シンポジウム「検察・世論・冤罪Ⅱ」 逮捕されたら犯人、起訴されたら有罪!? 

 前回から続きます。

八木「羽賀さんは、警察や検察の調べにおいて、罪を認めたら軽くなると言われていたにもかかわらず、認めなかったのですよね」
羽賀「認めたら、明日にでも保釈すると言われました。詐欺の立件は最後の最後で、3ヶ月目に取調室で『詐欺で追起訴や、ざまあみんかい』と言われました」
八木「痴漢冤罪や村木さんのケースでもそうですが、認めたらすぐ出られるし、認めなかったら出られないというのがありますね。これが検察を暴走させる大きな問題だと思うのですが」

 郷原弁護士が答えます。
 それこそが、弘中弁護士も指摘している人質司法で、刑訴法上、逃亡と罪障隠滅の怖れがあるとき。この罪障隠滅は、例えば否認している場合、人に頼んで口裏合わせをするかもしれないとか、ひょっとして何かあるかもしれない証拠を隠すかもしれないとか、いくらでもこじつけられる。だから否認していると保釈の除外事由になり、いつまでも勾留できる。それはある意味で、事実に反する自白がとられる非常に大きな要因となる。その根本的なところを変えないといけないが、それは裁判所の責任。つまり、どういう場合に裁判所が罪障隠滅を認めるかという問題だ。

 しかし、羽賀氏がここで、裁判所と検察の関係について受けた印象を語ります。
 自分は公平に議論してほしいだけで、公判で何度も裁判官に、自分のやったことは詐欺や恐喝なのかと尋ねた。検察は何も立証していないし、裁判の中でも説明があると感じられない。
自分が受けた印象は、あくまで自分個人のものだが、裁判所の中に検察官のマイカップが置いてあるんじゃないかと思うぐらい、人事交流会以上の深い交流があるのではないか、友達感覚で「検察のメンツ潰さないように頼むわ」みたいなことがあったのではないかと思ってしまうと。

 ここで何度も頷く山下弁護士。
 裁判官と検察官はセットになっている。公務員だし同僚意識があって、そこにお客さんとして被告人と弁護人が来ている。その感覚がずっと続いていて、裁判所も自分たちが治安を護っているというへんな意識があるから、けしからん人は自分たちが裁く、と。それがまさに検察官と心情的に一致しているということで、大きな問題だ。
 それから保釈のケースでは、自分が担当したあるケースで、浪人生が覚醒剤所持で初犯のケースで保釈が認められていなかったのが、地裁が認めなかったものを最高裁が試験の前日に保釈を認めたことがあった。そのとき、あとで新聞社からの電話で知ったが、その保釈が検察で話題になっているという。それも検察が「あれ(保釈を認めなかったのは)は裁判所が悪い」と。しかし実際には、保釈を止めていて、弁護士の自分のこともけしからんと名指しで非難していたのは検察の側。これは保釈を認めない裁判所もひどいが、検察も勾留を要求し続けているということ。そういう検察と裁判官の一体感が悪い結果を生んでいる

 ここで佐藤弁護士。
 自分は弁護士になって37年だが、以前は、起訴されたら保釈になっていた。また起訴されたら、保釈にならなくても、知人などの接見が認められた。ところが今は、起訴後も否認を続けていると保釈されず、接見禁止といって、弁護士以外の人間が会えない。
 良い例が、自分が弁護士になってから3年目に起こったロッキード事件で、田中角栄は否認を続けていたが、起訴後に保釈はされている。ところが、今、自分が弁護している鈴木宗男氏は400日近く、否認をしていたということで、国会議員として最長の勾留を受けた。家族とも会えないので、弁護士が週に一度会いに行かなくてはならない。そういうことを裁判所がどんどん認めるようになってしまった。だから、羽賀氏の例を見て思ったが、相当精神力がタフでないとできない。
 しかも、詐欺があとからくっついてきて、懲役6年なんていうことになっているが、現場にもいない。現場にいた渡辺二郎さんが2年だから、羽賀氏は当然、恐喝未遂が成立するとしても執行猶予が妥当。それなのに、否認しているという理由でこんなことになって、法廷でのフェアプレイの精神も何もないまさに人質司法。
 裁判員裁判で、市民が法廷で判断するというが、この前提がフェアであるのかどうか。

