フィデル・カストロの訃報に

 昨日、キューバ音楽についての講演を終えて、スマホをチェックしたら、フィデル・カストロ逝去の報が流れていた。あわてて、キューバ共産党の公式紙「グランマ」のサイトにアクセスしたら、世界中からアクセスが殺到していたのか、つながらなかった。
 講演の最中に、なぜか、まったく予定になかったフィデルの面白系エピソードを話してしまったことを思い出す。人によってはこういうのを虫の知らせと言ったりするのかもしれない。

 音楽に関する講演と言っても、それは「音楽から見るキューバの歴史」というものだった。
 音楽と政治は切り離せない。というか、「歌は世につれ、世は歌につれ」とはよく言ったもので、音楽はその時代をもっとも端的に表現しているものだ。
 音楽と政治が関係ないなどというのは、あまりに近視眼としか言いようがない。そもそも、「黒人奴隷制」がなければ、アフリカの黒人が大量にアメリカ大陸に来ることもなかった。ジャズもサンバもラテンも生まれなかったではないか。コロンブスのアメリカ到達、黒人奴隷の流入、フランス革命、産業革命、禁酒法.....すべては音楽に大きな影響を与えたのだ。
 .....という、音楽を聴きながらのキューバ音楽に関する講演だから、当然ながら、フィデル・カストロの起こした「キューバ革命」もまた、そこで触れないわけにはいかない「出来事」である。
 その講演を終えた直後の、訃報だった。

 フィデル・カストロほど、愛され、尊敬され、憎悪された人は少ないだろう。なんといっても、強烈なパーソナリティの持ち主でもあり、間違いなく、20世紀の主役の1人であったことには間違いない。
 そして、報道にもネット上にもいろいろなコメントが流れた。
 それもまた、当然、予測されたことである。

 彼は強権的な独裁者であったか。
 ある意味、それは事実である。なんといっても、フィデル・カストロの在任期間は長かった
 フィデルの在任期間中の米国の大統領は、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(息子)、オバマ、と11人を数える。
 
 まあ、これだけでも、普通ではない。そういう意味では、これが民主的といえるのか? と言われれば、答えはノーだし、独裁かと言われたら、答えはイエスである。

 しかし、たくさんのデマもある。事実ではあるが、重大な前提条件を無視している指摘もある。そして、残念ながら、デマや中傷を流す側の方が圧倒的に資金力にも組織力にも勝っている。

 たとえば、フィデルがはじめから共産主義者で、ソ連に傾倒していたなどというのは、かなりわかりやすいデマだ。彼は新婚旅行で米国に行くぐらい、もともとは米国が好きな人だったし、革命が成功したあとにも、真っ先にやったことは、ソ連に挨拶に行くことではなく、米国に挨拶に行くことだった。キューバ革命自体、社会主義革命ではなかった。
 そのフィデルと革命家たちを足蹴にしたあげく、利権のために革命を潰そうとしたのは、米国の方だった。
 こんなことは、ちょっと調べれば山のように資料のあることである。
 それでも、いまだにデマを書く人間は存在する。それは、「キューバ革命がはじめから米国に敵対する社会主義革命であった」と、問題を、すべてキューバの責任にした方が都合のいい人たちがいたからである。
 
 キューバが社会主義宣言をしたのは、革命の翌年、1960年に、米国がキューバを攻撃したことの帰結だった。表向きは「キューバ人の反革命軍」が政権奪還を試みたということになっているが、この「反革命軍」なるものに武器や装備や供給し、バックアップしたのはCIAだし、米軍機がハバナの爆撃までやっちゃってるんだから、語るに落ちた言い訳だ。
 そして、キューバが、力学上、生き残るために、当時、米国と対立していたソ連に接近せざるを得ない状況を作ったのは、アイぜンハワーとCIA自身である。
 (キューバ攻撃はケネディの時代だが、命令を下したのはアイゼンハワーの最後っぺ)
 ソ連にとっても、米国の至近距離に基地が置けることはメリットだったから話に乗ったわけだ。
 そして、ケネディはキューバの経済封鎖を決行する。それは段階的に強化され、国交回復したとはいえ、じつは今でも続いている。

