キューバと米国:国交回復協議の裏に

 キューバと米国の国交回復に向けての協議が正式発表された。
 寝耳に水、あまりに意外、と取る向きもあるだろうが、実のところは時間の問題だったと言っていい。

 昨夜の報道ステーションでは、「キューバが革命後社会主義国との傾斜を強めたため、米国が反革命攻撃を行い、対立が深まった」と解説していたが、事実はそうではない。革命後、カストロ兄弟やゲバラらが真っ先に挨拶に向かったのは他ならぬ米国である。もともと、キューバ革命政権には、米国と敵対する気はなかったのである。
 このキューバ革命政権側を冷遇したばかりか、訪米団の中に黒人がいるという理由でホテルまで追い出したという扱いをしたのは米国の方で、さらに、ついには、反革命派をまとめて、CIA主導でピッグス湾攻撃までが行われた。
 このような米国の仕打ちの中で、フィデル・カストロが、革命を護るために出したのが、社会主義宣言とソ連東欧圏への接近だったのである。

 その後、米国とキューバは犬猿の仲とされ、米国はキューバに過酷な経済制裁を科すだけではなく、米国民はキューバに行くだけで罰金や禁固刑などの制裁を科されることになっていたが、経済制裁はともかく、渡航制限の方はとっくに有名無実のものとなり、実質的にはすでに年間数千人の米国人が、文化交流や観光目的でキューバを訪れているというのが、ここ数年の現状だった。

 実際には、この「雪解け」はすでに90年代後半から始まっていた。

 ベルリンの壁が倒れ、東欧諸国とソ連邦が解体し、いわゆる冷戦構造が崩壊したとき、キューバは孤立し、『ペリオド・エスペシアル(特別な時代)』といわれる非常に厳しい時代が始まった。90年代初頭から95年ぐらいまでの間である。
 多くの人の目に、キューバももはやこれまでという印象があったのだろう。負けと決まった側につきたくないという意識からだろうか、日本のいわゆる左翼系の人々の間ですら、当時のキューバ政府を積極的に擁護する声はほとんどなかった。
(拙著『PANDORA REPORT』(文庫版『喝采がお待ちかね』)は、当時のそのような趨勢に徹底的に反発して、パソコン通信のNIFTY-Serve(現@NIFTY)のフォーラム上に書かれたものである)

 その孤立したキューバはしかし、大方の予想を裏切って崩壊することはなかった。むしろ、逆境を乗り越えて、無農薬有機栽培などのモデル国家となったことはご存じの方も多いだろう。
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 むろん、それだけで国家の危機を乗り切れたわけではない。ソ連東欧圏が消滅し、貿易相手国を失ったキューバに手を差し伸べたのは、最初は、スペインとフランスを中心とするヨーロッパ諸国だった。とりわけスペインは合弁会社を積極的に作り、キューバの観光事業に積極的に貢献した。フランスでも、キューバ音楽ブームが仕掛けられ、キューバへの観光が煽られた。コンパイ・セグンドを中心とした、映画とCD『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』の大ブレイクは、じつは、その流れの中にある。

「なんで、キューバ本国では誰も知らないような爺さんの、コードが3つしかないような無名の曲がキューバを代表することになるんだ」と、当時、キューバのミュージシャンたちはひどくむくれたものだったが、国際的にヒットするというのは、そういう「誰でも口ずさめるわかりやすさ」や「クサいお涙頂戴ドラマ」が必須だと見抜いたヴィム・ヴェンダーズの作戦勝ちだろう。

 すでにジャズのゴンサロ・ルバルカーバがモントルー・ジャズ・フェスティバルで脚光を浴びたことをきっかけに、東芝EMIがはじめて、キューバのアーティストと世界契約を結ぶなど、キューバのジャズの水準が日本でも話題になっていた数年後である。

