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キューバでの想い出(その2)

 80年代。
 キューバの田舎は、なかなか楽しいところだった。なにより、首都では不足気味の野菜が豊富だった。
 ハバナから始まって、マタンサス、サンタ・エスピリトゥ、トリニダード、カマグエイ、オルギン、バヤモ、サンティアゴ。すべて、乗り合いバスの旅だ。
 どこでも、キューバの人たちは、最初のうちは、「バス停にいる外国人」をうさんくさげに見ていたが、すぐに誰かが話しかけてきて、うちとけ、いろいろ教えてくれた。

 古都トリニダードに着いて、安ホテルに向かうと、満室だと断られた。そこのフロントで教えてもらった別のホテルに行ったら、見るからに外国人向けホテルで高そうだ。これは、まずいよ。
trinidad1.jpg
 しょうがないので、もう一回安ホテルで交渉しようと道を戻っていくと、教会前の公園から、なんとも美しい歌声が流れてくる。
 わお。

 公園に入っていくと、ベンチで美少年がギターを弾きながら歌っていた。
 思わず前で聞き惚れていると、少年は「あなた、どこから来たの?」と問う。
「日本から。もっと歌ってくれる?」
「いいけど.......今夜はこの街に泊まるの?」
「.....それが、ホテルがいっぱいでね、いま泊まれるところを捜してるの」
「ああ、じゃあちょうどいい」
 意外なことを少年は言った。
「うちに泊まればいい。今晩『トローバの夜』があるんだ」
「なにそれ?」
「この街のトロバドールが集まって、みんなで歌を歌う集まりだよ」

 トロバドールというのは、19世紀末ぐらいからキューバで起こった叙情的な歌を歌う人たちだ。中世ヨーロッパの吟遊詩人(トロバトゥール)のキューバ版である。
 それって、ものすごい幸運じゃないか!

 そこでさっそく誘いに乗ることにして、バッグを担いで、少年の後ろについていった。

 と。

「お嬢さん、外国の人だね。どこに行くの?」と、すれ違ったおじさんが、見とがめたように声をかけてきた。
「『トローバの夜』に招待したんだ」と、少年。
「トロバドールの集会があるんですって」と、私。

 おじさんは、なんともいえない表情になった。
「お嬢さん、お泊まりのホテルはどこですか?」
「それが、ホテルがいっぱいで泊まるところがなくて」と、私。
「ぼくんちに泊まるんだ。どうせ『トローバの夜』だし」と、少年。

 おじさんは、さらになんともいえない顔をして眼鏡を拭くと、私にこう言った。
「あのですね。先に言っておきますが、私はおすすめしませんからね」
「失礼ですけど、あなたはどなた?」
「革命防衛委員会のものです」

 出たっ! 革命防衛委員会だってよ! やっぱ社会主義!

「つまり、この人の家に泊まるのは禁止っていうことですか」
 おじさんはまた困った顔をした。
「禁止、ではありません。あなたにはどこにでも泊まることができます。ただ、あまりおすすめできないと...」
「なぜですか?」
「だって、今夜は街中のトロバドールが集まるんですよ」
「それのどこがいけないんですか?」
「いや、いけなくはないが....」

と、少年が私の手を引っぱった。「さ、放っといて。さ、行こう」

 おじさんを残して、私たちは歩いていく。
「あのさ、外国人の私を家に泊めたりして、迷惑はかからないの?」
「いや、べつに。きっとみんな喜ぶよ」

 荷物を置いて一休みすると、もう日が暮れかけていた。
 すると、三々五々、人が集まってくる。白い人、黒い人。

「あたしは、ラ・プロフンダ」
 見るからにキャラの濃ゆそうなおばさんが、ドスの利いた声で自己紹介した。「この街イチの、トローバの歌い手さ」
 プロフンダというのは、深淵という意味だ。深遠なる女性。すごい渾名だ。

trinidad3.jpg 彼女は、ギターを取って、弾きはじめた。スペインの船にまつわる物語の歌。たぶん古い歌だ。すぐに少年が3度並行でハーモニーをつけた。美しい。なんて贅沢。
 続いて、別の、愛の歌。
 それから、みなが順番に弾き歌いの宴会が始まった。

