ラテン男と泣く女
二年前に急死したメキシコの有名詩人であり作曲家だったマルシアル・アレハンドロの遺作は、曲ではなく詩だった。
ジョローナという、メキシコの地方都市オアハカの古い民謡で、誰でも知っている美しいメロディである。もちろん、有名曲だからスタンダードとしての歌詞にもいくつかのバージョンがあり、民謡歌手はもちろん、多くの人が持ち歌にし、言うまでもなく録音も多数ある。
それがなぜ遺作として皆の関心を集めるのかというと、これが、このメロディに乗せて、彼が私のために新たに書きおろした、まったく別の、未発表の詩だからだ。それもふたつ。
しかも「ジョローナ」というのは、本来、「葬礼で泣く女」を意味する。
つまり、いくつバージョンがあったとしても、この曲は「死によって引き裂かれた、報われない愛の歌」なのだ。
天才といわれた吟遊詩人が、最後に遺したものが「死を匂わせる詩」であるというなら、まさか、その死は予期されていたものだったのか?
新聞記者でなくても、それは気になる歌なのだった。そしてアルトゥロ・クルスは、自分の感想としてそれを書く。「それはまさに、彼の事前の『アディオス』なのであった」と。
彼のにやりと笑う顔が浮かび上がる。
こんな詩を遺して急死するか? マルシアル・アレハンドロ。
「そんなものは関係ない。すべて忘れろ。きみと俺だけのジョローナを作ろう」
とレオナルドが耳元で囁く。「ピアノと声だけの、世にもロマンティックなデュエットだ」
.....こいつも大したラテン男である。
「それで誰に音響エンジニアを頼めばいいかしら? エスピラルの機材を使える人で、高い報酬を言わない人」
「それなら、ハビエルだね」
「それは無理よ」
10年前ならいざ知らず、今や、彼は、ニューヨークタイムズでも絶賛された、オフ・ブロードウェイで注目の演劇プロデューサーだ。いまもメキシコシティの大劇場で、新作ミュージカルのプロデュースと演出を手がけている。忙しくてとても......
(なぜ知っているかといえば、最初に電話して、多忙を理由に丁重に断られたからだ)
「それは君が電話したからだ。大丈夫。あいつは子供の時から、俺に逆らえないんだ」
2時間後、ハビエルから力のない声で電話がかかってきた。
「土曜がミュージカルの初日なんで、土日はどうやっても無理だけど、月曜と火曜は午後6時から空けた」
ジョローナという、メキシコの地方都市オアハカの古い民謡で、誰でも知っている美しいメロディである。もちろん、有名曲だからスタンダードとしての歌詞にもいくつかのバージョンがあり、民謡歌手はもちろん、多くの人が持ち歌にし、言うまでもなく録音も多数ある。
それがなぜ遺作として皆の関心を集めるのかというと、これが、このメロディに乗せて、彼が私のために新たに書きおろした、まったく別の、未発表の詩だからだ。それもふたつ。
しかも「ジョローナ」というのは、本来、「葬礼で泣く女」を意味する。
つまり、いくつバージョンがあったとしても、この曲は「死によって引き裂かれた、報われない愛の歌」なのだ。
天才といわれた吟遊詩人が、最後に遺したものが「死を匂わせる詩」であるというなら、まさか、その死は予期されていたものだったのか?
新聞記者でなくても、それは気になる歌なのだった。そしてアルトゥロ・クルスは、自分の感想としてそれを書く。「それはまさに、彼の事前の『アディオス』なのであった」と。
あなたに嘘をついたことはない
あなたに語るのは真実だけ
眠りの中であなたを夢み
目覚めてやはりあなたを夢みる
ただあなただけを愛していた
そのために生まれたのだから
だから、いつどんなふうにとは知らずとも
あなたのために死ぬだろう
あなたの瞳はふたつの松明
千の心を焼き尽くす
あなたの唇は薔薇
情熱を掻きたてる
私には大きな傷がある
死に至るほどではないけれど
生は生ではないのだ
あなたを愛し、失ってからは
あなたに語るのは真実だけ
眠りの中であなたを夢み
目覚めてやはりあなたを夢みる
ただあなただけを愛していた
そのために生まれたのだから
だから、いつどんなふうにとは知らずとも
あなたのために死ぬだろう
あなたの瞳はふたつの松明
千の心を焼き尽くす
あなたの唇は薔薇
情熱を掻きたてる
私には大きな傷がある
死に至るほどではないけれど
生は生ではないのだ
あなたを愛し、失ってからは
彼のにやりと笑う顔が浮かび上がる。
こんな詩を遺して急死するか? マルシアル・アレハンドロ。
そして、私に一生この歌を歌っていけと? .....まったく、とんだラテン男だ。
「でもこの曲は、山のように録音があるわ。いろいろなバージョンが。スサーナ・ハープが録音したのも...」しかも、スサーナは民族衣装の似合う本物のオアハカの美女だ。「そんなものは関係ない。すべて忘れろ。きみと俺だけのジョローナを作ろう」
とレオナルドが耳元で囁く。「ピアノと声だけの、世にもロマンティックなデュエットだ」
.....こいつも大したラテン男である。
「それで誰に音響エンジニアを頼めばいいかしら? エスピラルの機材を使える人で、高い報酬を言わない人」
「それなら、ハビエルだね」
「それは無理よ」
10年前ならいざ知らず、今や、彼は、ニューヨークタイムズでも絶賛された、オフ・ブロードウェイで注目の演劇プロデューサーだ。いまもメキシコシティの大劇場で、新作ミュージカルのプロデュースと演出を手がけている。忙しくてとても......
(なぜ知っているかといえば、最初に電話して、多忙を理由に丁重に断られたからだ)
「それは君が電話したからだ。大丈夫。あいつは子供の時から、俺に逆らえないんだ」
2時間後、ハビエルから力のない声で電話がかかってきた。
「土曜がミュージカルの初日なんで、土日はどうやっても無理だけど、月曜と火曜は午後6時から空けた」