 このブエナビスタの大ヒットもあって、ついに米国のサルサ界もキューバ人ミュージシャンの獲得に乗りだし始める。97年、ニューヨーク・サルサ界を牛耳るRMMがキューバの若手人気サルサ歌手イサーク・デルガードと契約したのをきっかけに、次々に米国の大手レコード会社がキューバ人ミュージシャンとの契約に踏み切り始めたのだ。
 つまり、90年代後半から、亡命しなくても「キューバのキューバ人」が堂々と米国の会社と契約できるという現実が生まれてきていた。
 一方で、私も、当時所属していたラテンジャズバンドHAVATAMPAとともに参加していたハバナ・ジャズ・フェスティバルにも、ハービー・ハンコックをはじめ、多くの米国やプエルトリコのミュージシャンが参加するようになっていた。
 2000年に入るころには、反キューバの本拠地であるはずのマイアミのショッピングセンターですら、キューバ音楽のCDが販売されているような、「なし崩し」的な状況になっていたのだ。この時期にも、キューバと米国の国交回復も間近と言われていた。

 一方、ラテンアメリカでも、ベネズエラのチャベス政権をはじめ、ボリビア、エクアドル、エルサルバドル、ニカラグアなどで次々に左派政権が生まれ、キューバはラテンアメリカでは孤立どころか、むしろ、こういった左派政権国家のブレーン的存在として、重要な地位を占めるようになった。とりわけ、石油産出国であるベネズエラとの「医師と石油のバーター取引」は、キューバのエネルギー危機を解決に導いた。キューバ政府が倒れる公算がない以上、アメリカ大陸で唯一、キューバと国交のない国は、米国だけになっていたのだ。

 とはいえ、2000年から2008年まで、共和党ブッシュ政権下で、ふたたび状況は逆行する。そのキューバの最有力支援国ベネズエラでのクーデター計画にブッシュ政権が加担していた疑いのため、米国・キューバ関係は悪化する。2006年のフィデル・カストロ健康悪化説が流れた際には、ブッシュは露骨なまでにキューバ政府転覆を呼びかけたほどである。
 しかし、なんといっても、「実勢」はすでに流れを止められなくなってきていた。

(このあたりの実情は、拙著「キューバ音楽」に詳しい)

 この時代ですら、米国人の「事実上のキューバ観光」は増加していた。西海岸の米国人はメキシコ経由、東海岸の米国人はジャマイカ経由で、「事情に通じた」旅行代理店で中継地までのチケットを買い、経由地で、現地提携代理店からキューバまでのチケットとホテルクーポンを受け取るという手口で、千人単位の観光客が口コミでキューバを訪れるのが常態化していたのだ。
(ジャマイカ航空は、ほとんどそのための、乗り継ぎのよい便を新設したほどである)
23通りとL通りの角にあり、新ハバナ市街のランドマークで、革命後に「ハバナ・リブレ・ホテル」と名前を変えた旧ヒルトンホテルに、米国人観光客が驚くほどぞろぞろいる日が、実際に再来していた。

 そのような状況の中でオバマが大統領になったわけだが、そもそも彼は、選挙前から対キューバ政策の変更を公約の一つに掲げていた。だからこそ、2008年のフィデル・カストロの引退宣言もその国交回復の布石の一つであったと私は見る。
 マイアミの強硬な反カストロ組織もなくなったわけではないが、実際には、革命直後に亡命した、もっとも強硬な旧富裕層世代はすでに55年を経て、ほぼ影響力を失った。その子孫たちは、むしろ、いまさら万一キューバ政府が転覆したとして、革命前の資産が自分たちに戻ってくるという非現実的な夢よりも、ビジネスを求めている者が目立つ。
 キューバ沖の油田開発には、米国のメジャー石油会社も興味を示していると言われているし、なにより、リゾート地としてのキューバの価値は高い。キューバと米国が正式に国交回復したら、米国からキューバへの渡航者は年間100万人を超えると推定されているほどだ。
 このビジネスチャンスを前に、旧態依然の反キューバを掲げる団体とビジネスを求める新世代の間に、軋轢も生まれてきていた。さらに、ここ数年、好景気に沸くブラジルからのキューバ投資が急増したことで、ビジネス派に(ブラジルに美味しいところをどんどん持っていかれる)危機感が増加していたことも圧力となっていっただろう。

 今回の国交回復、ローマ法王の尽力ということももちろんながら、米国・キューバの国交回復は、民主党政権下においては、時間の問題であったと考える所以である。そして、オバマとしても不人気のままでレイムダック化するよりも、いまいちど、歴史に名を残す機会を選んだといえる。
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