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歌い手が黙るとき

 メキシコの最高の歌い手の一人、サルバドール・ネグロ・オヘーダが今朝亡くなった。
 民謡歌手として始めて、メキシコ国立芸術院を征した歌い手が。

 私が彼に始めて会ったのは、1987年。
 当時、まだ、自分が何かもわからなかった私は、留学後、日本の社会人になることに馴染めずに、メキシコに戻ってきたばかりだった。目的は特にない。ただ、留学中、ちょっとだけ訪ねて興味を持ったキューバには、もう一度行ってみようと思っていた。

 その到着の翌日、日本で通訳をやった関係で知り合った音楽関係者から、あるパーティーに招かれた。正確にはその人が昼食を奢ってくれるはずだったのだが、パーティーに招待されたので、どうせだから一緒においでよ、という、いかにもラテン的なノリだった。

 しかし、そのパーティー会場は、私が考えていたようなホームパーティーではなくて、ちょっとした邸宅だった。メキシコの著名な音楽学校の校長の主催で、多くのクラシックを中心としたアカデミック系の音楽関係者らしき人々が集まってのビュッフェ形式。その一角にライブ演奏のスペースも設けられていて、その回りには半円形に椅子が並べられ、そこから素晴らしいベラクルスの民謡の歌声が聴こえていた。
 その声のなんと艶やかで素晴らしかったことか。

 ビュッフェの料理や邸宅の調度より、そちらに心を奪われたのに気づいたのだろうか。
 2曲ほど聴いたところで、民謡名人が突然、こちらを見てこう言った。
「ああ、次の歌い手が着いたようです。では、皆さん、私はこれで」
 そして、彼は弾いていた自分のギターを、半円のすぐ外で見ていた私にぽんと渡して、すたすた去っていこうとするではないか。
 もちろん、私は驚いた。だって私が誰かを彼は知らないのだ。
「待ってください、私は...」
 彼は振り返って、不思議そうに言ったものだった。
「でも君は歌い手だろう。だから次は君が歌う番だ」
 それが、ネグロ・オヘーダだった。

 周囲の客は事情を知らない。私がプロではないことも、招待客の連れで来た飛び入りであることさえ知らない。当然、主宰者の呼んだ別の出演者だと思ったのは無理もない。だから拍手が起こった。
 
 どうしたらいいだろう。
 けれどギターを返す相手はそのあたりにはもういなかった。(さっさとビュッフェの料理を食べに行ってしまったのだ)

 拍手の中で、私は困惑しながら、半円の中心の椅子に座り、ギターを膝に乗せ、一曲歌った。
 そのとき、聴いていたオッサンの一人が、大声で言った。
「きみ、次は、何かキューバの曲を歌ってくれ」
 リクエスト。さらに困惑していると、そのオッサンは、続けた。
「シルビオ・ロドリゲスの曲を何か知らないか」
 さらに困る。シルビオの曲は美しくて私も好きだが、ギターワークが難しい。でもとりあえず、「つむじ風 Rabo de Nube」という曲のイントロを弾き始めた。

 その瞬間、本物のつむじ風が私の脇を通り過ぎた。
 続いて、もの凄い歓声と拍手が沸き起こり......ビュッフェで食べていた人たちまでも、血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。
 私の後ろにあったグランドピアノの蓋が開き、そこから、突然、もの凄い量の旋律が流れ出してきている.....。
 
「振り向くな! 歌え!」
 振り返ったその瞬間、それは見えた。あのオッサンが、ピアノの前に座って鍵盤に指を振り落としながら、私に怒鳴っていた。
「そのまま歌え! 歌い続けろ」

 どんなに凄い体験だっただろう。見事に呼吸を合わせながら、まるで男性タンゴダンサーのように、私を完璧に支え、リードして歌わせてくれるピアノ。私は軽く寄り添って身体を預けていくだけでよかった。それだけで、まるで私は......。

 一曲が終わると、もの凄い拍手が来た。
 当たり前だ。フランク・フェルナンデス。チャイコフスキー・コンクールの審査員。公演のためにメキシコシティに滞在していたキューバの至宝と言われるクラシック界の天才ピアニストが、こともあろうに、アマチュア歌手の、それもポピュラー音楽の伴奏をしていたのだ。それも夢のような華麗な伴奏を。

「次は.....あの曲は知っているか?」
 そのまま私たちは即興のコンサートを続けた。30分以上、その夢は続いた。もう誰も食べてはいなかった。いや、そんなことはどうでもいい。それは陶酔だった。歌う快感に、歌わされる快感に朦朧として、私は歌そのものになっていた。

 ライブが終わると、巨匠は私の名前を尋ねた。
「君はキューバに来なくてはならない。それが君の運命だからだ」

 たぶん、あのとき、私の運命は決まった。歌って生きていくことも、このときにキューバに行ったがために、政治というものから逃れられなくなることも。(ほどなく、私はCIAの監視対象になり、それは90年代の初めまで続いた)
 それは自分の意志と言えるのだろうか? わからない。

....けれども、そのすべての引き金を引いたのは、メキシコの民謡歌いのネグロ・オヘーダだったともいえる。メキシコ的に言うならば、私に歌い手としての洗礼を施したのが、彼だった。
 あのとき彼が、私にギターを渡さなければ、何も起こらなかった。いや、運命というのは、どういう道筋をたどっても、結局は同じ結論に導くのかもしれないが、しかし、あの日のあの素晴らしいライブはなかった。私の運命を決めた、あのライブは。

 その後、私はプロの歌手となった。メキシコシティで活動を始め、当然、ネグロ・オヘーダとも何度も顔を合わせ、私たちは親しくなった。後に私が買ったアパートは、これまた偶然、ネグロ・オヘーダの邸宅の近所だった。
 ただ、私は二度とあの話はしなかった。彼があのときの「コムスメ」を覚えているとは、まったく思っていなかったからだ。彼は歌い疲れて、ビュッフェの食事がしたくなった。だから、最初に目があった私にギターを渡した....。(プロが自分のギターを? でも音楽関係者のパーティーだからね。)

 それから20年以上が経った、一昨年のこと。
 ふと、ネグロに訊いてみた。
「ネグロ、私たちがいつ知り合ったか覚えている?」

 80歳を前にしていたネグロは笑った。
「もちろん、あの日のことははっきり覚えているさ。音楽学校の校長のトゥスネルダ・ニエトのパーティーだ。私が君にギターを渡したんだ」

 私は驚いた。
「ずっと訊きたかった。あのとき、なぜ私にギターを渡したの? 私はアマチュアで、あなたは私の歌を聴いたことなどなかったのに....」
 ネグロは当然のように答えた。
「君が、歌い手の目をしていたからだよ」

 いま、彼の通夜の席で、もう歌わない彼の静かな寝顔を見て、私は思い出していた。あの日に聞いた言葉を。
「次は君が歌う番だ」

テーマ : どうでもいい報告
ジャンル : 日記

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No title

とても美しい文章を読ませていただきました。八木さんとミュージシャンの方々の交遊は素晴らしいですね。サルバドール・ネグロ・オヘーダ氏の歌声も、渋くて甘くて哀愁があり心を揺さぶられました。亡くなられたとのことですが、残念です。

合掌。

初めまして~

はじめまして~ブログを拝見させていただきました。

機会がありましたら是非ライブに行ってみたいです。

今起こっているさまざまな社会の動きも勉強になります。

これから時々(いや~毎日かな?)こちらのブログ読ませていただきますのでへ)どうぞ宜しくお願いいたします~♪~

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ラテンアメリカと日本を拠点に活動する音楽家・作家 八木啓代のBlog
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