時代が動くとき:デューラー・写楽・尖閣ビデオに共通するもの

 さて、ひさびさにアート話題。
 最近見た美術展の中で、出色だったのが、国立西洋美術館のアルブレヒト・デューラー版画・素描展だった。
 デューラーは15世紀から16世紀のドイツ・ルネサンス期の版画家で、非常に正確なデッサンに基づく緻密精細な宗教版画などで知られている。とはいっても、日本での認知度はそれほど高くはない。
 
 この国立西洋美術館の作品展、意外だったのだが、大半がメルボルン国立ヴィクトリア美術館のコレクションからなっている。オーストラリア、大したものだ。
 おかげで、私は、一気に、150点以上のデューラーをまとめて鑑賞することができたわけだ。

 まず、第一印象は、数学的ともいえるほどに、その作品が精緻であること。技術は素晴らしく高く、とにかく「完璧」な感じ。これが、ドイツ・ルネサンス芸術か。

 しかし、ずっと見ていくと、別の、実はもっと別のことに気づく。
 デューラーは、いわゆる早熟の天才タイプで、15歳ぐらいですでに才能を見せ、20代半ばには画家としての名声を確立していた。
 にもかかわらず、彼は、絵画ではなく、あえて、より手間のかかる版画へと進む。
 それは彼の父親が、かの誇り高いニュールンベルグの金細工職人だったこともあるだろう。
 なんたって、ワーグナーのオペラ「ニュールンベルグのマイスタージンガー」では、職人が、貴族の御曹司に対して、「貴族は馬鹿でもなれるが、職人は才能がないとなれない」と豪語する世界なのである。そして、事実、ニュールンベルグでは、職人の親方(マイスター)は同時に名歌手だった。まあ、デューラー自身が歌ったかどうかは定かではないけれど、少なくとも父親はマイスタージンガーでもあった可能性は高い。
 その誇り高いマイスタージンガーの系譜にいる天才画家少年アルブレヒト・デューラーは、金細工や彫刻の技術も身につけ、版画家となる。
 その背景には、彼の後見人のコーベルガーが、金細工職人から出版者に転職し、成功を収めた人物だったこともあるだろう。

 しかし、並んでいる大量の作品を見ていて、私は別の感動に襲われた。
 「宗教画」という観念にまどわされてはならない。
 これは、複製芸術という、この当時の最先端を走っていたものだったのだ、という感銘だ。

 一点しか存在しないがゆえに、王侯貴族や富裕階級でもなければ、その鑑賞すらなしえない絵画でも彫刻ではなく、大量に安価に複製でき、それゆえに中産階級や庶民の目に届くという、おそるべき革命。
 同じく同時期のドイツはグーテンベルグによる活版印刷が、文書の世界に革命を起こしている。筆写ゆえに限定した読者しか獲得し得ず、それゆえに、それを読むことができること自体が特権であった「書物」が、解放されたのだ。
 デューラーが生きたのは、まさに、その時代である。そして、そのグーテンベルグが活版印刷でなしえた偉業も、聖書の印刷だった。

 デューラーの版画とは、この時代と呼応した結果なのだ。
 そして、天才であったがゆえに、デューラーは、自分の作品の「大量複製」という最先端を走ったのだ。

 関連展示として、国立西洋美術館から徒歩圏内の、東京芸術大学美術館の「黙示録ーデューラー/ルドン」も見応えのある内容だった。

 どちらも、日本での知名度が低いゆえに、入場料が安いし、たぶんそれほど混んでいないだろう。この秋の一押しである。

 それから、もうひとつ。
 六本木のサントリー美術館での「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展

 浮世絵や戯作の文化が花開いた18世紀後半の江戸を、それらの文化の仕掛け人・当時の流行の発信人としての出版人・蔦屋重三郎にスポットを当てた、ちょっと面白い切り口だ。

 偶然とはいえ、どちらも、「出版黎明期」の最先端を行った人たちを取り上げた企画であるということが、何とも象徴的だ。
 2010年の日本、その「紙」の出版文化が、もはや疑いようもなく、デジタルという別のものに主役の座を奪われ、「紙と印刷」が可能にした大量複製・大量消費が、インターネットによる情報の伝播という、まったく次の次元のものへと移りつつあるその年の瀬に、このふたつの展覧会があるのは、主催者の意図か、それとも偶然か。

 そういう意味でも、あえて訪れる価値のある美術展である。

 最後に、そこまで考えた上で改めて読むと、これは尖閣ビデオ問題に関する、大変興味深い分析である以上に、本質的な問題提起であることに気づかされる。
 日経ビジネスOnline 「尖閣ビデオ流出、守秘義務違反は問題の本質ではない」 郷原信郎

 私たちは、ルネサンス以上の時代の大きな転換点にいるのに、そのことに気づいている人といない人、その落差の大きさが、社会と政治を引き裂いているのだ。

 その間にも、ネットの情報は世界を駆ける。日本のメディアが沈黙する検察の問題が、イタリアの大学で語られ、Twitterだけで連絡を取り合う人たちが、週末には各地で同時多発デモを起こす。
 私たちは、いま、そんな時代にいる。

 「時代は心を生み出している、その苦しみに耐えかねて死んでゆく。だから走っていかなくては、未来が落ちてしまうだろう(シルビオ・ロドリゲス)」

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