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感染症と利権〜あのとき、本当は何が起こっていたか

さて、今年の新型コロナにからめて、2009年のメキシコ豚インフルについて言及されることがあるので、あの件について、私の知っていることを少しまとめておこうと思います。

まず、あのパンデミック騒ぎは、2009年4月メキシコで謎の強毒性インフルエンザが発生し、バタバタ人が死んでいるというニュースから始まりました。豚由来であるということから、このメキシコ発と思われるA型H1N1亜型インフルエンザは豚インフルと呼ばれるようになったわけです。
現在では、感染症に地名を付けて呼ぶことは禁止されていますが、このときはまだそうでなかったことは追記しておきますね。

このとき、とりわけ若者の感染死亡率が非常に高いと報道され、政府が緊急事態宣言を出したことで、世界中で「恐怖の」感染症に対しての軽いパニックが起こりました。
日本でも空港検疫を行う「水際作戦」が実施されたのを覚えている人もいるでしょう。そうです。今回のCovid-19と同じです。

ただ、この水際作戦は、ほぼなんの意味もなかったことも、当時、やはり厚労省は(おそらく国内感染者数をわからなくするために)できるだけPCR検査を行わない方針を出したことも、当時からまっとうな医療関係者の間では批判が出ていました。

その実態は、この2009年5月のお医者さんのブログ記事でよくわかります。

韓国からの帰国者発熱相談の電話、早朝あり、ソウルの国際空港での感染地域からのトランジット客接触否定できないため、“発熱相談センターに連絡・相談の上、受診します”と答えた。その患者が来院したが、”インフルエンザA”の判定となった。
で、保健所に相談したところ、”当県では、感染流行地域・国からであっても、ウィルス検査はしません”という県の方針ということ、電話の上、確認した。国からの達しはまだ無いはずなのに、“通常型の季節型”と全て見なしてしまう方針のようだ。 国・県の隠蔽方針を身をもって実感してしまった。
https://intmed.exblog.jp/8304037/

と書いてあります。ほらね、すごいでしょ。(ちなみに、この時代はツイッターではなくて、2ちゃんねる全盛期でした。懐かしいですね)

そのあたりのバカバカしさは、医師であり作家の海堂尊氏のこの豚インフル事件をモチーフにした「ナニワ・モンスター」でも描かれています。(今回の新型コロナがらみで、この本を「現在を予言した本」として取り上げているむきがありますが、別に海堂氏が超能力者で現代を予言したのではなく (たぶん)、厚労省は2009年に犯した同じ過ちを、性懲りもなく繰り返しているに過ぎないわけ)

さらに言うと、2009年5月1日に首都圏で初の高校生の感染が出たということで、当時の舛添大臣が緊急記者会見を行った直後に、それは誤判定でシロだったという発表があり、舛添大臣がフライングをやったとして謝罪に追い込まれる事件がありましたが、このときの国立成育医療センターの斎藤昭彦感染症科医長の談話が、「簡易検査の診断精度は約8割だったので、最初の判定が誤っていた」ということでした。

現在のCovid-19で、PCR検査の感度が8割にすぎないだとか誤判定が多いとかいう初期の「検査スンナ派」の主張はどうもここから来ているふしがあります。で、これに関しては10年経ったら技術の進歩があるってことを想定してないのもどうかと思いますが、ただ、この時点ですら、私の知り合いの関係者の複数の方から、「横浜衛研の技術水準から考えて、この時点でRT-PCRの結果はちゃんと出ていて、それがストレートにクロだったから病院に収容し、大臣が記者会見を設定したはず。そのあと、水際作戦が大失敗だったことを認めたくない厚労省からクレームが来て、感染研の検査ではシロと出たと主張し、無理に撤回させられたのではないか」という疑惑が表明されていたことは付記しておきます。

さらにばらしちゃいますと、このとき、この豚インフルの遺伝子データ自体、米国CDCから送られてきたものを、全国の研究機関に回してみんなで総力を上げて研究したらよいものを、なぜか、感染研が抱え込んでしまって出さないので、大学などの研究機関の人たちがイライラしていましたよ。結果的に豚インフルは「大したことない、ただのインフル」レベルだったから良かったようなものの、こういう事態なのに縄張りに固執するのかぁ的な、かなりアレな危機対応だったのは確かです。

(なんであたくしがこういう事を知っているかといいますと、思い余った研究者の方々から、メキシコと強いコネクションがあるあたくしのところに、いろいろ問い合わせがあったからです)

結果からいうと、メキシコ豚インフルは、当初、世界を震撼させましたが、今の新型コロナのようなことになりませんでした。
その理由は簡単で、危惧されたような強毒性ではまったくなかったからです。もちろん死者が出たのは事実ですが、例年のインフルエンザと大して変わらないものだったわけですね。

(ちなみに、感染症としては、その前のSARS(SARS-CoV-1)のほうが致命率は遥かに高かったのですが、早い時期に封じ込めに成功したため、局所的な流行にとどまり、こちらも大事には至らなかったのは皆さん御存知の通り)

で、現在の新型コロナに対して、各国の対処が後手後手に回ったのは、このときの「大山鳴動ネズミ一匹」感が強かったことと、実は無関係ではありません。
新型ウイルスによるパンデミックをリアリティを持って描いた2011年のヒット映画『コンテイジョン』でも、そういう台詞があります。

では、なぜ、メキシコ豚インフルに関しては、その程度のものが、当時、一時とはいえ、あそこまで「世界を震撼させるニュース」となったのか。

その最大の理由は、メキシコで、「若い人が感染しやすく、しかもバタバタ死んでいる」と大々的に報道され、メキシコ政府が速攻で緊急事態宣言を出したところにあります。

ここで、「結果的にそこまでする必要はなかったけど、メキシコ政府は危機管理に熱心だったんだな」と思ったあなたは考えが甘いですよ。
当時のメキシコは、そういう状態ではなかったからです。

この少し前、2006年に、メキシコでは大波乱となった大統領選挙がありました。この話は、ちゃんと書くと長くなるので、ものすごく端折って説明しますね。

当時、人気絶頂の野党知事が大統領選に満を持して立候補表明したのですが、その支持率たるや首都圏でなんと80%。このまま大統領選挙となれば、政権交代になることは、ほぼ誰の目にも明らかな情勢でした。

そこで突然起こったのが、「メキシコ版陸山会事件」といえるような事件です。その候補ロペス=オブラドールに突然、収賄疑惑が持ち上がり、なぜか秘書が大金を受け取っているのを隠し撮りしたとされるビデオがテレビで公開され、大スキャンダルとなったのです。
(クリーンに見える候補ほど、この手のスキャンダルが出たときにダメージが大きいのは、前に書いたとおり

