PANDORA REPORT 南極編・その18

 スターライトラウンジで、ワイングラスを揺らせながら、私は単刀直入にブルーノに問う。
「イケメン・マルコをどう見た?」
ブルーノの目がきらりと光る。「マルコだって?」

「マルコ・エンリケス=オミナミ」
「彼がどういう血筋の人間か知ってて訊いてるの?」
「もちろん」

チリでは、1973年の血のクーデターのあと、1989年まで軍事独裁経験が続いた。
そして、1989年の軍政存続を問う国民投票を経て、1990年の選挙で、中道右派のキリスト教民主党から社会党、共産党までが大同団結した「民主主義を求める政党連合」(コンセルタシオン)の統一候補が、悲願の民主化を達成して以来、20年間、コンセルタシオンの大統領が続いていた。
が、昨年、そのコンセルタシオンが分裂した。
マルコ・エンリケスという、無邪気な笑顔の一人の37歳のイケメン青年のために。

そのマルコは、ミゲル・エンリケスの忘れ形見だった。

ミゲル・エンリケスとは、元医師で、かつての武装闘争系左翼組織、いわゆる極左といわれる MIR(左翼革命運動)の伝説的なリーダーであり、軍事クーデターの後は、ピノチェト軍事政権に対して、武装闘争を試みた末、軍にアジトを急襲され、機関銃を手に蜂の巣にされて死んだ『伝説のテロリスト』である。
(パブロ・ミラネスの有名な曲「Yo pisare las calles nuevamente」を捧げられた人でもあります)

その幼い息子は、ジャーナリストだった母親の手で、軍事政権の目をかいくぐり、フランスに亡命して成長し、チリに戻ってきていたのだ。
1973年生まれだから、彼に父親の記憶はないはずだが、伝説的な父親が誰であり、なにをしたかを知らないはずはない。

日本なら、そういう経歴の人が立候補したところで泡沫にしかならないだろうが、それが大統領の有力候補として浮上するところが、南米、それもチリとしか言いようがない。

しかも、マルコは、インターネット世代だった。YOUTUBEやTwitterや携帯着メロなどを駆使して、あっという間に若い世代に大きな支持を獲得したのである。
そして、チリの中道~左派はまっぷたつに割れた。20年ぶりに。

その結果、20年振りの右派大統領が当選を決めてしまったのである。

ブルーノはため息をついた。「君はどう解釈してるんだ」
私は答える「マルコは策に溺れた、と見た」

「そう言えないこともない」ブルーノは言った。
「しかし、コンセルタシオン自体が、もはや限界だったのだよ」

確かに、コンセルタシオンの共通項は、ただ「反軍政」の一言だけだ。その一言だけを共通項に中道右派から共産党や社会党までが同じ船に乗っていた。
それも20年間もだ。

その矛盾が、すでに隠しきれないほころびとなっていたのだ、とブルーノは言った。
時間の問題だったのだよ。すでに若い世代は、クーデターはおろか、軍政自体を知らない。それなのに、唯一の目的が反軍政では。.....だから、マルコは、次の世代への橋渡しをした。

たしかに、この敗北によって、コンセルタシオン陣営の各党は、急速に世代交代が進むだろう。
そして、マルコは新党を結成する。
時代は動く。一歩後退したかのように見えつつ、脱皮に。

「これからチリをウォッチするのに、一番、まっとうな新聞は?」
私は訊ねる。
「それが問題だ」と、ブルーノは肩をすくめた。

「La Jornada や Milenioみたいな新聞はないの?」
どちらも、メキシコの根性のある新聞だ。

4年前の大統領選で、当時支持率70%の左派候補のロペス=オブラドールが、メキシコ検察の暴走によって微罪で告発され、逮捕~大統領立候補権剥奪になりそうになったとき、この二つの新聞は、徹底的に検察の欺瞞を叩き、ついには、大統領府と与党と検察との密約を暴いて、検事総長を解任に追い込んだ。どこかの国とはえらい違いだ。

「チリのメディアは、すべて富裕層に所有され、富裕層の代弁をしている。唯一の例外は政府系のNacionだが、そのNacionは....」
「右派の手に渡り、富裕層の代弁となる。チリの中道および左派は、これからじわじわとバッシングを受けるでしょう」
「そのとおりだ。我々は愚かだった。20年もあったのにね」
「ま、日本だって似たようなものだわ。それより悪いかも」

記者クラブがある限りね。
もっとも日本の場合は、ストレートに富裕層というより、霞ヶ関と検察というわけだけど。

「君には、いろんなものが見えているね」ブルーノが言った。
「いいえ、見えていないわ」私は答える。「ぜんぜんよ、迷ってばかり」



【追記】

このチリの新大統領に任命されてアルゼンチン大使として赴任したミゲル・オテロは、つい先日、同国で軍政賛美発言を行ったため、大ブーイングを受け、就任早々、召還されてます。先が思いやられますが、わかりやすくていいかもしれません。

テーマ : どうでもいい報告
ジャンル : 日記

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