 ここでマイクを取ったのが山口さん。
 フェアといえば、メディアはどんどんひどくなっているというが、昔はもっとひどかった。新聞でも週刊誌でも、刑事事件などが起きると、逮捕された瞬間に犯人と決めつけ、起訴されたら有罪と決めつける。そういうことを脈々とやってきた。しかし逮捕というのは単なる捜査機関が疑いを持っているに過ぎないし、起訴も検察官が処罰に相当すると主張したに過ぎない。
 こういったコンセンサスを皆が確認し合わないと、世の中は良くならない。
 メディアが容疑者と書き始めたのは、実は田中角栄の逮捕以後。それまでは、逮捕されたら呼び捨てだった。昭和40年代の新聞など読むともっと無茶苦茶。
 殺人事件など「そのとき、犯人はふと正気に返った」なんて、お前見てきたのかよ(会場笑)みたいなこと、どうやって殺したかもストーリーがすらすら書いてある。そういうことをメディアがずっとやってきて、国民も捜査機関は正しいと思ってきた。だから、逮捕されたら犯人、起訴されたら有罪というのが国民に刷り込まれている。それが違うんですよという記事を出しても信用されない。なにいってんだという扱いを受けてしまうのが現状。

 ここで再び佐藤弁護士。
 最近では、44年後に無罪になった布川事件というのがあった。当時の新聞など見ると、「ふてぶてしい」などと書かれてあって、今より相当ひどい。本当に『犯人らしい顔』で事件が解決。ところがそれが犯人ではなく、真犯人は捕まっていない。足利事件も同じことで真犯人が捕まっていない。つまり、(冤罪が生まれることで)市民生活が脅かされている。羽賀さんの場合は、警察が本来やるべきではないこと、犯罪ではないものを犯罪に仕立てるということをしてしまっている。

 またマイクを奪う山口氏。白熱してきました。
 足利事件の菅谷さんが(無罪になって)出てきた時に、資料室に当時の報道を見に行ったら、自分のよく知っている先輩が記事を書いていて、今真実がわかっているから言えることとはいえるが、ひどい。菅谷さんがいかに幼女趣味で行動が不審で目をつけられていたなどとつらつら書いてある。それは捜査機関がもたらしてくる情報で、それに基づいて書いてしまうメディアの宿痾がずっとあった。つまり、いまメディアが駄目なのではなくて、昔から駄目だった。そして、その中で、皆が、「逮捕は犯人、起訴は有罪」と刷り込まれていることを自覚し直して、事件報道を見ていってほしい。

 ここで岩上さんが、布川事件に関して一言。
 再審無罪が出た杉山三と桜井さんとは二三度会って、インタビューをしたり、トークイベントを催したりしていたが、二人とも、事件当時二十歳前後で、不良だったことを隠さない。特に杉山さんは、腕力があり粗暴で、暴力団からスカウトが来たと。そして、事件があった時に警察があたりを見渡して、手頃な不良溜まりの中から、該当しそうでアリバイの弱い人間を狙い撃った。そういう手法がひとつの典型なのではないか。
 ある集会の場で、その部分にコメントする弁護士さんがいて、あなたのようなケースはよくあるんですよ、と。刑事事件をいろいろ担当されていて実感として言われるようだった。そこに『参院のドン』と言われた村上正邦さんがいらっしゃって、村上さんもご自身が特捜に上げられているんですが、検察はおかしい、許し難い、こういう手口でやるのか、と。日頃から胡散臭いと思われているような人間はやられやすいんだな、自分もそうだったのかもしれない、というようなコメントをされた。政治家というのは献金がファジーな部分があり、いろいろな人から陳情を受けたり政治献金を受けるので贈収賄で狙われやすい。日頃不良だからといって、やってもいない殺人をしたことにされてはたまらないし、多少献金がファジーだからといって、やってもいない大きな汚職の疑いをかけられてはたまらない。ところがそこで小沢さんの話が出たとたんに、村上さんが「あれはいいんだ」って(苦笑)言い出して仰天したことがありましたけど。
 つまり、スキャンダラスなところのある人は叩いていいんだとか、そういう空気みたいなもので判断されてしまう。それを作り出すのはメディアであったりするんですが、そういうことが起こりうる。羽賀さんの場合はいったい何が該当するんでしょう。正直なところよく分からない。それ以前の恋愛とかが原因になったりするんだろうか。