結局、そのビデオは捏造と判明し、「証人」として出てきた人物の証言も矛盾だらけで、とうてい信憑性がないことが明らかになったのですが、それでも、メキシコ検察は暴走し、今度は「書類の書き間違いミス」を理由に大統領候補を訴追しようとします。(うわー、デジャブ感すごいですね。ただし、陸山会事件は、このメキシコの一件の3年後です)

さすがに、政治家本人が知るわけないスタッフの書き間違いレベル(それも耳を疑うレベルのショボさ)で、百歩譲っても修正申告すれば終わりじゃん、みたいなネタをたてに、現役政治家、それも最有力大統領候補を逮捕しようとする動きには、メキシコ中のまともな人が、民主主義を踏みにじるものとして声を上げたわけです。

そして、その挙げ句、ある新聞のスクープで、この野党候補をなんとかして嵌めようとした密談の録音記録がリークされるに至って、100万人のデモ隊が大統領宮殿を取り囲む騒ぎとなり、さすがに検事総長が辞任し、検察は逮捕を取り下げるということで、この件は決着します。しかし、この騒動の間もその後も、野党候補は「疑惑がある」として、政府の息のかかった TVでバッシングされ続けていました。

で、その状態で、大統領選挙が行われたわけですが、なぜか、投票直前になって電子投票に切り替えられるなど、いろいろ、土壇場で「奇妙な」手続き変更がなされ、しかもなぜか「無効票」が1割近く出るなどという不思議なことがあったあげくに、1%に満たない微妙な差で、その野党候補は敗北します。

当然ながら、この大統領選は、多くの国民の不信を買いました。今回の米国大統領選挙とは全く別の意味でね。
ていうか、まともな人なら、明らかにおかしいやろと思うレベル。

あまりの世論の批判に、新大統領カルデロンは、メキシコ史上初めて、公開の場で大統領就任式典ができなかったほどでした。ほんとは、憲法広場に面した大統領宮殿の広いバルコニーでやるんですけどね、ブーイングの渦になるのが目に見えてたんで、非公開で、大統領宮殿の中でひっそりやったわけですよ。つまり、トランプや安倍みたいに、就任式の間ぐらい盛り上げてくれそうな アレな 熱狂的な支持者すらいなかったわけ。

ですから、就任後もメキシコシティにはデモの嵐が吹き荒れていました。その中心にいたのが、あの国の場合、若者世代だったわけです。メキシコの若者は、本をたくさん読みますし、政治を語るのは未来を担う自分たちの権利だと思っていますからね。

そのタイミングでの、豚インフル「突如襲来」だったわけです。
さすがに、若者がバタバタ罹患して死んでいるということになると、デモどころではないですよね。
コンサートやライブも中止、レストランも閉鎖(テイクアウトと配達のみ営業)。当然、反大統領デモ....とりわけ、史上最大規模の抗議集会となるはずだったメーデーのイベントも中止。

で、史上最低の支持率だった新大統領はというと、この危機に、あたかも 吉村大阪知事の 水を得た魚の如く、TV出ずっぱりで、さも「やったふり」感ある演説などの成果で、それなりに支持率も上がります。

が、それが、どうもおかしいんじゃないかということになったのは、それから数週間後。

日本でも、メキシコ産というだけでアボカドが店頭から消えたり、メキシコ料理店が閑散としたり、豚肉の売上が下がったりというすごい見当違いな影響まで与えた「きわめて危険な感染症」のわりに、その肝心のメキシコで、

「それはいいけど、知り合いで罹った人いる?」
「誰か具体的に死んだ人、知ってる?」
......って話になっちゃったんです。

で、実際に、私の友人が、ある依頼を受けて、インタビューをしようと病院関係者などに当たってみたら、驚くべき事実が。

「統計数字上では大発生しているはずの首都圏なのに、豚インフル患者を多数治療したり、死者を看取ったという病院自体が、聞いて回った限りではひとつもないし、紹介してもらおうにも、医療関係者すら知らない」という「はあ?」みたいなことになったと。

あまりのことに、最初は病院側の隠蔽も疑ったようですが、病院で働いていらっしゃる皆さんの雰囲気を見ていると、どうもそういう気配もない、というわけ。ていうか、一病院だけならともかく、公立私立を問わず複数の病院やクリニックが、口を揃えて隠蔽するってちょっと無理があるし。

となると、バタバタ死んでたはずの死者はどこに行ったのかという話ですよ。ゾンビになって蘇るわけないんだから。

そして、5月中旬になると、今度はメキシコの死者数統計がころころ変わり、その数字が無茶苦茶すぎて、もう誰も政府発表を信頼できないというレベルに。
検査方法が変わったからとか定義が変わったからと言われたって、死人の数がポロポロ変わる......それも、超過死亡を計上してどんどん増えるならわかるのですが......どんどん少ない方に変わるって、ありえないっす。

挙句の果てに、数日で数百人に及んでいたはずの死者が、実はたったの 7人でした、とか....(爆)
http://nobuyoyagi.blog16.fc2.com/blog-entry-358.html

で、このあたりになると、メキシコ(の政府発表)以外では、全世界的にも死者はあんまり出ていないということも統計的に明らかになって、豚インフルは存在はするけどぜんぜん大したことないというコンセンサスが、世界的なものとなったわけです。

その一方でですね、これが明らかになる前に、メキシコは国家危機だと大騒ぎしたことで、かなりの額の海外援助を獲得したわけですよ。世銀から、2億500万ドルの供与です。それ以外にも、世界各国から援助が届いてます。さらに、緊急事態宣言でメキシコの株価や為替は一時的に大幅落したわけですが、株や通貨レートが下がるのが予めわかっていたら.......もちろんボロ儲けできる人がいますよね。そういう疑惑も......

