を保証されていらっしゃる。それで、主観的に「清貧に過ごされる」のは、結構なことだが、そういう隠遁生活の優雅な美学みたいなものに、これから長い人生を生き抜いていかなくてはならない若い者すべてを巻き込まないでいただきたいのだ。

 そもそも、「国民負担率を増やし、再分配機能を強化する」ためには、国家レベルでの税制を中心とした政策の根本的な転換が必要なのだが、それをどこが担うのか。
 その挙句に「日本には本当の社会民主政党がない」とおっしゃるが、それを作ってこられなかったのはあなた達の世代の責任でもある。

 そのうえで、NPOに希望があるって、どういう論理なのか? NPOが法律や税制を変えられるというのだろうか? NPOが募金や啓蒙活動したら、1%の富裕層が感銘を受けて、ほいほい資産の大半を供出してくれるというのなら、一体、世界のどこにそんな例があったのか、エビデンスを出していただきたいものである。
 刑訴法改悪で、盗聴や司法取引が可能になることで、警察や検察がさらに暴走しうることを真摯に危惧していることに対し、新刑訴法推進派の江川紹子さんが、「監視については、八木さんのような方の力が必要」とぬけぬけとおっしゃったのと同じ無責任さを感じてしまう。

 本当に日本の将来を憂えているのであれば、さっさと自分だけ戦線離脱して、上から目線で、大変で厄介なことは、誰か(もちろん自分以外の)が個人レベルで頑張ればいいんじゃないの、みたいな態度をとることはできないはずだ。

 今の日本の問題は、移民問題云々以前にたくさんある。平均賃金や雇用の可能性だけを見ても、男女平等には程遠い。雇用は改善しているというが、増えているのは派遣であって、子育てで離職したら、再就職しようにもパートしかないのが日本の現実だ。20代、30代の死亡者の圧倒的一位は、自殺である。
 司法は中世レベル(でしかも改悪されている)し、あれだけの原発事故の後始末もできていない。これみな、あなた方の世代のツケである。
 そもそも、日本は「美しく老いて」いるような状況ではないのだ。

 しかし、これからの子どもたちには、未来がある。生まれたときからスマホがある世代の子供たちには、私達の世代では思いつかない、新しい発想、新しい価値観を生み出す可能性がある。

 さらに言う。日本では「清貧な方」のように紹介されているウルグアイのムヒカ大統領だが、彼が立派なのは、単に個人の好みのスタイルとしての「清貧」を国民に押し付けているからではない。彼は実際に俸給の大部分を寄付していたから、「世界一貧しい大統領」と呼ばれたのだ。

 そして、彼の所属する拡大戦線での公約として、ウルグアイでは、小学校の子供全てに一人一台のパソコンが無償供与されていることを強調しておく。その理由は、これからの世界を、IT技術なしに語ることはできないという現実を見据えた上で、現在の、そしてこれからの子供たちが、生まれた家庭の経済状況のために、将来の可能性を削られることがないようにだ。
 決して豊かな国ではないウルグアイでも、それぐらいのことは、やろうと思えばできるのだ。

 なればこそ、今の日本がいろいろとアレな分、現実から目を背けずに、最後の最後まで、次の世代のために、見苦しく戦ってみせる、ぐらいの気概を見せていただきたかった。そうであってこその上野千鶴子であった、と思う。もう遅いけど。
プロフィール

PANDORA

Author:PANDORA
ラテンアメリカと日本を拠点に活動する音楽家・作家 八木啓代のBlog
公式サイト http://nobuyoyagi.com

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日本の刑事司法の何が問題か、どのような改革が求められているか。刑事法研究者、実務法曹の他、八木も執筆しております。
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