 客席から羽賀さん。
 レッテルだと思います。あと裁判が時間がかかる。逮捕されて丸4年になるが、家も失い、仕事も失い、名誉なんてもともとないが、4年間何もできず、弁護費用はかさむ。本を出すが、その印税も前金でもらっている。それぐらいお金にも困窮している。国選弁護の制度はあるが、おざなりなのではないかとも思うし、この時間がかかる裁判制度はどうかと思う。

 なるほど、と、岩上さん。
 代議士の石川さんは、検事に『費用がいくらかかると思ってるんだ』と言われたそうです。最高裁まで行くと何千万もかかるんだぞ、だからこのへんで手を打てと、そういうことを言われたそうです。現実的にお金がかかるというのもひとつの脅しですね。それにしても、渡辺さんは前科があるし、元ボクシングの世界チャンピオンということで威圧矢恐喝をやりそうという予断があるかもしれないが、羽賀さんはどんなスキャンダルがあるんだろう。あえていえば、関西弁でヤクザや警察の口まねが旨くて、俳優としてそういう表現力があるから、回りの人にそう思わせるものがあったんでしょうか....でもその程度のことで、レッテルを貼られてしまうんだろう。それ以前の芸能スキャンダルが影響したんだろうか。

 応えて羽賀さん
 日本は謙虚が美徳というようなところがある。でも自分は恋愛がテレビで話題にされたり、その最中に、故郷の沖縄にレストランをオープンしたり。出演している番組も軽いというか、明るめのはしゃぐような番組に出ていたり、そういう部分でレッテルが貼られたのではないか。書かれるとすぐ訴訟を起こす芸能人もいるが、自分はそういうこともしないので、少々叩いても大丈夫というのがあったと思う。また、芸能界は強いプロダクションに入っていると基本的に叩かれない。小さい事務所は叩かれやすい。そういういろいろなことが重なったと思う。しかし自分の今までの生き方の軽さは痛切に反省している。一発当ててやろうというそういう軽い感覚が招いたことではある。そういうことで、検察も警察も乗りやすかったのではないか。羽賀研二と渡辺二郎という組み合わせを聞いただけで、有罪。なにかやってんじゃないの、という...

八木「率直に言って、羽賀さんのレッテルといえば、プレイボーイで浪費家、みたいなものですよね。それが事実かどうかはともかく」

羽賀「いや、事実です(笑)。自分を良いように見せようとする....今になって考えると哀れな生き方です。でも恋愛の中で、虚勢を張らなくて良いようなところで虚勢を張っていた。つきあう人間には気をつけろとも言われていたし、いまとなっては、自分の招いたことでもあるという反省は持っている」

八木「羽賀さんのような、プレイボーイで浪費家イメージのある人が、大きなお金を動かして、ボロ儲けを企んだ。しかもそこに暴力団が絡んでいた、というのがひとつの空気を作ってしまったんですね。でも、その空気で動く警察や検察というのが、一番大きな問題かもしれません」