で、本来なら、その後、その疑惑が延々突っ込まれることになるはずだったのでしょうが、それと前後して、その問題のカルデロン大統領は「麻薬戦争」と称して、マフィアに喧嘩を売り、メキシコ全土を混乱に叩き込むという、超特大ガチャポンをやってくれたわけです。

やばくなると戦争を始めるというのは、トンデモな権力者の常套手段ですが、メキシコの場合、なんぼなんでも隣の米国に宣戦布告できないし、グァテマラじゃ戦争にならないし、ってところで、大義名分が立ちそうだったのが、麻薬ってことですね。これが実は、いまでもメキシコを蝕んでいる麻薬テロの元凶です。

それまでだって、メキシコに麻薬マフィアはいましたが、メキシコって単なる通り道だったんで、まあ、マフィアがそれで儲けるっていうことについての道義性や犯罪性はさておいて、実は一般のメキシコ人の生活にはあんまり関係なかったんですが、メキシコ政府が本腰でマフィアと戦争はじめたもんだから、国内の治安がぼろぼろになり、民間人が多数巻き添えになるという事態となったわけです。まあ、日本各地で、暴力団の死にものぐるいの本格的抗争が始まったというような状況を想定してもらえればと思います。しかも、そこに米国からじゃぶじゃぶ武器が流れ込むわけでしてね。
そうやって、それまでの、日本の女子大生でも一人旅で呑気に気軽に田舎を旅行できるようなメキシコは、もろくも消えてしまったわけです。

まあ、これと比べれば、国民の窮乏をよそに、アベノマスクやら持続化給付金といったコロナ対策まで利用してちゃっかりお友達利権を作る程度の安倍とか菅は、しょせん小悪党に過ぎないとはいえなくはないですが。

救いは、先に述べた2006年大統領選で、みんな納得のできない負け方をした大統領候補ロペス=オブラドールが、いま、政権の座にあるということですが、(一昨年、彼が大統領選で勝ったとき、たくさんの人たちが憲法広場に三々五々集まって、感動のあまり号泣していたのは、そういう理由です)、なんせ、10年に渡る麻薬戦争で、もう国内ボロボロだし、20年以上続いた新自由主義で、片っ端から民営化されてしまっているし、あげくにメキシコの収入源の石油も暴落でと、三重苦の中で苦戦しているようなのが気の毒です。
日本で(大阪で)政権交代が起こっても、さんざんボロボロにされ食い物にされ尽くしてしまったあとだと、後継者が立て直すといっても、そう容易なことではないという実例がここにありますので、皆さん、ずるずる騙され続けないように、腹をくくってくださいね。

新型コロナ感染拡大のもとで、あえておすすめ

  新型コロナが新たな感染爆発のステージに入ったようですね。
 最近になって、後遺症の問題も取り沙汰されるようになってきましたが、新型コロナは、軽症でも、後にきつい後遺症が出る可能性があるなんてのは、外国では4月から報告が上がっていたことで、私だって、5月の段階でプログに書いておりました。
 なにをいまさら、なんですが、それまで、そこのところは「目をつぶって知らないふり」をしてきたんですよね。メディアも、厚労省も。

 で....忘年会や帰省どころではなくなった皆様に、地味だけど、面白い書籍のご紹介です。
 そう。クリスマスケーキみたいな派手さはないんですが、スルメのように、噛んでるとじわじわ旨味がくるような。
 
 山岡淳一郎著 「ドキュメント感染症利権ー医療を蝕む闇の構造」
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 とにかく、現在に至る日本の医療の構造的な問題がよくわかる。
 読み始めてしばらくは、タイトルと内容が乖離しているような印象を持ちます。というのも「利権」という生々しくも腥いタイトルを名乗り、まさに旬の新型コロナ噺で始めておきながら、それは束の間、第一章のそれも23ページ目あたりから、舞台が明治に飛んでしまうからだ。
 で、この明治期のコレラやペストの防疫談がじっくり二章で語られ、さらに第三章で731部隊の暗史が語られます。さらにその次の章が、ハンセン病問題。
 それは、私達が断片的には知っているが、じつはよく知らなかったことを改めて思い知らさせる......つまり、積極的に語られてこなかった近代日本史の暗部の物語だ。それを筆者はよく調べ、調査し掘り起こし、低いが明快な声でじっくりと語る。
 なので興味深い。内容も濃いのではあるが、しかし、タイトルとの乖離を感じてしまったわけだ。
 今の日本の医療が、明治に端を発する霞が関の権力争いや学閥のゆえに、現場の医師たちの良心や覇気とは別のフレームで歪まされてきたことが、切なくもじわじわと迫ってくるものの、「でも、それ、利権と言ってしまうのはちょっと違うのでは?」と思ってしまったからだ。
 しかし、その不満は、最終の第5章で反転する。
 つまり、そこまでが長い前置きなのだ。明治以来の、戦中の、そして戦後の、日本の医療行政の上を覆ってきた「政治」と「官僚主義」の歴史を頭に入れてこそはっきり見える薬害エイズ事件。そして、それはそのまま、現在の新型コロナへの政府対応とも重なってくる。
 そして、エイズ問題あたりから世界を跋扈するワクチン開発利権という異形の怪物とのからみが生々しく理解できるという仕組みになっている。そのあたり、鮮やかである。
 地味ながら、読み応えがあり、ためになる一冊。

 そして、もう一冊。これまた一見地味だけど、ものすごく面白い本。

 市川寛著 「ナリ検 ある次席検事の挑戦」
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 はい。あの、ニコ生史上に残る爆弾発言の主、「検事失格」の市川寛氏です。それも小説です。
 ナリ検というのは、ヤメ検、すなわち、検事から弁護士に転身した法曹を指す、やや揶揄的な表現から持ってきているのは明らかで、本書では、弁護士から検察官に転身した次席検事を主人公として物語が描かれる。
 もっとも、弁護士が選挙で検事になる米国の制度とは違って、日本では、司法修習生からそのまま生え抜きの検事になるのがほぼ慣例なので(例外的に、検察事務官から副検事を経て検事になることもあるが)、弁護士から検事になった例というのはないはずだ。なので、そこはフィクションということ。
 で、この小説の何が面白いかというと、まさに「弁護士の心を持っている検事」が主役として、「検察の常識」と戦っていく話だからだ。
 傍から見れば、なんでそうなるの、という論理展開であっても、検察生え抜きでその世界しか知らない人には、それをおかしいとは思わない。「世間の常識」や「本来の法の趣旨」から明らかに乖離していることであっても、それが見えない。なぜなら、検察の価値観しか知らず、それに染められているからだ。そういう世界の中では、「普通の(まっとうな)価値観」を持っている方が「異常」ということになる。
 いったん起訴と決めたら、絶対に有罪にしなければならない。あとで事実誤認があったことに気づいても、あとで被告に有利な証拠や証言が出てきても、それは黙殺し、最初に決めたレールの上をあくまで走ろうとする。冤罪が起これば、被疑者にとっては一生の問題なのだが、そんなことを顧みられることはない。
 その、まさに冤罪を生みかねない「価値判断」や「基準」が、しかし、それを何の疑問も持たず、むしろそれこそが正義と本気で信じる(そしてもちろん、馬鹿だからなのではなくて、優秀な頭脳を持っている)人たちが、国家権力という威光の剣を自在に振るっているという現実は、前述の「感染症利権」のあとには更に生々しく感じられる。
 地味というのは、これだけ恰好の素材であるにもかかわらず、肝心の事件がいまいち地味だということだ。もしかしたら、その地味さは、筆者市川さんの実体験に即しているからなのかもしれない。
 ただ、せっかく小説なんだから、連続殺人事件とか猟奇犯罪とか、あるいは汚職とか、もうちょっとでかくて派手な風呂敷を広げても良かったのではないかというところが惜しいというか、ちょっと勿体ない。
 もちろん、本書はわざと地味に置いた布石であって、市川氏には二作目・三作目の大構想があるのかもしれない。なんたって設定は抜群に面白いのだから。
 とにかく細部に渡るリアリティはものすごいうえ、検察実務についても詳細に描かれているので、ミステリファンなら読んで絶対に損はない一冊だ。

