PANDORA REPORT 南極編・その7
で、一回目のレクチャーをやり、リハーサルに入ったあたりで、船はブエノスアイレスに到着した。
ブエノスアイレスは、南米というよりは、パリを意識した街である。少なくともアルゼンチン人は断固としてそう思っている。
港は、レティーロ鉄道駅のすぐ近くだったので、繁華街であるフロリダ通りや大統領宮殿(カサ・ロサーダ)まで徒歩圏内。
そんなわけで、とろとろ歩きながらフロリダ通りに出て、両替し散歩する。
私の知っている最初のフロリダ通りは、90年代の頭。華やかな流行の先端で、おしゃれな革製品がたくさんあった。当時のアルゼンチンは、ヨーロッパのブランドの皮革製品工場がいくつもあって、タグ部分を切り取ったおしゃれな革ジャンパーが格安で手にはいるところだった。
それから二度目は4年ほど前。当時の経済危機のあおりでか、フロリダ通りに活気がなく、置いてある商品も以前の華やかさがなかったものだった。
で、今度は三度目。経済はかなり回復している感じ。
とはいえ、別に買い物をするわけではなく、ぶらっと散策し、昼飯を食べる。
フロリダ通りは高い(笑)ので、ちょっと外れたあたりの地元民で賑わっている定食屋。
いわゆるお昼の定食みたいなのがいろいろあるのですが、せっかくアルゼンチンだからと、「ミニ・ステーキ・セット ワインまたはソフトドリンク付き 10ドル」というのをオーダー。もちろん飲み物はワインね。
ツッコミコメントがあるといけないので、あらかじめ書いておくと、ミニ・ステーキなんて言葉があるわけじゃないです。Bife(ステーキ)pequeño(小さい)と書いてあったのね。
すると、すぐになぜか、普通の朝食セットで出てくるぐらいのベーコンエッグが出てきた。
あの、頼んだのは、ミニ・ステーキセットなんですが。
すると、ウエイトレスのお姉ちゃんが、めんどくさそうにメニューを指さすので、良く見ると、小さい字で「フランドポテト、ベーコン、卵付」とあった。
....ベーコンエッグは、彼らの感覚では前菜であるらしい。
で、読者諸兄姉には想像がついたと思うが、ベーコンエッグのあとには、日本の感覚ではたっぷり一人前(250gぐらい)のステーキと山盛りのフライドポテトが来たのは言うまでもなかった。
むろん、ワインは、大きめのグラスになみなみと注がれていた。
.....君ら、早死にするのが怖くないんやろ???
ちなみに、この店には、サラダセットもあったが(隣の人が注文していた)、これは、生野菜のサラダでアルゼンチン人を満足させようという、ある意味怖ろしい代物であった。
洗面器みたいなサラダボールに野菜がてんこ盛りだったのである。あれを食べるときっと牛のような気持ちになれるに違いない。
で、このあと、少し散歩して、タンゴ博物館などで少し踊りを見物し、夕暮れ、私は地下鉄に乗った。
あの日本の地下鉄銀座線のモデルになったという、しかし、そのモデルになった時代から改装されていない、ある意味、世界でいちばんレトロなアルゼンチンの地下鉄A線である。
いまでも、こういうのが走っている。
ちなみに、地下鉄B線では昭和時代の地下鉄丸ノ内線の車輌がそのまま使われている。
ロリア駅で降り、住宅地を少し歩き、ドアベルを押す。
「ああ、待っていたよ」
白髪の人がにこやかに扉を開けて、これまた年代物のエレベーターに案内してくれた。
部屋のドアを入ると、ビクトル・ハラのでかい肖像写真と、ゲバラのでかい肖像写真が並んでいる。
.......懲りてない。(^_^)
かつてのアルゼンチン軍事政権下で自ら政治犯として投獄されていた音楽家ホルヘ・チャナルその人だった。
といっても、彼は、シンガーソングライター系ではなくて、コーラス系。素晴らしいコーラスグループを彼自身持っているだけではなく、コーラスのアレンジャーとしても活躍している。
実は、アルゼンチンのコーラスのレベルはすごく高い。
たとえばこんなの。
で、元政治囚の人たちの心のケアとしての、元政治囚コーラスグループなどの活動もしている人。