 そして、キューバは社会主義圏に入った。
 当時の冷戦下では、日本からすると「敵陣営」であるから、当然、キューバについては悪いニュースが圧倒的に流されることになったが、それは日本の都合の問題で、これもべつにキューバのせいではない。
 世界を風靡したキューバ音楽の情報は途絶えたが、それは経済封鎖のせいで、キューバの音楽家がメジャーのレコード会社と契約できなくなったからだった。
 キューバの音楽家がメジャーデビューするための条件は、「亡命して、反革命活動に協力する」ことだったから、メジャーデビューしたい人たちは、そのようにした。有名人の場合は、破格の契約金というおまけ付きの引き抜きもあった。

 一方で、キューバ人でなくても、「キューバを訪問したけど良いところだった」などと記者会見で語ろうものなら、その音楽家は業界を干された。爆発的に売れていたベネズエラのサルサ歌手オスカル・デ・レオンですらそうなった。彼は再度記者会見をやって、「キューバはひどいところだった」と虚偽を語り、すべての責任を当時のマネージャーになすりつけて、なんとか業界に復帰した。

 その間もひっきりなしに、ハバナで反革命派によるテロがあったし、国連大使や各国のキューバ大使館もテロの標的にされていた。CIAは巨額の資金を使ってキューバ政府転覆を企んでいたし、革命前キューバに利権を持っていた富裕層や多国籍企業にくわえて、カジノ利権・麻薬利権を持っていたマフィアもキューバ政府転覆を企んでいた。
 いろいろな思惑があっただけに、ものすごい巨額のお金がここで動いていた。
 
 こういう背景を知ることは重要である。
 つまり、キューバは革命後も、常に攻撃され続けていて、キューバ人にとっては、「いつ米国が攻撃してくるか」「次はどういうテロを仕掛けてくるか」というのは日常だったわけだ。
 日本人には実感が湧かなくて、「大袈裟な」と思われるかもしれないが、実際に、何度もテロ事件はあったし、バイオテロが疑われる事例もたくさんあった。キューバの遺伝子研究が発達したのは、そのせいもある。
 言葉を変えれば、キューバはずっと臨戦態勢だった。だから兵役もシビアだった(真剣に、ゲリラ戦の訓練とかする)。
 経済封鎖がえげつなかったから、物資もなかった。

 そういった背景を理解しないで(あるいは意図的に無視して)「カストロ政権でキューバ経済がうまくいかなかった」とか「キューバ政府が反対派を弾圧した」という指摘をするのは、まったくフェアとは言えない。

「キューバ政府が反対派を弾圧していた」のか。そもそも、これは微妙だ。
 半戦時下にある状態で、その国の政権を潰そうとしている敵対国から資金援助を受け取って具体的な謀略活動に従事したとして、それが何の罪にもならない国があるのだろうか?

 誤解がないように言っておくが、キューバでは、政府批判なんて普通に誰でもやっているし、べつに投獄も何もされてない反体制活動家とか反体制ブロガーもざらにいる。私も何人も知っている。ヨアニ・サンチェスみたいに外国から援助を受けてるのをはっきり認めてやっている人も何人もいる。それが仕事かよ。それでも、ほぼ野放しだ。言い換えれば、投獄されるのって、よっぽどともいえる。

 では、キューバでは、表現の自由などの規制はなかったのか。LGBTへの差別はなかったのか。これも、キューバを叩きたい人たちが、鬼の首を取ったように主張していることだ。

 LGBTに関して言えば、人種差別や男女差別はかなり早い時期から撤廃方向に進んでいたが、キューバのLGBT差別への取り組みは遅かった。これはラテン文化とのかかわりもある。

 ゲイフォビアの問題で言うと、レイナルド・アレナスのような亡命作家も生むことになった。でも、アレナスはそれで「自由の国」米国に亡命して幸せになったかというと、そうではない。フロリダの反革命グループのもっとひどいゲイフォビアの標的になって、ニューヨークに移り、そこで自殺する。
 つまり、ゲイフォビアは、「キューバ人の根強い(悪しき)文化の問題」であり、革命自体の問題ではなかったということだ。

 その風潮のもとで「苺とチョコレート」という映画が世界的にヒットしたのが、1994年だ。
 キューバのゲイ差別を描いた作品だが、これはキューバ人が書いたベストセラー小説を原作に、キューバで制作されて公開され、もちろんキューバ国内でも大ヒットした。
 キューバでのゲイ差別や官僚主義の問題をきわめて批判的に描いた作品が、キューバ国内の文学賞を取り、ベストセラーになり、映画化された。もちろん、禁止されたり弾圧なんてされてないわけだ。