 そして、三冊目。
 青谷 知己、小倉志郎他 (著)「原発は日本を滅ぼす
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 新型コロナの感染の広がりの中で、検査を受けられずに亡くなった方のニュースが話題となり、一方で、たまりかねたかのように民間が開始した格安のPCR検査に予約が殺到する状況の下、初期に跋扈していた「PCR検査抑制説」つまり、PCR検査には偽陽性や偽陰性が多く信頼性が低いだの、ものすごい職人技が必要なので増やすのは不可能だのといったアレな論議が立ち消えになり、というか、居丈高にそういった主張をしていた人たちが、さりげなくWebページやエントリを削除して逃亡したり、「自分の主張の真意はそうではない」的な逃げに入っている今日このごろ、これって、なんか、あの時と似ていますよねえ。
 原発に関しても、居丈高にその必要性を語り、反対派を嘲笑するような人達がけっこういた(いまでもいます)ものですが、この本は、まさに専門家、つまり、あのフクイチの設計者も含む原発技術者というプロ中のプロが、その手の「俺は知っているんだから、〇〇脳の素人は黙っとけ」系の連中の詭弁やデマや嘘を完全論破している本です。

 ちなみに、アマゾンで、一つ星レビューをつけている方が、「筆者らは原発事故後に180度主張を変えた二枚舌だから本書の内容が信頼できない」と主張していますが、それは明らかなデマです。私は筆者のお一人を個人的に存じていますが、福島原発事故の前から、原発の問題点や危険性についてシリアスな指摘をされていました。(最も当時は、当然ながら、具体的に津波災害を予見していたわけではなく、火災やテロなどを想定しての指摘だったのは仕方がないでしょう)。こういう虚偽まで書いて評価を落とそうとするあたり、まさに「ここに書かれていることが、よっぽど都合が悪い人たち」がいるということですね。

 そういえば、原発事故の前、九州電力だったかの公聴会で、原発賛成派の人が「原発で事故が起こらなかったら、原発反対派は責任を取れるんですか?」なんていう超絶珍妙な論理を吐いていたりしていたものですが、あの人は、福島で事故が起こったあと、いったいどういう責任をとったのでしょうね。

 危機管理をさんざん蔑ろにしたあげく、トラブルが起こると、バックれるか、慌てて責任転嫁、というのって、まさに看護学校や病院の補助金をバンバン削り、新型コロナの危険性がわかってきた初段階でも雨ガッパ集めたり、イソジンうがいがコロナに効くなんていうデマを吹聴し、自分の利権がらみの都構想のために奔走していた挙げ句に、感染爆発を招くと被害者ヅラで自衛隊に泣きつく大阪府知事が再現してくれているようです。ああ、そういえば、そこにもアンジェスとかいう、失笑するしかないような経営状態の会社非現実的なワクチン開発なんていう利権ぽいものがありましたねえ。

はりぼての日本の黙示録的な現在、真犯人はどこにいる

今月のライブも中止となり、家にこもりがちの今日このごろ。

まだまだ日本の重症数は少ないと指摘する人もいますが、新型コロナの場合、重症というのは人工呼吸器をつける生命の危機レベルですので、重傷者が少ないから大丈夫そう、というものではありません。収まってもいないのに Go to Travel などと、そもそも英語としても政策としてもバツ印なことがのさばっているのが、今の日本です。
何かあったら罹った方の責任、民間のせいにされるのですから、たまったものではありません。

とはいえ、それでも外出したい気持ちになることはあります。
今週の最大の収穫は、映画「はりぼて」でした。


https://haribote.ayapro.ne.jp/

富山で、市議十数人がドミノ辞任に追い込まれた汚職事件を追ったドキュメンタリーなんですが........
というと、地味な感じするでしょ? でしょ?
ところがね、それがあなた、違うんですよ。

はっきり言います。超絶、面白かったです。一分たりとも退屈しません。

以前、韓国の「共犯者たち」という映画を見たとき、すごくスリリングで面白かったと同時に、「なぜ日本ではジャーナリズムが、ここまでだめになったんだろう」と悲しいものがありましたが、「はりぼて」では、「日本でもできるじゃないか」と、希望の光を与えてくれます。

しかも、この手の映画って、重苦しい苦い気持ちにさせられることが少なくないのですが、これは違います。なんたって笑えます。テンポも軽い。そして、見終わったあとの爽快感もあります。しかも、良くやったね、お見事だったねの自画自賛ではなく、重い問題提起もきっちり置き土産にしておきながら、です。ドキュメンタリー系苦手な人でも、きっと楽しめます。監督のこのセンスは素晴らしい。

とはいえ、この追求、地方のローカル局だからできた、という部分もあるのでしょう。
それにひきかえ、NHK広島では、とうとう公共放送の公式ツイートで差別発言を垂れ流して恥じないまでになってしまっているのは、どういうことでしょうか。劣化という言葉がこれほどふさわしい事例はないでしょう。

一方、最近読んだ本で非常に面白かったのは、清水潔「殺人犯はここにいる」、海堂尊「コロナ黙示録」の2冊。

殺人犯はここにいる前者はノンフィクションで足利事件、正確には、北関東幼女連続殺人事件を追ったものですが、検察と裁判所が「いったん決めたことに関して、意地でも引き返さない」おそろしさが、これでもかと描かれています。足利事件のDNA鑑定に重大な疑問が出てきてもとことん無視。証拠に重大な矛盾があっても隠蔽。ついに検察側鑑定で違うDNA鑑定結果が出てきても「間違い」は認めず、やがて、本当の犯人らしき人物が明らかになってきても、真犯人をあえて野放しに....なぜなら.....という、すごい話です。
https://amzn.to/34lpYXs

