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書評 「検察審査会:日本の刑事司法を変えるか」

 本書は、検察審査会に特化した本である。
 検察審査会についての書籍というものはほとんどなく、研究もあまりされていない。そういった意味では、このような書籍が新書で刊行されたことには、一定の意義はあると言えるだろう。
岩波新書:検察審査会
 しかし、その一方で、素朴な疑問も湧く。
 なぜ、この日本独自の制度であり、しかも何度もメディアを賑わせた対象である検察審査会についての書籍が、いままでほとんどなかったのだろうか。
 その答えは簡単で、まさしく本書自体も述べているように、「透明性がない」「運用の実態がわからない」からだ。
 だから、その必然的な結果として、本書の内容も、米国の大陪審との制度的な比較、統計的な分析、そして、そのような統計的結果が生まれる理由についての「仮説」にとどまっている。

 そういった分析と仮説の中では、強制起訴案件となった東京電力福島第一原発事件について、無罪判決を出した裁判所に対し、指定弁護士(検察官役)に対して不当なまでに高い立証ハードルを設け、また、不自然なほどに東京電力側の主張を信用したという点で、その判断に疑義を投げかけ、その一方で、たとえ結果として無罪判決になったとはいえ、この裁判の中で、多くの隠蔽されていた事実が明らかになったとして、検察審査会の強制起訴による裁判の意義を認める。
 おそらく、筆者らにとっても、このケースが、本書の執筆を考える中での、もっとも大きな「注目案件」だったのだろう。

 検察審査会の審議には事務局の介入がどの程度あるのかどうかなど不透明な部分が多く、その審議の大半は検察の捜査の是認であることが多く、しかも、起訴議決数が減少してきている傾向があるとしながらも、(とりわけ2009年の強制起訴を可能とした検察審査会法改正以後)の、検察審査会の存在意義を認めているわけだ。

 この結論自体に異を唱えるつもりはない。
 非常に限られたデータの中から導き出される結論としては、そこそこ妥当としか言いようがないからだ。
 しかし、それゆえに、強制起訴議決が可能になって以後のわずか12〜13年の間のごく限られた案件を研究対象としている割には、本書の分析はきわめて表層的であり、取材力に致命的に欠けていると断じざるを得ない。

 たとえば、本書でさらりと取り上げている、陸山会事件での小沢強制起訴裁判に関しては、当時、検察審査会はかなり大きな問題としてクローズアップされた。それは、東電原発事件でのある種まっとうな「起訴議決」とは、真逆の意味で、だ。
 つまり、当時、大手メディアですら大々的に報じた「検察審査会の信頼性そのものにかかわる問題」がふたつあった。
 ひとつは、審査員の平均年齢の問題だ。

 本書ですら、審査員の構成が「高齢者」「男性」「保守派」に偏っているのではないかということを示す研究があることに言及しているが、このときの審査会では、平均年齢が異常に若いことが話題になった。
 一度目の審査員の平均年齢は、34.55歳。二度目もまったく同じ、34.55歳。
 審査員は入れ替わっているはずなのに、これは統計学的にあり得ないのではないかという指摘が当時あった。それを受けて、何度も平均年齢の発表が修正されるという珍妙な事態が起こった。
 そして、さらに大きな問題として、このとき、吉田繁実補助弁護士が記者会見で、堂々と、事実上の議論の誘導を行ったことを述べたことだ。
 すなわち、日本人の平均から見ても明らかに非常に若い審査員たちを相手に、プロの法律家である補助弁護士が、明確な意思を持って起訴議決に誘導したとしか言いようのない問題だ。しかし、本書はこの件には、一切言及していない。

 さらにこの事件では、起訴議決の決定打となったとされる「虚偽報告書問題」が存在した。
 この件には、本書はさすがに言及しているが、「2011年の検察官対象の調査で26%の検察官が、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成を指示されたことが明らかになっている」という、あたかも「褒められたことではないが、検察ではよくある話」であるかのように述べ、さらに「この検事は懲戒処分を受けて辞職した」と、さらりと流している。
 これはまさに、ことの本質をはき違えているとしか言いようがないだろう。

 むろん、「26%の検察官が、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成を指示されたことが明らかになっている」ことは、日本の検察の体質を示す問題だ。しかし、この事件については、「被疑者や目撃者の発言と異なる調書が作成」されたのではない。
 これが、調書ではなく報告書であったこと、それこそが、筆者らが見落としてしている重大な問題だ