 このころ、私はハバナで日本のLGBTの人たちに会ったことがある。彼らは、「苺とチョコレート」を見て、感動してキューバに来たのだった。キューバは凄いと言ってた。
「いやでも、あれって、負の問題としての差別を扱ってますよ」
「だから、ゲイ差別の問題を、あそこまではっきり扱えるってのが凄いんです。それでベストセラーになるとか大ヒット映画になるとか、日本でも米国でもありえないです。僕らには感動です」(註:1994年時)
 これが、実際のLGBTの方たちのご意見であったことは付け加えておく。

 それと、キューバ社会一般では、ゲイフォビアがあったのは事実だけど、アーチストには(有名人でも)ゲイの人はけっこういて、別に問題なく普通に活動はしていたことも、そういう知り合いは何人もいるんで、あえて書いておく。ゲイであるというそのことだけを理由に弾圧されたというような事実は、少なくとも80年代には、もうなかったと断言できる。

 表現の自由規制については、あった。いまでもある。特に、ソ連留学なんかしちゃった官僚がのさばった70年代から80年代には、かなりアレな時期もあった。
 書籍の内容や歌の歌詞にぐちゃぐちゃ言ってきたり、気に入らないアーチストを干そうとしたりとか、テレビやラジオの自主規制とか、まあいろいろと。
 教条主義者とか、権力欲に駆られた腐敗した小役人みたいなのはいるものだ、どこにでも。で、そういう連中ほど、権力を笠に着る。
 これはね、私も、むかつくクズな官僚を何人も知っている。

 ただ、キューバ国内で、この問題と真摯に闘ってきた根性ある人たちもいっぱいいた。
 音楽家が因縁つけられた時には、フィデルに断固抗議した人たちがいた。(この事件は、フィデルが命じたのでもなんでもなくて、ある官僚が勝手にやったことだとあとでわかったが)
 「医療や教育などの革命の成果を尊重した上で」、「それでも次々に湧いて出る問題をキューバ人自身の手で解決したい」「そしてより良い国を作りたい」と思ってがんばっている人たちがたくさんいたわけだ。
 テレビの自主規制が問題だからって、みんなが見ているテレビの生放送でいろいろ言っちゃった友達もいる。日本にいるかい、そんな芸能人? もし、それを日本をやったらどうなると思う? 

 キューバ人は革命を通じて、理想の国を作ろうとしてきた。とはいえ、そこに物質的豊かさを同時に求めるのは難しい。それが嫌な人は国を出て行けばいい、という考え方も革命後のキューバには強かった。
 実際に80年には大量亡命事件も起きている。

(米国は、「キューバが悲惨な国だ」という宣伝をしたさに、亡命をどんどん受け入れる姿勢を見せたが、亡命してきた人たちがマイアミで犯罪者組織を作るようになると、キューバ政府が犯罪者を押しつけたと非難した。理想の国作りより物質的豊かさを求め、米国に行ったら金持ちになれると安易に考えた人たちを煽った結果が、これである。で、マイアミの合計犯罪件数は、全米平均の2倍になった)

 1990年にソ連東欧圏が崩壊したときには、キューバは激しいバッシングを受けた。ここぞとばかりに米国は経済制裁を強化して、物資が一切入らないようにし、反革命な人たちに援助を増やして行動を起こさせ、一気にキューバ革命政府潰しにかかった。
 頼みの綱のソ連圏ももうなくなっていたわけだから、もし、キューバ政府が国民に支持されていなかったら、あっさり潰れていただろう。

 実際、日本などでは、多くの人が、この状況下ではキューバは風前の灯だと思っていた。
 いわゆる左派の人たちですら。

 その一方で、ちょうどこの時期、南アフリカで釈放されたネルソン・マンデラが、真っ先に訪れたのがキューバだった。
「かつてANCが、どこからも相手にされていなかった頃、キューバだけが真意を理解し、アパルトヘイト廃絶のための闘いを支援してくれた。その恩を、私たち南アフリカの民は決して忘れない。我々はどこまでもキューバの友だ」
 感動的な演説だった。革命広場を埋め尽くした何万ものキューバ人たちは号泣した。あの場に立ち会えたことを幸せに思う。