私も、課外活動(笑)で多少検察問題をやっていますので、この「間違いを認めるのだけはぜったい嫌。謝罪するぐらいなら、凶悪な真犯人をのさばらせようが、無実の人間が何人死のうが、かまわない」的な検察の姿勢はよくわかります。てか、森友事件なんてのも、もろにそうですよねえ、皆さん。
そして、興味深いのは、これだけ地道な調査報道の書籍に、必死で「一つ星」つけて「荒唐無稽」と叩いている複数のレビューで、ぽろぽろ「検察用語」みたいなのが出ちゃっているあたり、どういう人が書いているのか見え見えで、検察関係者はほんとに読んでほしくない本なんでしょうねえ。

コロナ黙示録そして、そういう意味で、ある種の人達にとっては、読まれてはぜったいイヤな本、この大横綱として推したいのが、後者の海堂尊「コロナ黙示録」。これは7月に出たばかりの本です。
https://amzn.to/31i9jlE

海堂尊氏といえば、映画やTVシリーズとしても大ヒットの「チーム・バチスタ」シリーズの作者である大ベストセラー作家。去年もTBSの日曜劇場で二宮和也主演で「ブラック・ペアン」やってましたね。その、まさに「バチスタ」シリーズの最新作です。

北海道で救命医として活躍していた速水医師のもとで入院患者から病院内集団感染が起こって院内パニックに.......一方、豪華クルーズ客船でウイルス・パンデミックが発生し、厚労省役人の画策で「バチスタシリーズ」の主人公田口医師の在籍する東城大学病院が受け入れることに.......という、スリリングなストーリーです。

にも関わらず、この本、なんと出版直後に、Amazonに一つ星評価のバッシングが並び、なぜか5つ星評価のレビューに限って削除されるとか、投稿できないという奇妙な事態が私の知っているだけでも何件も発生。さらに人気作家の新作なのに、テレビも新聞も黙殺、というすごいことになっています。

そこまでつまらないのか?
でも、人気作家さんだけに熱心なファンなどもいるはずですから、ここまで叩かれ無視されるとはちょっとおかしいとは思われませんか? ましてや、発売直後の5つ星レビューが削除されるとか、投稿できないって???

で、その理由として推察できるのは、実は、この本、ものすごい政権批判的な内容なんです。
もちろん、今の日本政府のコロナ対策がアレですので、2020年の日本を舞台に新型コロナを描けば、そりゃあ政府の対応のとんでもなさが顕になるようなものになるのは仕方ありません。海堂氏は医師だけあって、執筆時点での欧米の医学雑誌の最新の研究論文なども踏まえて描かれるコロナ病棟の描写は迫真で、政府や厚労省のダメっぷりにはきわめて辛辣です。
さらに物語には、なんと森友問題を彷彿とさせる事件までからんできます。

黒川弘務氏に頼んで、公文書問題や背任問題を無理やり不起訴にして、メディアを抑え、強引な幕引きを図ったにもかかわらず、赤木夫人による遺書公開や提訴などでふたたび森友事件に光が当てられそうになっているこのタイミングです。これは....官邸としては、この本、絶対に絶対に売れてなんかほしくないでしょうねえ。(笑)

しかも、つい先日、内調がツイッターの政権擁護の極右アカウントに直接関わっているらしいことが、情報開示請求でバレちゃったりとか、Amazonがよりにもよって三浦瑠麗をCMに起用したと思ったら、政府の基盤クラウドを300億でAmazonに発注してたとか、香ばしさが満開な状態ですからねえ。

それにしても、政府の基盤クラウドをわざわざ海外企業に発注するって、どこまで頭おかしいんでしょうか? いくら日本が ITでは先進国の座からすでに滑り落ちたとしても、まだ富士通とかNECとかPanasonicとか、それなりの技術力がある日本企業は存在しているというのに、危機管理センス皆無としか言いようがありません。
そこまでして、政府批判本の5つ星を減らして目立たせないようにし、一方で、政府ヨイショ本や忖度本を「あなたへのおすすめ」に並べてほしいんでしょうかね。

というわけで、この映画一本と二冊、めちゃめちゃ面白いですので、おすすめです。(個人の感想です。)
よろしければ、ぜひ、率直な感想も、レビューに寄せられると、他の方のお役に立つかもしれません。
(現在は、5つ星レビューがことごとく削除されるとか投稿できないことはないようですが、皆さん各自でお試しください)

黒川弘務氏麻雀辞任の背景にあるもの

 黒川弘務氏が、あっけなく辞任したあと、政府は検察庁法改正案の廃案を検討しているとか。いやそれって、まさに、この法案が、黒川氏の黒川氏による黒川氏のための法案だったと自白しているようなものじゃないですねえ。

 それにしても、この件、「なんで新聞記者と麻雀?」と思った人がけっこう多かったようですので、背景を少し解説いたします。

 日本の裁判所には司法記者クラブというものがあって、そこには司法記者の方たちが詰めています。東京地裁の場合は、中二階にお部屋があって、よく、裁判関係の記者会見などをやっている光景がテレビで写っている、あのお部屋です。
 あのお部屋のさらに奥(東京地裁の場合は左手奥に廊下が延びています)に、それぞれの新聞社やテレビ局のブースがあって、そこに記者の方々が常駐しているわけ。

 新聞記者というと、ドラマなどイメージで、新聞社の雑然とした大部屋に出入りしていると思っておられる方が多いですが、記者クラブ詰めの記者は、こういった各官庁の記者クラブの部屋に詰めているのです。
 そして日に一度、裁判所のお隣の検察庁に行って検察庁の大本営発表を聞き、場合によっては、その後、少し要予約の個別の面談をしたりします。
 もちろん、それだけでは、大本営発表以上の記事は書けないので、それに少しでも色をつけたり、あるいは、少しでも事件の先読みのできるネタをもらうために、司法記者たちは夜討ち朝駆けで、検察高官の家に出向いたり、個人的に取り入ろうとするわけですね。
 だから、玄関先まで入れてもらえたとか、一緒の車に乗ったとか、特捜部長のあだ名を知ってるとかいうのは重要なことで、一緒に飲みに行ったとか、サウナに行ったとかいうと、さらに番記者としての「格」が上がるわけです。
 こういう仕組みで、検察の公式発表より前に、「○○逮捕の見込み」とか「不起訴へに」などという記事が出るわけですし、突然のはずの強制捜査や逮捕に、ちゃんとテレビカメラが時間に合わせて駆けつけているわけです。

 と、ここまで説明すれば、記者たちが、黒川氏と麻雀卓を囲むことに熱心になる理由はおわかりですね。
 そのへんの事情、あくまでフィクションではありますが、「司法記者」という小説にけっこう詳しく描かれていますので、推理小説がお好きな方にはおすすめです。

