ノーベル賞と疑似医学:トンデモが湧いて出て来るぞ
しばらく前のことですが、銀行員のお兄さんの熱心なおすすめで、とある銀行主催のセミナーに参加したことがございました。この手のものは、ふつうはまず参加しないのですけど、テーマが「最新の高度先進医療」についてということだったので、覗いてみようと思ったのです。
といいますのも、あたくし、飲み友だちにお医者さん多いですので、多少、話のネタになるかなと思ったのと、あたくし自身がかつて精密検査で「悪性腫瘍の可能性極めて大」と診断されたことがありまして。(この件は、おかげさまでいまだに、この世にはばかっているわけなんですが)
で、結論から言うと、そのセミナーの内容は、完全なトンデモ系でございました。
笑っちゃうのは、講師と称する人物がそもそも、医師でも研究者でもなんでもない、一般社団法人の代表を称するだけの方で、クリニック系免疫療法を絶賛おすすめされていた、と。(藁)
で、なぜ、そういうセミナーを銀行がやったのかというと、高度先進医療対応が触れ込みの保険の売り込みだったわけで、したがって、「保険適用内のがん治療には問題が多く、副作用が少なく世界的に注目している最新医学は保険適用にならないので、高度先進医療対応の民間保険に入りましょう」という露骨な宣伝だったわけ。
銀行も落ちたものです。貴重な時間を無駄にしました。
なんで貴重な時間を無駄にしたと断言できるかというと、確かに高度先進医療を対象にしている民間保険はあるのですが、すごく小さい字で「厚生労働省が認めた高度先進医療」だけを対象にしていることが明記されているのを知らないあたくしではなかったからです。
で、「厚生労働省が認めた高度先進医療」は、そう簡単に、患者が希望して、ほいほい受けられるものじゃないのです。
というか、Googleあたりに広告出しているようなクリニックでやってるのは、厚生労働省が認めてる高度先進医療じゃないです。
そもそも、「保険のきかない高度先進医療」というのは、治験レベルの話なので、体質や病状など膨大なチェックポイントが完全に適合しないと受けられません。患者さんが希望して受けられるもんじゃないんですよね。
で、今回、ノーベル賞を取ったがん免疫療法の研究に関しては、あたくしのランチ友だちであり、本庶教授のご研究に詳しいインペリアルカレッジ・ロンドン上席講師の小野昌弘先生がブログで解説しておられるので、そちらを参照なさってください。
https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20181003-00099152/
で、今回、受賞した免疫療法の最大のポイントは、素人がなんとなく想像するような「免疫を強化してがん細胞を壊す」ような単純なことではなく、「もともと免疫という名の攻撃力を持つキラーT細胞のブレーキを止めることで、自己免疫力を最大限にまで引き出し、がん細胞を治療する」ことです。
では、なんで、そもそもT細胞にブレーキなどあるのか。
それは、免疫とは、そもそも体の異物を認識し排除するための役割で、そういう意味では、がん細胞は「異物」ではあるのですが、そこはずるい奴なので「あたしは異物じゃありません」というサインを出して、T細胞を騙すのですね。なので、がんは増殖するわけです。
ですから、このT細胞のブレーキを外すことで、「あたしは異物じゃありません」というサインを出していたとしても、容赦なく、そのがん細胞を叩く、という仕組みなのです。
というと、もうここで頭のいい皆様にはおわかりでしょう。
そうなると、今度は、そのT細胞が、異物ではないもの、つまり、自分の正常な細胞や臓器を攻撃するようになることが起こりえてしまうわけです。
T細胞が、異物でない、自分の細胞や臓器を攻撃するようになるとどうなるか。
自己免疫疾患という過剰反応が起こります。自己免疫疾患とは、たとえば、膠原病はその典型的な例。甲状腺機能異常症や関節リウマチもそうです。
つまりT細胞のブレーキを外す、ということは、そういう事態が起こるリスクを伴うわけです。
だから、小野先生曰く、これは「肉を切らせて骨を断つ」療法なのであり、けっして、「自分の免疫だから副作用がない」とか「抗がん剤に比べて体に負担が少ない」ような代物ではないわけです。
ましてや、現状では、効果のある症状は限定されていて、がん患者なら誰にでも試せるようなものでもありません。
