呪いのビデオ
マイミクPanchoさんのレポートが面白すぎる件について。
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http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1163818947&owner_id=1263706
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http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1167478314&owner_id=1263706
MIXIの会員でないと読めないのが難なのですが。
で、ここで、触発されて、昔話。
ちょうど、いまから15年前、1994年。
まだYOUTUBEもニコニコ動画もなかった時代のことである。
メキシコにいた私のもとに、友人Cが駆け込んできた。
Cはセミプロのカメラマンで、アングラっぽいアート系写真を撮っては、カフェなどで写真展をやったりする一方、仲間とチアパスのインディヘナの村に長期滞在して、先住民の子供たちの写真を撮ったりしている。
「チアパスのインディヘナの村に長期滞在して、先住民の子供たちの写真を撮る」とだけ書くと簡単だが、実際には、彼らは写真を非常に嫌う人たちなので、写真を撮らせてもらえるほどの信頼を得るのは、一朝一夕のことではない。
そういう意味では、彼は足腰も座った男である。。
で、そのCが、青ざめていた。
「PANDORA、変なものを手に入れちゃったんだ」
「変なものって」
ビデオであった。当時なので、VHSのビデオである。
「まあ、見てくれ」
ビデオデッキに差し込み、巻き戻し、再生ボタンを押す。
アナログ独特の画面の揺れがあり、ハンディカムで映したらしい田舎町の映像が写り......
「な、なにこれっ!」
ややぼやけた映像には、しかしはっきり映っていた。
植民地風の建物のバルコニーにいる数人の男の姿。そのうちの一人が喋っている。
それから、画面は地表に。そこにはたくさんの男たち。
.......その全員が、覆面をしていた。
この少し前、世界に大ニュースとして配信された
「メキシコ・チアパス州先住民ゲリラ蜂起当日のリアルタイム映像」
そ・の・も・の・ではないか。
「それが、当時、仲間の一人が....」
交代でチアパスの先住民撮影をやっていたグループの一人が、たまたま、あの場にいたというのだ。そして、ハンディカムを持っていた。
「よくこんなもの持ち出せたわね。すぐにサンクリは政府軍に制圧されたでしょ」
「そいつもやばいと思って、ハンディカム本体はサンクリの知り合いに預けて、テープを別途すぐ隠したんだ」
ちなみに、まさにこの日、やはり「たまたま」サンクリストバルにいた国際的に有名な報道写真家アントニオ・トゥロックが写真を撮りまくって、速攻で、全世界の通信社に連絡を入れまくり、「タイムス」から「シュピーゲル」まで、世界の新聞雑誌のトップ写真を配信した。
これはまさに、プロの技で、メキシコ政府もどうすることもできなかった。
さらに、この日、どうやら「たまたま」サンクリストバルにいたらしいイタリアの左派新聞「ウニタ」の記者が、蜂起を起こした副司令官マルコスにインタビューを行い、これが1月4日付で、これまた世界に配信されている。
で、この二つの、じつに見事に最高のプロが関わった「たまたま」は、実はぜんぜん「たまたま」でもなんでもなかったのではないかと睨んでいたPANDORAなのだったが、このビデオは「本物のたまたま」らしい。
そして、この先住民蜂起に関して、写真とインタビューはあるが、映像は存在していないはずだった。
「それで、これ、どうするの」
「......それで困っている」
困るよな。ここで出したら、ゲリラの関係者だと思われるよね。
関係者だと思われるだけなら、まだ良い。
メキシコという国は、ときどき政治がらみで「事故」とか「変死」が起こる国なんである。
特に、相手が有名人じゃなくて「元学生運動関係者」とか「市民運動関係者」だったりすると。
そして、彼らのグループは、あくまで数人の仲間が共同でカフェでの展示をやったりしている程度のアマチュア~セミプロ集団であり、バックに大きな財団や団体や企業がついているわけではないし、頼れそうな政治家もいない。まあ、ついていたらついていたで、揉み消される可能性もあるんだけど。
「でも、これはオクラ入りにするべき内容じゃないと思うんだ。どうするべきだと思う?」
「私にそう言われてもなあ..」
メキシコのテレビ局の大半は政府迎合の御用放送だ。
ひとつふたつ、ややまともな局はあるが、そこに持ち込んだところで、放映してくれるとは限らないし、まずいのは持ち込んだ時点で、こちらの素性が知られる。
そして、あとで彼らが、ビデオの出所について絶対に秘密を守ってくれるとは断言できない。
政府側としたら、このゲリラを「外国に支援されたテロリスト」呼ばわりして、小さなニュースとして貶めたいのが見え見えなので、こんなものがテレビで大々的に放映されたり、市中に出回ってはイヤだろう。
「そうだ。コピーを作るのよ、できるだけたくさん」
「すでに2,3本のコピーはあるよ。念のために」
「そうじゃなくて、もっとたくさんのコピーよ。たくさんあればあるほど、出回れば出回るほど、どこが出所かわからなくなる」