 私たちから見れば、逮捕するとか不起訴になるとかいうようなことを半日や1日早く報道されたからといって、さほどありがたいわけではないのですが、新聞社的には「他者に抜かれない」ためにも、こうやって寵を競うわけです。
 一方で、検察に都合の悪い記事を載せたり、その他、検察幹部に嫌われるようなことをすると、最悪「お出入り禁止」になっちゃうわけで、必然的に、検察に都合の悪い記事を書くには、相当の勇気が要る。というより、もう社長あたりが決断してゴーサインを出すレベルの大スクープ(たとえば、フロッピー前田の証拠改竄とか)でない限り、大概は社の上から止められるので、大半の記事やニュースは検察の言い分垂れ流しになります。
 外国のジャーナリズムではあり得ない「癒着そのもの」ですが、日本ではそれが「常識」となってしまっているのです。

 ぶっちゃけ言うと、例の朝日の「証拠改竄事件大スクープ」も、あとになって、「そのことなら検察内部で噂になっていたから、うちの社だって知ってたよ、別に朝日だけが凄かったわけじゃない」とか言ってる他社新聞の記者もいました。だったら書けよ、と思いますが、そういうの、けっこう多いです。
 田代虚偽報告書インターネット流出事件の時も、朝日とか読売は、当会の暴露より先に問題の報告書を持っていたことが、後に明らかになりました。あれだけの虚偽報告書を入手してたんなら、なんで大々的に記事にしなかったのかと思いますが、それだけ、検察に「嫌われるようなことをしたくなかった」んでしょうね。

 いずれにしても、ネタを取るために、記者とターゲットが「懇意」になるということには、当然、弊害があります。
 特捜が逮捕しようと動いているときは、大々的に、被疑者を悪だ有罪だと決めつけたような報道ばかりになりますし、逆に、事件の筋が悪くてこっそり引っ込めたというようなときは、ほとんど報道はされません。筋の悪い事件であるにもかかわらず、被疑者や関係者を延々と拘束したり、無茶な取調べをやったりしていても、そういうところはほぼ追求されたり、批判されたりしないわけです。検察が強く批判されることは滅多にありません。
 検察不祥事が明らかになっても、なお、批判しているふりをしながら、問題を全力で矮小化し、事実上ヨイショし、黒川氏から耳打ちされたデマをそのまま書いているような本を、元記者が臆面もなく出版するようなことだってあるわけです。
 

 メディアを押さえ、あやつるというのは、そういうことです。
 最近では、安倍政権の「メディア対策」が、いろいろ露骨で批判も受けていますが、検察や警察はもう何十年も前から、そういうメディア対策のノウハウは持っていたわけですね。

 で、話戻ると、そういう事情で、記者たちが黒川氏の麻雀仲間の常連だったわけですよ。
 ここで、相手があくまで記者というところ、黒川氏の性格が、ほんと窺えます。基本、ご機嫌伺い&ヨイショのための集まりである以上、ぜったいに最終的には勝たせてくれるに決まってる相手ですよね。誰かさんと同じで、自分に媚びへつらってくれる人を周りに集めるのが大好きな方なんですね。
 でも、だからこそ、各社、麻雀の上手い記者を「黒川番」に当てていたことでしょう。
 (そういう点では、陸山会事件で暴走しまくった大鶴基成元特捜部長の方が、アマチュアとしてアルトサックスを愉しむにとどめておられたあたり、人格的にはまだ数段マトモかと思います。そういえば、検察官法改正問題では意見書を出す側に回っておられました)


 ただ、一方で、心底ゴマすり根性の塊みたいになっている記者や、上しか見ない検事ばかりではありません。それをいかがなことかと思う良心的な現場の方たちもいらっしゃるわけで、そういう人が今回に限らず、週刊誌にネタをリークしたり、当会などに資料を提供してくださったりすることもあるわけです。
 もちろん、記者として丹念な取材を重ね、検察の捜査に疑問を呈した本を書かれた方もいます。
 検察が手柄の数上げたさに、トンデモかつ卑劣な捜査をやった記録ですが、筆者の石塚さんは産経新聞の記者さんです。
 また、多少なりとも私が関与している関連書籍としては、冤罪を作った元検察官の激白本として話題になった市川寛さんの「検事失格」、陸山会事件虚偽報告書事件を扱った「検察崩壊」なども、検察ってどういうところ、ということを知るには良い本かもしれません。

 ちなみに、検察が「現政権がらみの不自然極まりない不起訴の山」を築くのは、この第二次安倍政権になってからのことで、それまでは、むしろ、検察の「暴走」の方が問題になっていました。検察がターゲットに決めた相手を、検察とグルになった弁護士による騙しのテクニックや拷問まがいの取調べで、事実と異なる自白に追い込むというようなことです。
  例の大阪地検特捜部証拠改竄事件も、佐藤栄佐久福島県知事事件も、陸山会事件も、さらに冤罪が疑われている多くの事件も、そういう、これまた日本特有の問題が背景にあります。
 これはこれで、極めて重大な問題ですので、現政権に怒りを感じるあまり、検察はがんがん起訴するべき、とか思っている方は、是非、冷静におなりになってください。
 現在、捜査中の広島の河井夫妻の買収問題も、後顧に憂いを残さない方法で、捜査していただきたいと思います。

 いずれにしても、すでにお気づきになっていらっしゃる方も多いとは思いますが、日本の報道がいろいろ異常であることは、皆さん、お気にとめておかれた方がよろしいかと思います。

【おまけ】

 ところで、検察問題はあくまで、あたくしの「課外活動」でありまして、本職はあくまで別にございます。
 新型コロナで暇になったせいで、こうしてブログ記事を書く時間に恵まれている皮肉な状況でもありますが、昨年、キューバでグラミー賞受賞音楽家のプロデュースでレコーディングしてきて、今年のコロナ拡大前にメキシコなどでお披露目してきた新作CD、現在、細々とネット販売中ですので、ぜひこちらもよろしく。 
 http://www.nobuyoyagi.com/disc.html

黒川弘務の正体

 検察官定年延長のための検察庁法の改正が、よりにもよって、この新型コロナ騒動の最中に審議に上がるというので、このあまりの火事場泥棒っぽさに、さすがに批判の声が上がっている。黒川弘務東京高検検事長の定年を延ばし、検事総長に就けるようにするという意図が露骨だからだ。