たとえば、オプジーボによる治療は、「手術による治療が難しいメラノーマ(悪性黒色腫)、手術による治療が難しい進行・再発の非小細胞肺癌、根治切除不能又は転移性の腎細胞癌」限定で、しかも、アレルギーの可能性のある人や自己免疫疾患にかかったことのある人は受けられないわけですし、その投与もきわめて慎重を期さなくてはならないわけ。
そして、現段階では、抗がん剤や放射線治療の併用での安全性がわからないため、併用もできませんし、対象になったとしても、上記のリスクがあり、かつ、効く可能性は20%ほどです。
つまり、あくまでも、ノーベル賞受賞ポイントは、「発想・手法として画期的であり、しかも一定の効果が確認されたので、これから研究を進めていく方向としてきわめて有効」ということです。
逆に言えば、これ以外の免疫療法と称している代物は、「いくらやっても有効なエビデンスがない」。ぶっちゃけいうと、牛乳にイソジンたらすような、おまじないレベルということ。
(※牛乳イソジンは、健康に害がある可能性さえありますので、絶対にやらないように)
ちなみに、本物の免疫療法に詳しいお医者さんによると、免疫療法で効く可能性がある(つまりエビデンスがある)のは、このオプジーポ(抗PD-1抗体)とCAR-Tだけ。オプジーポは、保険適用されたこともあって薬価が大幅に下がり、一回の投与の薬代が40万円ほどになりましたが、薬代だけで数千万円です。(ただし、保険適用なので、高額療養費制度が適用されます)
保険適用されないCAR-Tの場合も、薬価だけで数千万円クラスの世界。
つまり、そのへんのクリニックで数百万とか言ってるのは、はっきり言って詐欺です。それから、言うまでもなく、「免疫は個人によって違うので、大規模治験に向かない。だから、統計上の問題がクリアできないので、エビデンスがないなどという不当な評価を受ける」「患者さんが希望しても、日本の医療界が閉鎖的なので免疫療法が受けられない」などというのは、詐欺師の片棒担ぎのタワゴトです。
もちろん信じるものは救われますし、鰯の頭も信心、プラセボ効果というのも実際にあります。がんであっても、ごくまれには自然治癒する例だってありますから、アレな療法を受けて「治っちゃった」人は、ぜったい「いない」とは言い切れません。しかし、アレ系の診療はたいてい「標準治療と併用できる」とか謳っているところなども、いろいろアレです。
(とはいえ、標準治療を完全拒否して、みすみす勝ち目のないギャンブルで亡くなるよりは、併用の方が良心的とも言えます)
ということで、みなさま、疑似医学や独自研究詐欺にご注意を。
といいますのも、あたくし、飲み友だちにお医者さん多いですので、多少、話のネタになるかなと思ったのと、あたくし自身がかつて精密検査で「悪性腫瘍の可能性極めて大」と診断されたことがありまして。(この件は、おかげさまでいまだに、この世にはばかっているわけなんですが)
で、結論から言うと、そのセミナーの内容は、完全なトンデモ系でございました。
笑っちゃうのは、講師と称する人物がそもそも、医師でも研究者でもなんでもない、一般社団法人の代表を称するだけの方で、クリニック系免疫療法を絶賛おすすめされていた、と。(藁)
で、なぜ、そういうセミナーを銀行がやったのかというと、高度先進医療対応が触れ込みの保険の売り込みだったわけで、したがって、「保険適用内のがん治療には問題が多く、副作用が少なく世界的に注目している最新医学は保険適用にならないので、高度先進医療対応の民間保険に入りましょう」という露骨な宣伝だったわけ。
銀行も落ちたものです。貴重な時間を無駄にしました。
なんで貴重な時間を無駄にしたと断言できるかというと、確かに高度先進医療を対象にしている民間保険はあるのですが、すごく小さい字で「厚生労働省が認めた高度先進医療」だけを対象にしていることが明記されているのを知らないあたくしではなかったからです。
で、「厚生労働省が認めた高度先進医療」は、そう簡単に、患者が希望して、ほいほい受けられるものじゃないのです。
というか、Googleあたりに広告出しているようなクリニックでやってるのは、厚生労働省が認めてる高度先進医療じゃないです。
そもそも、「保険のきかない高度先進医療」というのは、治験レベルの話なので、体質や病状など膨大なチェックポイントが完全に適合しないと受けられません。患者さんが希望して受けられるもんじゃないんですよね。
で、今回、ノーベル賞を取ったがん免疫療法の研究に関しては、