「そんなことをしたって限界あるよ。いくらコピーを配布したところで、しょせんは仲間内だから、辿れば簡単に僕らのことはわかる」
しかし、偶然が味方をしてくれていた。ここで、私にはあるアイデアが閃いた。
「大丈夫よ。明後日までに、ビデオ30本コピーできる? 3日後には世界にばらまいてあげる」
彼は目を剥いた。「それって....家庭用のデッキでコピー必死でやったらできなくはないけど....でも、テープ代とか、どうなるの」
「うーん、一本50ドルで30本売るってのは? 経費を差し引いた収益は、先住民の福祉のために寄付するとか」
「50ドルって........そんな方法があるの? 身元がばれるのはまずいよ」
ばれたら、私が一番困るよ。トラブって滞在ビザが出なくなったら、家や仕事はどうなるんだ。
しかし、「こういうビデオ」の内容は、できるだけ早く、多くの人に見てもらわなくてはならない。いや、必ずしも多くの人でなくても、オリジナルを特定されないためには「不特定多数の人に持っていてもらわなくてはならない」。
まさに、呪いのビデオ。
そして、私はたまたま、その日の昼に立ち寄った知り合いのオフィスで、翌日からジャーナリストのためのフォーラムがメキシコシティで開催されて、まさにいま、この瞬間、世界中から新聞関係者が集まってきていることを知っていた。
そして、私が、その日、「たまたま」知り合いのオフィスで会ったのが.....
「もしもし? Rさん? 私、今日お会いしたPANDORAだけど、覚えてる?」
「もちろんですとも、なにか御用?」
「あのね、ちょっと至急、お伺いしたいことがあるので、お差し支えなければ、ご夕食かそのあとの一杯いかが?」
女性から食事を誘われて断るラテン系の男はいない。たとえゲイであっても、だ。
翌々日朝、家庭用ビデオデッキで徹夜でコピーした30本を持ってきたCくんは、いきなり1500ドル入りの封筒を渡されて仰天した。
「どうしたの、この金?」
「先払いよ」
「誰に売ったの?」
私は笑った。「30人の、世界中の新聞記者」
「詐欺じゃないでしょうね」
もちろん、相手のアメリカ人はそう言った。
「詐欺じゃないというのは、私が証拠。だってあなたは私も共通の知人も知っているし、私が1500ドルぽっちで信用を失うようなことをすると思う?」
「詐欺ではなくても、クオリティが低すぎる内容かもしれない」
「その場合でも、外国人のあなたなら、50ドルは『領収書なしの資料費』としてはぜんぜん問題ない額でしょ」
「つまり私に」
「そ。お友達の新聞記者で、『チアパス蜂起事件の蜂起の瞬間が映っているらしいビデオ』を、領収書なしで買いたがる人を30人まとめてもらいたいの、イヤなら断ってくださってけっこうよ」
その翌日、もちろん電話はかかってきた。外国人記者たちの口コミだけで30本は間違いなくはける。もちろん、誰一人、出所を口外するわけないよ。
他社の記者から囁かれた、なんてことはね。
もちろん、いくら蜂起当日のビデオといっても、鮮度の点では、すでに特ダネとは言えない。でも、記者にとって「自分だけが資料を持っていない」なんて、ありえないんだ。
「でも、なんでアメリカ人の記者の話に、世界中の記者が乗ったんだろう。その人、そんなに有名な記者なの?」と、Cくん。
「そうでもないけど、彼の話なら、みんな信じるのよ」
R氏は、ロサンゼルスのスペイン語新聞の記者だった。
アメリカ西海岸のヒスパニックに最大の影響力を持つ新聞の記者なら、「チアパス蜂起に関しても、なにかそっち系の独自のネットワーク」を持っていたって、誰も不思議には思わないし、西海岸のヒスパニックの勢力を少しでも知っているなら、彼がビデオを入手した背景を簡単に調べられるとは考えないだろう。
そして、心配しなくても、30本のビデオはあっというまに世界に散らばり、さらにコピーを重ねられ、3ヶ月もたてば、珍しいビデオではなくなり、そうなれば、テレビだって放映を始めるだろう。情報は広がって、出所は不明。
こうして呪いは成就した。メキシコ先住民の呪いが。
YOUTUBEが存在しなかった時代、の話である。
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で、ここで、触発されて、昔話。
ちょうど、いまから15年前、1994年。
まだYOUTUBEもニコニコ動画もなかった時代のことである。
メキシコにいた私のもとに、友人Cが駆け込んできた。
Cはセミプロのカメラマンで、アングラっぽいアート系写真を撮っては、カフェなどで写真展をやったりする一方、仲間とチアパスのインディヘナの村に長期滞在して、先住民の子供たちの写真を撮ったりしている。
「チアパスのインディヘナの村に長期滞在して、先住民の子供たちの写真を撮る」とだけ書くと簡単だが、実際には、彼らは写真を非常に嫌う人たちなので、写真を撮らせてもらえるほどの信頼を得るのは、一朝一夕のことではない。
そういう意味では、彼は足腰も座った男である。。
で、そのCが、青ざめていた。
「PANDORA、変なものを手に入れちゃったんだ」
「変なものって」
ビデオであった。当時なので、VHSのビデオである。
「まあ、見てくれ」
ビデオデッキに差し込み、巻き戻し、再生ボタンを押す。
アナログ独特の画面の揺れがあり、ハンディカムで映したらしい田舎町の映像が写り......