応えて郷原先生。締めに入ります。
 今回の羽賀さんの事件は、村木さんの事件と対照的。イメージ的には村木さんは検察の人選ミス。ああいう『白い』イメージの人を、犯人にしようとしてしまったのが問題で、それが大失敗、大不祥事につながった。そういう意味では、羽賀さんの場合はキャスティングは間違っていなかった。(会場笑)
 対象の選び方は、今までの検察や警察のやり方としては正しかった。しかし、村木さんのような例は珍しいわけで、メディアの作り方でいくらでもイメージを黒くできる。そうなってしまうと、もうそこから逃れられない。そういうことがいまの警察や検察の処分の延長にあるとすると、これは非常に大きな問題。
 また、村木さんの事件と違うのは、今の段階で羽賀さんには有罪という結果が出ていて、この事件の問題性が、裁判上は言えなくなっている。しかし、中身に少し立ち入って、みなさんに興味を持ってもらうべきいくつかの論点がある。そもそも詐欺になるのかどうか、こういう未公開株の取引において、どういう場合に詐欺が成立するのか。第二に恐喝未遂が成立するのかどうか。そして最大の問題は、弁護側証人を偽証で起訴するというやり方。
 これがまったく許されないとは思わない。たとえば、偽証の決定的な証拠があり、その証拠があっても反対尋問などでは明らかにできないような事情があって、原則は法廷で決着をつけるべきであっても、その原則通りにはいかないような事情があるような場合、本当に例外的に、まだ生きている事件の途中で(証人を)偽証で摘発というのもありうるかもしれない。
 しかし、今回はそういうケースなのか。検察の見立ては、証人の徳永氏になにか旨味があるからというものだったが、その見立てはまったく立証されていない。言ったことの中に客観的に誤っていることもあったが、証言内容自体に関係のあるものではなく、異常な判決。どういう証言をしたかはっきりしない。どういう証言をしたかはっきりするような証人尋問をするのが、刑事裁判だと思うが、どういう証言をしたかさえはっきりしないような刑事裁判をやっておいて、あとでこういう証言をしたから偽証だというのは、裁判のやり方を間違えていると思う。
 そう考えていくと、証人尋問における真実を、どう担保していくのかという非常に大きな問題が含まれていて、それを争点として、これから最高裁で、社会の注目を集めるような方向にもっていくことが、今後の刑事裁判にとってとても重要な課題にひとつになっていくという気がしている。

 隣の八木が時間を気にしているのを察してくださって、きれいに締めて頂きました。
 最後に、司会として一言。
「この場に来られて、報道によって持っていたイメージ、そして当事者の話との違いに驚かれたことと思います。この機会を持たせて頂いた、明治大学情報コミュニケーション学科、ありがとうございます。そしてこれは他人事ではありません。確かに羽賀さんはタレントという特殊な職業ではあるけれど、冤罪の問題は、いつどこで誰に降りかかるかわからない。そしてひとたびそれが降りかかってきたときに、こんなかたちで有罪に持っていかれてはたまらない。そういう意味では一人一人の問題だと思います。」

 ええ、そうなのです。
 これは、けっして「虚飾に満ちた有名人の転落ネタ」ではなく、とてもとても怖い事件だったのです。
 そして、この暑い夏の日、お集まりくださったパネリストの先生たち、羽賀さん、明治大学情報コミュニケーション学科江下雅之教授と学科の皆様、本当に、どうも、ありがとうございました。

 ちなみに、このあと「来月はどういうサプライズですか?」
 というご質問も頂きましたが、あの、毎月毎月、こんな濃ゆいシンポジウムをやっていたら、私たちは過労と心労で死んでしまいます。とりあえず、シンポジウムは打ち止めですが、二回にわたって、検察のありかたに関する、大きな問題提起ができたと思います。

 なお、このシンポジウムは、「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」サイトに特設ページを作りましたので、是非、ご参照ください。こちらから、Ustreamビデオもごらんになれます。
 http://shiminnokai.net/sympo0623.html

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

tag : 世論 冤罪 検察

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