彼は「変わらない人たち」の一人なのである。
ブエノスアイレスは、南米というよりは、パリを意識した街である。少なくともアルゼンチン人は断固としてそう思っている。
港は、レティーロ鉄道駅のすぐ近くだったので、繁華街であるフロリダ通りや大統領宮殿(カサ・ロサーダ)まで徒歩圏内。
そんなわけで、とろとろ歩きながらフロリダ通りに出て、両替し散歩する。
私の知っている最初のフロリダ通りは、90年代の頭。華やかな流行の先端で、おしゃれな革製品がたくさんあった。当時のアルゼンチンは、ヨーロッパのブランドの皮革製品工場がいくつもあって、タグ部分を切り取ったおしゃれな革ジャンパーが格安で手にはいるところだった。
それから二度目は4年ほど前。当時の経済危機のあおりでか、フロリダ通りに活気がなく、置いてある商品も以前の華やかさがなかったものだった。
で、今度は三度目。経済はかなり回復している感じ。
とはいえ、別に買い物をするわけではなく、ぶらっと散策し、昼飯を食べる。
フロリダ通りは高い(笑)ので、ちょっと外れたあたりの地元民で賑わっている定食屋。
いわゆるお昼の定食みたいなのがいろいろあるのですが、せっかくアルゼンチンだからと、「ミニ・ステーキ・セット ワインまたはソフトドリンク付き 10ドル」というのをオーダー。もちろん飲み物はワインね。
ツッコミコメントがあるといけないので、あらかじめ書いておくと、ミニ・ステーキなんて言葉があるわけじゃないです。Bife(ステーキ)pequeño(小さい)と書いてあったのね。
すると、すぐになぜか、普通の朝食セットで出てくるぐらいのベーコンエッグが出てきた。
あの、頼んだのは、ミニ・ステーキセットなんですが。
すると、ウエイトレスのお姉ちゃんが、めんどくさそうにメニューを指さすので、良く見ると、小さい字で「フランドポテト、ベーコン、卵付」とあった。
....ベーコンエッグは、彼らの感覚では前菜であるらしい。
で、読者諸兄姉には想像がついたと思うが、ベーコンエッグのあとには、日本の感覚ではたっぷり一人前(250gぐらい)のステーキと山盛りのフライドポテトが来たのは言うまでもなかった。
むろん、ワインは、大きめのグラスになみなみと注がれていた。
.....君ら、早死にするのが怖くないんやろ???
ちなみに、この店には、サラダセットもあったが(隣の人が注文していた)、これは、生野菜のサラダでアルゼンチン人を満足させようという、ある意味怖ろしい代物であった。
洗面器みたいなサラダボールに野菜がてんこ盛りだったのである。あれを食べるときっと牛のような気持ちになれるに違いない。
で、このあと、少し散歩して、タンゴ博物館などで少し踊りを見物し、夕暮れ、私は地下鉄に乗った。
あの日本の地下鉄銀座線のモデルになったという、しかし、そのモデルになった時代から改装されていない、ある意味、世界でいちばんレトロなアルゼンチンの地下鉄A線である。
いまでも、こういうのが走っている。
ちなみに、地下鉄B線では昭和時代の地下鉄丸ノ内線の車輌がそのまま使われている。
ロリア駅で降り、住宅地を少し歩き、ドアベルを押す。
「ああ、待っていたよ」
白髪の人がにこやかに扉を開けて、これまた年代物のエレベーターに案内してくれた。
部屋のドアを入ると、ビクトル・ハラのでかい肖像写真と、ゲバラのでかい肖像写真が並んでいる。
.......懲りてない。(^_^)
かつてのアルゼンチン軍事政権下で自ら政治犯として投獄されていた音楽家ホルヘ・チャナルその人だった。
といっても、彼は、シンガーソングライター系ではなくて、コーラス系。素晴らしいコーラスグループを彼自身持っているだけではなく、コーラスのアレンジャーとしても活躍している。
実は、アルゼンチンのコーラスのレベルはすごく高い。
たとえばこんなの。
で、元政治囚の人たちの心のケアとしての、元政治囚コーラスグループなどの活動もしている人。
彼は「変わらない人たち」の一人なのである。