「な、なにこれっ!」
ややぼやけた映像には、しかしはっきり映っていた。
植民地風の建物のバルコニーにいる数人の男の姿。そのうちの一人が喋っている。
それから、画面は地表に。そこにはたくさんの男たち。
.......その全員が、覆面をしていた。
この少し前、世界に大ニュースとして配信された
「メキシコ・チアパス州先住民ゲリラ蜂起当日のリアルタイム映像」
そ・の・も・の・ではないか。
「それが、当時、仲間の一人が....」
交代でチアパスの先住民撮影をやっていたグループの一人が、たまたま、あの場にいたというのだ。そして、ハンディカムを持っていた。
「よくこんなもの持ち出せたわね。すぐにサンクリは政府軍に制圧されたでしょ」
「そいつもやばいと思って、ハンディカム本体はサンクリの知り合いに預けて、テープを別途すぐ隠したんだ」
ちなみに、まさにこの日、やはり「たまたま」サンクリストバルにいた国際的に有名な報道写真家アントニオ・トゥロックが写真を撮りまくって、速攻で、全世界の通信社に連絡を入れまくり、「タイムス」から「シュピーゲル」まで、世界の新聞雑誌のトップ写真を配信した。
これはまさに、プロの技で、メキシコ政府もどうすることもできなかった。
さらに、この日、どうやら「たまたま」サンクリストバルにいたらしいイタリアの左派新聞「ウニタ」の記者が、蜂起を起こした副司令官マルコスにインタビューを行い、これが1月4日付で、これまた世界に配信されている。
で、この二つの、じつに見事に最高のプロが関わった「たまたま」は、実はぜんぜん「たまたま」でもなんでもなかったのではないかと睨んでいたPANDORAなのだったが、このビデオは「本物のたまたま」らしい。
そして、この先住民蜂起に関して、写真とインタビューはあるが、映像は存在していないはずだった。
「それで、これ、どうするの」
「......それで困っている」
困るよな。ここで出したら、ゲリラの関係者だと思われるよね。
関係者だと思われるだけなら、まだ良い。
メキシコという国は、ときどき政治がらみで「事故」とか「変死」が起こる国なんである。
特に、相手が有名人じゃなくて「元学生運動関係者」とか「市民運動関係者」だったりすると。
そして、彼らのグループは、あくまで数人の仲間が共同でカフェでの展示をやったりしている程度のアマチュア~セミプロ集団であり、バックに大きな財団や団体や企業がついているわけではないし、頼れそうな政治家もいない。まあ、ついていたらついていたで、揉み消される可能性もあるんだけど。
「でも、これはオクラ入りにするべき内容じゃないと思うんだ。どうするべきだと思う?」
「私にそう言われてもなあ..」
メキシコのテレビ局の大半は政府迎合の御用放送だ。
ひとつふたつ、ややまともな局はあるが、そこに持ち込んだところで、放映してくれるとは限らないし、まずいのは持ち込んだ時点で、こちらの素性が知られる。
そして、あとで彼らが、ビデオの出所について絶対に秘密を守ってくれるとは断言できない。
政府側としたら、このゲリラを「外国に支援されたテロリスト」呼ばわりして、小さなニュースとして貶めたいのが見え見えなので、こんなものがテレビで大々的に放映されたり、市中に出回ってはイヤだろう。
「そうだ。コピーを作るのよ、できるだけたくさん」
「すでに2,3本のコピーはあるよ。念のために」
「そうじゃなくて、もっとたくさんのコピーよ。たくさんあればあるほど、出回れば出回るほど、どこが出所かわからなくなる」
「そんなことをしたって限界あるよ。いくらコピーを配布したところで、しょせんは仲間内だから、辿れば簡単に僕らのことはわかる」
しかし、偶然が味方をしてくれていた。ここで、私にはあるアイデアが閃いた。
「大丈夫よ。明後日までに、ビデオ30本コピーできる? 3日後には世界にばらまいてあげる」
