カナリアに手を出すなかれ

 翌々日、私はリカルド・ロチャのオフィスにいた。インスルヘンテス大通りの豪華で最先端で警備厳重なビルの10階に。
 テレビでおなじみの顔が、私のために立派な椅子を引いてくれた。

「君のことは前から知っていて、興味は持っていたんだ」
「光栄ですわ」有名テレビキャスターが?
「音楽トーク番組の中で、君には4曲たっぷり歌ってもらいたい。ミュージシャンは好きなだけ雇ってもらって構わないし、そのギャラももちろんお支払いする」
「私はピアニスト一人で十分です。それに、普通、出演者の持ち分は2曲だと聞いていますが」
「4曲だ。ただし、選曲は私がやらせてもらう、その話し合いのために、今日、わざわざ来てもらった」
 ロチャはテレビと同じ、親しみやすい笑顔を私に向けた。
「といいますと?」
「君のレパートリーから美しいボレロを歌ってほしい。君の声の美しさと表現力が視聴者によくわかるようにだ。テレビの視聴者というのは、君のライブにチケットを買って行くような、知的で洗練された文化人ばかりではない。大衆は気まぐれで、有名な歌手の有名な曲だけを聴きたがる」
 要するに、私のようなインディーズ系なら、なおさらマイナーな曲は歌うなというわけね。

 彼は、私の持ち歌の中から、有名曲と言える3曲をあげた。ビセンテ・ガリードの「わたしのすべて (Todo y Nada)」、イソリナ・カリージョの「Dos gardenias (二輪のくちなし)」。どちらも美しくて、歌唱力を試される曲だ。それから、オスカル・チャベスの「Por ti (あなたのために)」。どれも、私のレバートリーだ。

「4曲目は私に選ばせていただけます? それともボレロの名曲でなくては駄目ですか」
「なにが歌いたい?」
「マルシアル・アレハンドロの曲を」
 ロチャは微笑みながら一蹴した。
「君が大ブレイクして、君の存在だけで視聴率が取れるようになったら、なんでも好きな曲を歌うといい。今はまだ駄目だ」
「では、『ジョローナ』では? あれは、この国では誰でも知っている曲です」
 一瞬、ロチャの目が細くなり、笑顔が広がった。
「確かに」
「それで、詩がマルシアルというのがあります」
 ロチャはいったん顔をしかめてみせてから、破顔した。
「曲は誰でも知っていて、詩は誰も知らない。.......いいだろう。セーフだ」

 一方的に電話で、誰でも知っている有名曲だけ歌えと言われたら、私は出演を断っていただろう。
 完全に性格を読まれていた。しかも、ベサメ・ムーチョやキサス・キサスをリクエストして歌えと言っているわけではない。新聞記事を熟読し、私のCD2枚をしっかり聴いたうえでの愛情のあるオファー。
 私みたいなしがないインディーズ歌手に、そこまで気を遣ってくれるか? リカルド・ロチャ。素敵すぎてファンになりそうだぜ。

 と、ここで私は気づく。
 おくびにも出さないが、まさか彼は、例の件を承知のうえで、自分が身銭を切ってまで、私をラテンアメリカ中に配信しようとしている?

 そして、金曜日。
 好事魔多しという。幸運に多少のミソはつく。
 私のテレビ出演がよほど気に入らない人がいたらしく、朝から家の前でチンピラに喧嘩を売られて、警察沙汰になり、あやうく冤罪で警察署に連れて行かれそうになりながら、日頃の行いが良かったせいで、ピアニストのホセの車でなんとかぎりぎりにテレビ局に滑り込んだ。
 そういう事情で、ボサボサの頭と化粧のはげた顔。芸能人というよりは、掃除のおばちゃんみたいなルックスで到着したにもかかわらず、一番奥の楽屋と、番組オープニングの一番視聴率の高い時間帯が、私に用意されていた。
 その立派な楽屋に落ち着く暇もなく、ロチャの秘書が顔色一つ変えずに私をメイク室に連れて行き、3人がかりでの化粧とヘアアレンジが始まり、30分で、ドレスを着た歌手が出来上がる。

 その本番で、ロチャはさらに私を仰天させた。
「新しいCDを録音中なんだよね、素晴らしい出来なんだろう? 発売はいつ?」
 目を剥きそうになった。とりあえず録音したばかりで、ミックスダウンも終わっていない。発売もなにもまだ何も決まっていない。そもそも、そんな話は打ち合わせではしていなかった。このシーンでは、ロチャは、すでに発売中の私のCDを紹介するはずだったのだ。私は慌てて、とりあえず答える。
「できれば数ヶ月後に」
「すばらしい! その待望の新作が出たらこの番組で発表をしよう、もちろん出演してくれるね。私からのお願いだ」
 え? また出演? それも新作プロモーションまで?!

 こうして、ラテンアメリカ中が知る。私は新作CDを録音したばかり。その発売はテレビで発表される。
 私に万一なにかが起これば、その場合もラテンアメリカ中が知ることになる。まさか、あなたはそれを言いたいのか....?

 収録が終わって着替えをし、楽屋を出ると、そこにロチャがいて、私を見て微笑んだ。
「マルシアル・アレハンドロは私の友達だった。......それから、シルビオも、だ」
 私は驚いて彼を見る。やはりあなたも.......私の背中を護るために......

テーマ : どうでもいい報告
ジャンル : 日記

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16日のライブは?

水曜日のライブ。予約しましたが...そもそも六本木の店が歌舞音曲をやれる状況でしょうか?

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