 事の発端は、1月31日に、黒川弘務東京高検検事長の定年延長を閣議決定したところ、2月10日になって、立憲民主(当時)の山尾志桜里議員に「国家公務員法は検察官に適用できない」とする1981年の政府答弁を指摘されると、13日に、安倍首相が、法解釈を変更したと説明したあげく、21日にはこの法解釈の変更が、口頭決済だったなんていうこじつけの出鱈目ぶりが明らかになってきて、みんな唖然としちゃったわけです。
 で、26日に、小西洋之参院議員(無所属)が国立公文書館で、1980年10月の「国家公務員法の一部を改正する法律案(定年制度)想定問答集」という文書を発見して、公表。ここには、当時の政府が「検察官には定年延長は適用されない」との見解がはっきり書かれていた、と。いやほんとに公文書って大切ですよね。

 にもかかわらず、自民党が、それでも検察官の定年延長を合法にしようと、後出しじゃんけんも極まるみたいな検察庁法改正案を国会提出したので、三権分立の崩壊、法の支配を揺るがすと、野党のみならず、日弁連、そして検察内部からまで批判の声が上がるという騒ぎになっているわけだ。
 ここまでの流れは、かなりの人が知っている。
 だから、ツイッターのトレンドに「#検察庁法改正案に抗議します」というのが、300万を超え、リセットされてもすぐに180万近くツイートが集まるという、すごいことになっている。
 この法案が強行採決されたら、後の世で、黒川法とでも呼ばれることになりそうだという由縁だ。

 黒川弘務氏は、ある意味、今の検察の顔である。

 彼が台頭してきたのは、大阪地検特捜部証拠改ざん事件、いわゆる「村木さん事件」とか「フロッピー前田事件」と呼ばれているあの事件がきっかけだ。

 2009年、現役の検事が、現役の厚労省キャリアを罪に落とすために、無実の決定打になるはずの証拠を改ざんしてまで有罪に持ち込もうとした。この前代未聞とされる不祥事は、朝日新聞のスクープで大問題となり、その後、当時の民主党政権下、柳田法相の意向のもと、「検察の在り方検討会議」で、検察改革のための議論がなされることになった。

 そのとき、本来なら、そのような冤罪を作らないようにするために、自白偏重主義を改めるなど、検察にとって厳しい「在り方を検討する」はずだった会議は、どういうわけか、ほんのわずかの取調べ可視化と引き換えに、検察の司法取引などを容認する刑事訴訟法改悪や盗聴の拡大という、世紀の「火事場泥棒的な法案改悪」を引き起こしてしまう端緒を作ることになってしまう。
 このときの事務局として、まさに、委員を取り込んで、きれいに丸め込むという手腕を発揮したのが、黒川弘務大臣官房付だった。

 当時、郷原信郎弁護士と並んで、委員に就任し、冤罪を作らせないようにすると息巻いていた江川紹子氏が、会議が終わるころには、どういうわけか「可視化さえすれば問題が解決」するかのような考えに流れ、後に、この刑事訴訟法「通過」を目指して奔走するようにまでなっていたその豹変ぶりに、私は驚きを隠せなかったものだ。
 ちなみに、このとき、検察改革に本気で取り組むべく、検察の在り方会議を招集した柳田法相は「法務大臣とは二つ覚えときゃ良いんですから。 個別の事案についてはお答えを差し控えますと、これが良いんです。 わからなかったらこれを言う。で、後は法と証拠に基づいて適切にやっております。この二つなんです。まあ、何回使ったことか」と集会で発言したことを咎められて辞任に追い込まれた。
 同じく、民主党政権下では、鉢呂経産業相は、その後の福島原発事故の際、福島を視察して「死の町だった」と言っただけのことで、「不謹慎だ」という異様なバッシングを受け、その程度のことで、辞任に追い込まれたことも、記憶にとどめておきたい。

 その二年後、起こったのが、陸山会事件だった。
 この事件、東京特捜の華々しいリークに載せられて、「政治とカネ」とメディアが大騒ぎしたわりに、検察はなんの証拠も見つけることはできなかった。そして不起訴になった事件だった。
 政権交代前夜から直後というデリケートな時期に、明確な証拠もないのに、政権交代側である野党の大物議員を潰す方向で捜査をするということの重大な、政治的・倫理的な問題性はさておく。

 この事件の最大の問題は、そこまでやったわりに、まともな証拠などなにひとつなかった(だから、特捜も起訴を断念せざるを得なかった)この事件が、なぜか、検察審査会で強制起訴となったことだった。
 そして、その裁判で、驚愕の事実が明らかになる。
 検察審査会に強制起訴の議決を出させるために、ニセの証拠が届けられていたのだ。

 秘書の自白。

 これはでかい。だって、秘書がやりましたって泣きながら自白してるという報告書だよ。こんなの見たら、誰だって「やっぱやってんだ」と思うじゃないですか。
 ところが、その報告書は、一から十まで、完全なでっち上げだったわけです。

 すでに改悪されていた刑事訴訟法によって、刑事事件の証拠は公開されない。ゆえに、裁判で問題になっていながらも、我々には、報告書のなにがどう「事実と異なる」のかが、最初は謎だった。
 だからこそ、このころ、毎日新聞などは、検察のリーク通りに、報告書と事実の違いは「勘違いや誤解のレベル」だと主張していたものだ。

 ところが、ちょうど8年前の2012年5月3日。
 足のつかないロシアのサーバーを経由して、何物かが、この問題の報告書を暴露した。

 厳密に言うと、その前日の2日の夜、ロシアのサーバーを通じて、私の主宰している市民団体のメルアドに届けられた謎の書類が「あらびっくり」の内容だったので、法律家に相談の上、翌3日午前にブログでリンクを公開したのだ。

 で、田代政弘検事が作成した、その問題の報告書というのが、どうひいき目に見ても「勘違いや誤解のレベル」などではなく、一から十まで、完全な、しかも悪意のこもったでっち上げだったということが、世間にバレちゃったのである。

 それだけではない。ニセ報告書を書いていたのは、田代政弘検事だけではなかった。その上司の佐久間達哉特捜部長を筆頭に、木村匡良、大鶴基成、齋藤隆博、吉田正喜、堺徹らが、積極的にかかわっていたことまでがバレちゃったのだ。

ここの詳しい経緯を知りたい方はこちらをどうぞ 
https://blogos.com/article/38220/
で、ロシアのリンク先はさすがにもう消えていますので、書類を見たい方はこちら
田代・斎藤・木村報告書  http://shiminnokai.net/doc/rep1.pdf
石川議員(秘書)との実際の会話  http://shiminnokai.net/doc/ishi.pdf

 いくらなんでも、あまりのことなので、これらの人たちは、当然ながら、虚偽有印公文書作成及び行使や偽証で刑事告発されていたが、最高検察庁も事態を重く見て、当時の笠間検事総長は特別チームも作って事件を調べたとされている。
 しかし、この事件を徹底調査すれば、東京地検特捜部からぞろぞろ逮捕者が出ることになるのは火を見るより明らかだった。その顔ぶれが軒並み有罪判決を受けるような事態になれば、検察の受ける打撃は、村木さん事件の比ではない。