彼は目を剥いた。「それって....家庭用のデッキでコピー必死でやったらできなくはないけど....でも、テープ代とか、どうなるの」
「うーん、一本50ドルで30本売るってのは? 経費を差し引いた収益は、先住民の福祉のために寄付するとか」
「50ドルって........そんな方法があるの? 身元がばれるのはまずいよ」
ばれたら、私が一番困るよ。トラブって滞在ビザが出なくなったら、家や仕事はどうなるんだ。
しかし、「こういうビデオ」の内容は、できるだけ早く、多くの人に見てもらわなくてはならない。いや、必ずしも多くの人でなくても、オリジナルを特定されないためには「不特定多数の人に持っていてもらわなくてはならない」。
まさに、呪いのビデオ。
そして、私はたまたま、その日の昼に立ち寄った知り合いのオフィスで、翌日からジャーナリストのためのフォーラムがメキシコシティで開催されて、まさにいま、この瞬間、世界中から新聞関係者が集まってきていることを知っていた。
そして、私が、その日、「たまたま」知り合いのオフィスで会ったのが.....
「もしもし? Rさん? 私、今日お会いしたPANDORAだけど、覚えてる?」
「もちろんですとも、なにか御用?」
「あのね、ちょっと至急、お伺いしたいことがあるので、お差し支えなければ、ご夕食かそのあとの一杯いかが?」
女性から食事を誘われて断るラテン系の男はいない。たとえゲイであっても、だ。
翌々日朝、家庭用ビデオデッキで徹夜でコピーした30本を持ってきたCくんは、いきなり1500ドル入りの封筒を渡されて仰天した。
「どうしたの、この金?」
「先払いよ」
「誰に売ったの?」
私は笑った。「30人の、世界中の新聞記者」
「詐欺じゃないでしょうね」
もちろん、相手のアメリカ人はそう言った。
「詐欺じゃないというのは、私が証拠。だってあなたは私も共通の知人も知っているし、私が1500ドルぽっちで信用を失うようなことをすると思う?」
「詐欺ではなくても、クオリティが低すぎる内容かもしれない」
「その場合でも、外国人のあなたなら、50ドルは『領収書なしの資料費』としてはぜんぜん問題ない額でしょ」
「つまり私に」
「そ。お友達の新聞記者で、『チアパス蜂起事件の蜂起の瞬間が映っているらしいビデオ』を、領収書なしで買いたがる人を30人まとめてもらいたいの、イヤなら断ってくださってけっこうよ」
その翌日、もちろん電話はかかってきた。外国人記者たちの口コミだけで30本は間違いなくはける。もちろん、誰一人、出所を口外するわけないよ。
他社の記者から囁かれた、なんてことはね。
もちろん、いくら蜂起当日のビデオといっても、鮮度の点では、すでに特ダネとは言えない。でも、記者にとって「自分だけが資料を持っていない」なんて、ありえないんだ。
「でも、なんでアメリカ人の記者の話に、世界中の記者が乗ったんだろう。その人、そんなに有名な記者なの?」と、Cくん。
「そうでもないけど、彼の話なら、みんな信じるのよ」
R氏は、ロサンゼルスのスペイン語新聞の記者だった。
アメリカ西海岸のヒスパニックに最大の影響力を持つ新聞の記者なら、「チアパス蜂起に関しても、なにかそっち系の独自のネットワーク」を持っていたって、誰も不思議には思わないし、西海岸のヒスパニックの勢力を少しでも知っているなら、彼がビデオを入手した背景を簡単に調べられるとは考えないだろう。
そして、心配しなくても、30本のビデオはあっというまに世界に散らばり、さらにコピーを重ねられ、3ヶ月もたてば、珍しいビデオではなくなり、そうなれば、テレビだって放映を始めるだろう。情報は広がって、出所は不明。
こうして呪いは成就した。メキシコ先住民の呪いが。
YOUTUBEが存在しなかった時代、の話である。