 調書は被疑者なり目撃者の署名を必要とする。つまり、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成があったとしても、結果的に被疑者なり目撃者はその調書に署名しているので、それが強要による不本意な署名であったとしても、被疑者や目撃者は、そういう内容の調書の存在自体は知っている。
 しかし報告書には、被疑者の署名はない。被疑者が退出したあとに検事が勝手に作る、言ってみればメモ書きのようなものに過ぎない。だから、このときの対象者となった石川元議員自身、一から十まででっち上げと言っていいほどの「してもいない涙ながらの自白」の報告書が存在していることなどまったく知らなかった。涙ながらの自白どころか、石川議員は、検事と単に雑談をしていたにすぎなかったのだから。
 そもそも、報告書というもの自体、そのようなものだから、裁判の証拠としてはまったく使えないし、使ってはならない。
 東京地検特捜部は、そこもわかったうえで、明白に、法律知識のない検察審査員を欺すことだけを目的として、本来作成するはずがない報告書をあえて作り、検察審査会に提出したのである。
 すなわち、「検察捜査の過程で生まれた若干問題のある捜査資料が結果的に検察審査会に持ち込まれた」のではなく、どうあっても公判が維持できるわけがなかったゆえに検察が不起訴にせざるを得なかった案件を、検察審査会というシステムを悪用することで、素人を欺して利用し、起訴させようとして、虚偽の証拠まで作った。その意図は、(もともと検察上層部が、公判を維持できないと判断したほど、まともな証拠がないような事件だから)最終的には裁判で無罪となるとしても、あえて裁判に持ち込むことで、政権交代の前夜の当時の民主党の信頼性を落とし、その機能を削ごうとし、結果として分裂を促したということだったと考えるのが妥当だろう。

 しかも、担当検事が虚偽報告書を一通作成し、上司が「虚偽であることを知りながら何もしなかった」というのも、とんでもない事実誤認である。報告書は、上司の作成したものも含めて、わかっているだけで5通存在していた。これも当時、かなり大きく報道されていた事実である

 これは、「検察が検察審査会を操り、誤った情報を与えて、政治利用をしたという見方もある」というようなことでさらりと片付けていい問題ではないだろう。
 しかも、この5通の偽報告書はネットに流出し、そのあまりにとんでもない内容が、当時、大問題になった。これが当時の小川法務大臣解任事件につながったことは、当の小川敏夫現参議院議員も手記に記している。shikiken.jpg
 筆者たちは、これらの事実をまったく知らなかったというのだろうか?

 そして、「この検事は懲戒処分を受けて辞職した」という解説も、結論だけ言えば誤りではないが、重大な誤解を与えるものだ。
 この「完全にでっち上げの報告書」を書いた田代政弘元検事は、刑事告発された。そして、(当然ながら)検察がこれを不起訴にしたため、これも検察審査会案件となっている。本書は、知ってか知らずか、そこも、ものの見事にスルーする。

 この田代政弘とその上司らの虚偽報告書問題の検察審査会では、さらにおかしな点があった。

 つまり、不自然に長い審査期間だ。本書でも述べられるとおり、検察審査会の審査員は任期6ヶ月。そして3ヶ月で半数が入れ替わる。だから、時間をかけることで審査が深まるわけではない。にもかかわらず、この審査は9ヶ月かけて行われた。
 そして、何より問題になったのは、検察審査会の補助弁護士に、元検察高官である澤新(さわ・あらた)弁護士が就任しており、中立性・公正性に重大な疑惑が取り沙汰されたことだ。
 結果は、不起訴不当となり、この検察史上最大と言ってもいい大スキャンダルは幕引きされたが、この「後味の悪い結末」も当時、大きく報道されている。

 この件がなぜ、さらりと流してよい問題ではないのか。
 なぜなら、この虚偽報告書の虚偽っぷりは半端なものではなく、一検事どころか当時の東京地検特捜部ぐるみの犯罪としか考えられないもので、しかも強制起訴議決の決め手になった疑いが濃厚であったことから、裁判になれば、おそらく相当の特捜の膿が出てくることが確実視されていたからだ。検察にとっては、なんとしてでも「起訴議決を出されては困る」案件だったことは窺える。
 この事件については、私も論者の一人として参加している毎日新聞社刊「検察崩壊」に詳しいが、単にタイトルやサブタイトルに「検察審査会」という文字が入っていなかったから、この陸山会事件における「検察審査会を悪用した検察の犯罪」の分析である本書をまるまる見落としたのだとしたら、本書の筆者たちの目は、節穴だったと誹られて検察崩壊
も仕方がないだろう。
 しかも、この事件は、「強制起訴議決が可能になるよう法改正されて」早々、その翌年に起こっているのである。

 本書で、もっとも大きな検察スキャンダルとして言及している福岡判事妻ストーカー事件などは、確かに検察審査会に強制起訴権限を与えるきっかけの一つとなった有名な事件ではあるが、所詮、男女の愛憎のもつれと地方の一検事の忖度の問題で、規模も悪質さも比較にはならない。
 また、この陸山会事件がらみに関しては、検察審査会自体が存在しなかったなどという類いの陰謀論的な論考やそれに基づく書籍なども出たことは確かだが、そういったトンデモ本があったからといって、問題に対する指摘のすべてがトンデモであろうはずがない。
 これは、コロナワクチンに関する妄想的な陰謀論が多々あるからといって、コロナワクチンの副反応や後遺症の研究まで十把一絡げにして目をそむけてよいことにはならないというようなものだ。