https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20181003-00099152/
で、今回、受賞した免疫療法の最大のポイントは、素人がなんとなく想像するような「免疫を強化してがん細胞を壊す」ような単純なことではなく、「もともと免疫という名の攻撃力を持つキラーT細胞のブレーキを止めることで、自己免疫力を最大限にまで引き出し、がん細胞を治療する」ことです。
では、なんで、そもそもT細胞にブレーキなどあるのか。
それは、免疫とは、そもそも体の異物を認識し排除するための役割で、そういう意味では、がん細胞は「異物」ではあるのですが、そこはずるい奴なので「あたしは異物じゃありません」というサインを出して、T細胞を騙すのですね。なので、がんは増殖するわけです。
ですから、このT細胞のブレーキを外すことで、「あたしは異物じゃありません」というサインを出していたとしても、容赦なく、そのがん細胞を叩く、という仕組みなのです。
というと、もうここで頭のいい皆様にはおわかりでしょう。
そうなると、今度は、そのT細胞が、異物ではないもの、つまり、自分の正常な細胞や臓器を攻撃するようになることが起こりえてしまうわけです。
T細胞が、異物でない、自分の細胞や臓器を攻撃するようになるとどうなるか。
自己免疫疾患という過剰反応が起こります。自己免疫疾患とは、たとえば、膠原病はその典型的な例。甲状腺機能異常症や関節リウマチもそうです。
つまりT細胞のブレーキを外す、ということは、そういう事態が起こるリスクを伴うわけです。
だから、小野先生曰く、これは「肉を切らせて骨を断つ」療法なのであり、けっして、「自分の免疫だから副作用がない」とか「抗がん剤に比べて体に負担が少ない」ような代物ではないわけです。
ましてや、現状では、効果のある症状は限定されていて、がん患者なら誰にでも試せるようなものでもありません。
たとえば、オプジーボによる治療は、「手術による治療が難しいメラノーマ(悪性黒色腫)、手術による治療が難しい進行・再発の非小細胞肺癌、根治切除不能又は転移性の腎細胞癌」限定で、しかも、アレルギーの可能性のある人や自己免疫疾患にかかったことのある人は受けられないわけですし、その投与もきわめて慎重を期さなくてはならないわけ。
そして、現段階では、抗がん剤や放射線治療の併用での安全性がわからないため、併用もできませんし、対象になったとしても、上記のリスクがあり、かつ、効く可能性は20%ほどです。
つまり、あくまでも、ノーベル賞受賞ポイントは、「発想・手法として画期的であり、しかも一定の効果が確認されたので、これから研究を進めていく方向としてきわめて有効」ということです。
逆に言えば、これ以外の免疫療法と称している代物は、「いくらやっても有効なエビデンスがない」。ぶっちゃけいうと、牛乳にイソジンたらすような、おまじないレベルということ。
(※牛乳イソジンは、健康に害がある可能性さえありますので、絶対にやらないように)
ちなみに、本物の免疫療法に詳しいお医者さんによると、免疫療法で効く可能性がある(つまりエビデンスがある)のは、このオプジーポ(抗PD-1抗体)とCAR-Tだけ。オプジーポは、保険適用されたこともあって薬価が大幅に下がり、一回の投与の薬代が40万円ほどになりましたが、薬代だけで数千万円です。(ただし、保険適用なので、高額療養費制度が適用されます)
保険適用されないCAR-Tの場合も、薬価だけで数千万円クラスの世界。
つまり、そのへんのクリニックで数百万とか言ってるのは、はっきり言って詐欺です。それから、言うまでもなく、「免疫は個人によって違うので、大規模治験に向かない。だから、統計上の問題がクリアできないので、エビデンスがないなどという不当な評価を受ける」「患者さんが希望しても、日本の医療界が閉鎖的なので免疫療法が受けられない」などというのは、詐欺師の片棒担ぎのタワゴトです。
もちろん信じるものは救われますし、鰯の頭も信心、プラセボ効果というのも実際にあります。がんであっても、ごくまれには自然治癒する例だってありますから、アレな療法を受けて「治っちゃった」人は、ぜったい「いない」とは言い切れません。しかし、アレ系の診療はたいてい「標準治療と併用できる」とか謳っているところなども、いろいろアレです。
(とはいえ、標準治療を完全拒否して、みすみす勝ち目のないギャンブルで亡くなるよりは、併用の方が良心的とも言えます)
ということで、みなさま、疑似医学や独自研究詐欺にご注意を。