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PANDORA REPORT 南極~チリ震災編・その22

その間も船は進む。そして、チリの寄港地であるバルパライソに近づいていく。

問題は私にもかかわってきていた。私はバルパライソで下船することになっていたのだ。しかし、状況がまったくわからない。降りたところで、飛行機が飛ぶのかどうかもわからない。

「率直にいってやめた方が良い」とブルーノ。
「君だけではなく、チリ人以外の他の学生たちもだ。下手をすると足手まといだ」

普段は穏やかなブルーノが、厳しい顔だった。
「あたしは学生と違って、素人じゃないわよ」
「それはわかっている。たぶん、エルサルバドルやハイチなら、君がやることはいくらでもあるだろう。だが、地震に関しては、我々チリ人は経験豊富なんだ。救援のための人手が必要なわけではない」

「しかも、(学生のリーダー格の)マヌエルは、震源地のチジャンに向かう。私はチジャンを通過して、さらにその先の南に向かう.そこには何があるかわからない。最悪の場合、無法地帯になっている可能性もある」
「政府は戒厳令を敷いたと聞いたわ」
「そう、戒厳令だ」

ブルーノの目が異様に光った。
そうだ。戒厳令という言葉は、彼には別の意味を持っている。あの時代のあの記憶を呼び覚ますのだ。あの、追われた時代の記憶を。

何日か前、彼は言った。
「同じ場所で囚われていたビクトルが惨殺されて、なぜ、私が殺されなかったのか?........それは単なる運だよ」

「あの時代にインターネットがなかったことが、幸いだったと言うべきかな。ビクトルは有名な歌手だったから、末端の兵士にまで顔を知られていた。アジェンデの側近だった私の方が、本当は殺されても仕方がなかったのに」

もちろん、ビクトルは、自分の生徒でもあった側にいた青年の正体が、アジェンデのボディガードだったなどと口が裂けても言わなかっただろう。死の瞬間であっても。

そして、彼はそこから逃げのび、ピノチェト時代、国内で、反軍政運動にかかわった。
一カ所に定住することもなく、いつ殺されるかわからない時代を生き抜いた。

戒厳令という言葉は、彼にその時代を思い出させる。たとえ、軍隊があの時代の軍隊と同じではないとしても。
「同じではないって?」
彼は鼻で笑った。そうだ。軍の中枢は断罪されていない。ある意味では同じ『軍』だ。

その軍に制圧された戒厳令下のチリを再び彼は、サンティアゴから南まで単独で下る。

「だから、マヌエルも私も学生たちの世話はできない。君には世話は必要ないだろうが、飛行機は飛ばない可能性が高いし、サンティアゴは被災地ではないから、短期の復興ボランティアは必要はないだろう。チリは地震国だからね。いまのチリ人は子供の時から、災害救助の訓練を受けているんだ」
それに、軍事政権時代にヨーロッパに住んでいた亡命者が多いので、外国からの援助に関しての、通訳やコーディネーターなどの確保にも問題はないだろう。

まったく論理的な指示ですね、司令官殿。私は肩をすくめた。
「ま、とりあえず、様子見ですね。たぶん、私はこのままペルーまで乗っていくことになりそうだけど」

「そこで、ちょっと頼みがあるんだ」と、ブルーノ。
あなたの頼みなら、何なりと。

けれど、それは、あまりにも驚くべき依頼だった。(次回、クライマックス)

テーマ : どうでもいい報告
ジャンル : 日記

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人は、どのような局面において言葉をつむぐか。30人の執筆者が震災を語ったエッセイ集。澤地久枝、斎藤 環、池澤夏樹、渡辺えり、やなせたかしらと並んで八木も寄稿。
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