 ちなみに、この一件以後、検察審査会では、「証拠も明白であり、明らかに裁判になれば有罪になるであろうにもかかわらず、検察が不起訴にしてしまったきわめて重要な政治案件」については、不思議と、明白な犯罪の証拠があるにも関わらず、不起訴不当止まりで、起訴議決が出ないことが通例になってしまった
 ドリル優子事件、甘利事件、森友事件、桜を見る会などがそうだ。

 東電問題や黒川賭博事件では起訴議決が出たではないか、と言われるかもしれないが、それは違う。東電事件も黒川賭博事件も、そもそも政府与党の重鎮は被疑者にされていないし、東電裁判は、証拠が明白であって明らかに有罪が出るという案件ではなく、むしろ、会社上層部の業務上過失致死を問うことが難しい現行の日本の過去判例に照らしてみれば、強制起訴裁判になったところで、無罪になる可能性が高かったからだし、黒川賭博事件に関しても、裁判という公開の場で、この賭博事件の全貌(裁判になれば明るみになった可能性がある、大手メディアと検察高官の癒着の実態)が解明されることにはならなかった。一度の起訴議決を受けると、検察は略式起訴というもっとも軽い形で罰金だけで、事件に封をしてしまったからだ。(黒川事件については、もとより、本書執筆者たちはそういう視点を欠いているが)

 この検察審査会の「揺らぎ」の裏には何があるのか。
 私も関わっている市民団体「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」では、この田代虚偽報告書事件、詩織さん事件(本書では女性ジャーナリストAさん事件と仮名にしているが、すでに伊藤詩織さんは実名で闘っておられるので、ここでは名前を出させていただく)、森友事件などで、検察審査会に対して情報開示請求を行っている。

 検察審査員がどのように選ばれているのか、また、その選定の立ち会いに弁護士は同席できず、裁判官と検察官だけが立ち会えるという妙なシステムには本書も微妙に疑問を呈しているが、その裁判官と検察官の立ち会いすら、詩織さん事件以後、その立ち会い官僚の名前は黒塗りで秘匿されるようになっている。

 さらに言えば、なぜ、単に事件を裁判所に回すというだけの審査会とは違って、死刑を宣告することすらあるという点ではるかに重い決断を下すこともある裁判員裁判では、裁判員が重大事件のあと記者会見を行い、メディアの質問を受けることが普通であるのに、検察審査会では、記者会見どころか、検察審査会事務局や補助弁護士がどのようなアドバイスを行ったのかすら、一切の公開がされないのか。
 なぜ、くじ引きで選んでいるはずの検察審査員が「高齢者」「男性」「保守派」に偏る傾向があるのか。
 そもそも、検察審査員は、数千万円をかけて納入されたくじ引きソフトで選ばれるとされているが、そのくじ引きソフトそのものが、専門家の目から見て首をかしげるような異様な仕様のソフトであることなど、ツッコミどころはいくらでもあるのである。
 これについては、検察審査員の候補者となった人物から、私のもとに、検察審査会事務局の人物が「ややこしそうな人は審査員から外す」と発言したという証言も得ている。

 本書の筆者らは、真摯に調査をする気があるのであれば、そのあたりの情報には十分アクセスできたはずだ。
 公式発表のデータだけ並べて統計を取ってみました。検察審査会は不透明だが、なんとなくそれなりに機能しているようです。裁判記録だけは一通り目を通しましたが、東電事件に関してはちょっとムカつきました。
 大学院生の論文ではないのだ。学者の結論が、そんなものでは、困る。

 どうでもいい案件ではまあそれなりに機能するが、検察組織や政府与党に関わる案件では極端に不透明で妙な結果が出る、みたいな検察審査会なら、単に、検察の忖度を強化するものにしかならない。米国の大陪審にもそれなりの問題があるからどっちもどっち、みたいな話ではなく、検察審査会法のどこにどういう不備があり、どう透明性を作っていけるか、どうしたら民主的に機能しうるかという視点が必要だろう。

 そういった意味で、本書は、検察審査会についての入門書的価値はあるが、深い掘り下げには遠い、表層的な内容というしかない。そして、入門書的役割を果たすというには、原文の英文が頭に浮かんでしまうほど、ひどい直訳調の(ところどころ、日本語として意味不明な箇所すらある)文章は、大きなマイナスであろう。

 とはいえ、それまでなかった検察審査会に光を当てた書籍が生まれたことには意義はある。著者らの一層の奮起と研究の継続を願う。

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