 ........そして、朝の4時ごろ。
 私は外気と夜明けの光を浴びに、よろよろと外に出た。

「おお、大丈夫かね」
 なんとそこにいたのは、革命防衛委員会のおじさんである。

「え、ずっと外にいたんですか?」
「まさか。ただ、朝早く目が覚めたんで、気になってきてみたんだ........眠れなかっただろ」
「...........はい」
「気分は大丈夫か? 水飲む?」
「...........大丈夫です」

 おじさんは私を自分の家に案内した。そこから2ブロックほどのところだった。
 奥さんがにこにこしながら水を出してくれて、「ベッドがあるから、眠りたかったら、寝てもいいのよ」と言う。
 お言葉に甘えて、少し眠らせてもらい、目が覚めたら8時ぐらいだった。
 朝ご飯ができていた。

「外国の人が泊まるところがなくて、トロバドールの家に泊まるなんて言うから、私はあの人に怒ったの。うちに連れてくれば良かったのにって」
「だって、お前に無断で決めるわけにはいかないし、それにこの人が」
「いえいえ、私が自分で泊まりたいって言ったんです」

 その時点で、私は、なぜ、おじさんが「禁止ではないが、おすすめできない」と言ったのか理由がわかっていた。

 連中は、呑む。

 一曲弾き歌うとギターを回し、次の人が一曲歌う。これが延々と続く。そして、その間、延々とラム酒がふるまわれる。
 ラ・プロフンダの歌はすばらしく味があった。他の人たちの歌もそれぞれ良かった。さらに、ギターの弾き語りだけではなくて、パーカッショニストの人もいて、トゥンバドーラ(コンガ)の妙技を、曲芸もどきの技まで披露してくれ、私にリズムの取り方やクラベスの叩き方を指南してくれた。(だいぶあとでわかったが、この人は「伝説の名手」として有名な人だった)
 それはすばらしい体験だった。言葉にできないほどの贅沢だ。

 しかし、連中は呑む。trinidad2.jpg

 明け方、歌い疲れ、呑み疲れて、皆がひっくり返るまで。
 それが『トローバの夜』の正体だった。

「あいつら、ものすごい呑むやろ」
「すごかったっす」
「君、よく倒れなかったな。酒強いんやね」
「いや、かなりセーブしてごまかしてましたから」

 途中で、このままだと急性アルコール中毒になると思ったので、呑んでるふりしてごまかしてたのだ。
 つまり、おじさんは、朝の4時ぐらいに皆が酔いつぶれるだろうと踏んで、様子を見に来たってわけだ。

「トリニダードは、アル中ばっかりというわけではないから」
「いや、それはわかってます」

 おいしい朝ご飯のあと、おじさんはやはり近所に住んでいるという、街の地元史研究家のところに連れていってくれた。そこで美味しいコーヒーとやたらに甘いお菓子をいただきながら、トリニダードの街の歴史についての講義を受けた。革命防衛委員会のおじさんとしては、トリニダードがアル中だらけだというイメージを断固として外国人に持ってもらいたくなかったようだった。

 でも、おじさんごめん。
 いまでも私はトリニダードを想うとき、やっぱり思い出すのは、あの教会とトローバと強烈なラムなんだよね。
 みんな、どんだけタフなの〜!
 
※:この時代、外国人はどこでも民泊できたが、現在、法律が改正され、無認可ホテルの脱税を防ぐため、キューバ人の家に泊まるには、査証が必要になっている(一般観光客は、ビザ無し+ツーリストカードのみで入国できる)。
 一方で、ホテルや民宿の数は劇的に増えたため、泊まれないことはほぼなくなっている。

※その後も、私はあちこちで「トロバドールの宴会」に行く機会があったが、ほぼ例外なく、酒がつきものだった。
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