 だって考えてもみてよ。前田検事個人がフロッピーディスクのファイルの日付を変えただけで、しかも結果的には裁判で証拠として使われなかったような事件で、あれだけの騒ぎですよ。
 今度のは、明らかに特捜部ぐるみの犯罪で、しかも「ちょっと変えた」どころではなく、まるまるでっち上げの内容のニセ報告書が何通も作られ、しかもそれが検察審査会に証拠として出されて、その結果、裁判に持ち込まれてるんだから。

 そして、この一連のニセ報告書が明らかになったことで、裁判は、小沢氏無罪となった。
 なんと、判決文に、単に「被告人は無罪」どころか、「事実に反する内容の捜査報告書を作成し、これらを送付して、検察審査会の判断を誤らせるようなことは決して許されないことである。(中略)本件の審理経過等に照らせば、本件においては事実に反する内容の捜査報告書が作成された理由経緯等の詳細や原因の究明等については、検察庁等において、十分調査等の上で対応がなされることが相当であるというべきである。」とまで書かれてしまった。もう、裁判所激怒の、検察有罪判決といえるようなものだ。

 ここまで言われては、検察は調査をせざるを得ない。
 このときに、検察は二つに割れた(と、内部の協力者や関係者、複数の記者から聞いている)。
 こうなった以上、きちんと捜査し、たとえ大幅に肉を切ることになっても膿を出した方が良いと考える良識派の人たちと、検察と特捜を守るためには、絶対にそれをさせてはならないと考える守旧派の人たちだ。
 後者筆頭が、当時の黒川弘務官房長だった。

 押さえておこう。
 この権力闘争は、結論から言うと、皆さんご存じのように、守旧派が勝った。あれだけの露骨な改ざんをやっていながら、「勘違いだった」という、子供でも無理があるようなありえない言い訳で、田代以下でっち上げ検事たちは、不起訴になった。

 笑いながら雑談したあとの30分後に書いた報告書が、いったいどこをどう「勘違い」したら「泣きながら、懺悔告白した」という内容になり得るのかは、もう異次元すぎてすごい。が、それがまかり通った。まかり通させた。

 当然ながら、この案件は、検察審査会に持ち込まれ、あまりの苦しい言い訳ぶりに、さすがのメディアも検察審査会での強制起訴は免れないのではないかと見ていたが、なぜか、検審でも起訴相当は出なかった。一票足りない、不起訴不当。
 ところが、ここで、じつは、極めて奇妙なことが起こっていた。

 検察審査会の審査員の任期は6ヶ月で、3ヶ月で半分ずつ入れ替わる。つまり、6ヶ月で最初の審査員はいなくなる。人が入れ替わるたびに、新しい委員はいちから資料を読み込まなくてはならないので、委員を入れ替えることでじっくり審議ができるわけではなく、なんのメリットもないのだが、なぜか、このとき、9ヶ月もの時間をかけて、審査がなされた。つまり、委員は何度も入れ替わっていた。
 しかも、この審査のアドバイスを務める補助弁護士に、あろうことか、検察に恩義のある元検察高官が就任していたのだ。
 http://www.imanishinoriyuki.jp/archives/27052931.html

 補助弁護士が素人である審査員を誘導し、さらに、起訴議決が出そうになると、長引かせて何度も審査員を入れ替えさせていた疑惑が持たれた。
 この不起訴不当の議決書では、虚偽記載をはっきり認めている。そして、それが勘違いや記憶の混同などではあり得ない(つまり故意)であることも明白に認めているにもかかわらず、だ。

 ついでにいうと、審査員は「くじ引きソフト」で、選挙人名簿から選出されるが、この、選挙人名簿入れたら数人を無作為に選ぶというだけの、単なるくじ引きのためだけに数千万円かけたというソフトは、特定の人物を加えたり削除することもできるし、それをやってもログが残らないという奇妙な仕様にもなっていることは、すでに、当時、森ゆうこ参議院議員の追求で明らかになっている。

 で、検察審査会審査員は11人。起訴議決には8人の賛成が必要だ。だから、4人の審査員が断固として手を挙げなければ、審査の内容が明らかに有罪であると認めていようと、他の全員がどんなに起訴すべきと主張しようと、絶対に起訴議決にはならない。

 なぜ、ここでこれを長々書くのか。これとまったく同じパターンが、森友事件でも起こった疑惑があるからだ。つまり、審査員を何度も交代させ、場合によって、特定の傾向のある人物を入れ込むことで、絶対に起訴議決を出させないようにすることが、やろうと思えばシステム的に可能であるということが、実は、この時点で明らかになっていた。
 つまり、ここで、メディアや法律家や議員が、この問題をきちんと追求しなかったことが、後の森友事件などの不可解な議決を生んでいる土壌になっているといえる。

 そして、改めて言う。
 このとき、検察で、田代不起訴、つまり虚偽有印公文書作成事件潰しのために尽力したのが、黒川弘務官房長だったのである。
 つまり、黒川弘務氏は、検察、とりわけ特捜にとっては、お取り潰しやむなしの運命から救ってくれた巨大な功労者という顔を持っているわけだし、また「検察審査会で絶対に起訴議決を出させないテクニック」を熟知している人間といえる。

 彼はその後、法務事務次官に就任。安倍政権に近づくや、最高のサポート役として活躍することになる。人当たりが良く、いつもにこやか、相手を盛り上げヨイショする手腕に長けているというので評判のキャラである。安倍首相と相性は良かっただろうね。

 そして、安倍政権になってから、いままでなら、捜査や起訴の対象になったであろう政治家の金銭授受などに、証拠まで揃えた告発があってもなぜか不起訴になり、検察審査会でも起訴議決は絶対に出ない。
 森友事件に至っては、あれだけの公文書が棄てられたり、改ざんされたりしていても、「不起訴不当」で幕引きすることができた。
 それは、ある意味、当たり前とも言えることだった。

 そして、安倍政権のような政権では、黒川弘務ほど「頼りになる」存在はないということだ。だから、黒川のためならなんでもする。
 黒川なら、何をやっても、揉み消してくれるからだ。裏金を受け取っていようと、証拠品にドリルで穴を開けようと、お友達にどれだけ利権をばらまこうと、国民の税金を流用して票を買っていたとしても、新型コロナさえ利用して誰もほしがっていないマスクに不明瞭な大金をばらまいていようとも、黒川がいる限り、罪に問われることはない。



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