 同じ頃、ラテンアメリカのリベラル派音楽家の筆頭みたいなルベン・ブラデスが、「キューバもそろそろ(政権交代とか民主化を)考えた方がいい」みたいなことを(確か)スペインの音楽祭で言って、同じ音楽祭に出ていたキューバのパブロ・ミラネスに罵倒されたことがあった。
「キューバが最低限できていることさえ達成できてないような国の人に言われる筋合いはない」

 「おまいう」だ。
 で、ルベンは基本的には頭いい人なんで、すぐに謝罪した。
(ちなみに、ルベン・ブラデス、ミュージシャンだが、ハーバード出の弁護士で、後にパナマの閣僚になっている)

 コレに近いことは、この時代にはよくあった。
 パブロ・ミラネスだって、別に体制無条件支持派でもなんでもなくて、官僚主義を始終批判して、水面下でいろいろやり合ってた人なんだけどね。

 つまりね。キューバの問題はキューバ人が解決する、外から知ったかぶりで口出ししてほしくない、ということだ。
 ていうか、この90年のころに限らず、キューバでも、ある時期から「長期政権」を問題視する人はいたし、それに対してのいろいろな政治的論議もあった。

 理想の国なんて簡単にできるわけがないから、いろいろ間違いも犯す。
 しかし、間違いは、正していくしかない。世界は白と黒で色分けされているわけではなく、理想を目指すなんてこと自体が簡単なものではないから、あちら立てればこちら立たずの中で、模索していくしかない。

 いうまでもなく表現の自由は、最大限、尊重されるべきだ。
 たとえ、反政府的言論でも。

 しかし、その前提条件としては、キューバに対して、アメリカが不当な政権転覆工作や経済制裁をやめるべきだろう。つまり、反政府勢力への資金援助とかテロ画策とかをやめたうえで、それでもキューバ政府が「政治的理由で反対派を不当に逮捕投獄」していたとしたら、そこで非難されるべきだろう。

 いずれにしても、革命前の「カリブのハキダメ」から「いろいろ欠点はあっても、医療と教育は世界に誇れる国」「人種差別のない国」を、さんざん妨害工作され続けながら、わずか50年で作り上げた。
 やればできるという、壮大な実験をやって、かなり成功させた。その合間に、他のもっと貧乏な国を援助さえしてきた。
 そして、多くの人を救い、第三世界に希望を与えた。その結果、当然ながら、そのせいで利権を奪われた人たちに憎まれもした。

 しかし、キューバの実験はけっして無駄ではなかったし、それをやったフィデル・カストロはすごかったと言えるだろう。



『キューバはなんて美しい』カルロス・プエブラ
「キューバはなんて美しい、誰も愛してやらないから、もっと好きだ」



『キューバに捧ぐ』ビクトル・ハラ
「マルティやフィデルのことを知りたいならキューバに行こう!」



『フィデルに捧げるミロンガ』オスバルド・プグリエーセ
「偉大なるアメリカ大陸人、自由の勝者のために歌いたい...」

米大統領選:嫌な予感ほど当たることがあるんだよね、という話

 いやいや、バック・トゥ・ザ・フューチャーの未来予知度は凄い。
 トランプ大統領が誕生ですね。
 それと共に、全米で大デモですよ。これもなんとも映画っぽい。

 などと人ごとの笑い話のように書いていますが、残念ながら、米国はラテンアメリカにとっても日本にとっても「ヘビーな隣国」なので、他人事と言いきれないのが痛いところです。

 さて、トランプが「地方の白人中下層」の不満をすくい上げ、一部の経済的政治的特権階級(エスタブリッシュメント)をdisり、反グローバリゼーションを唱えたのが圧倒的な支持を得た、という論評が多いようですが、これは正しい部分もありますが、間違っている部分も大きいです。

 確かにトランプの熱狂的支持層(すなわちトランプ支持であること公言していた人たち)は地方の「中下層白人」なのは間違いありません。
 しかし、実際に選挙の趨勢を決めた「隠れトランプ」すなわち、「政治的正しさ」に反して人種差別や女性差別発言を連発するトランプを堂々と支持しているとは言わなかったが、トランプに投票した人たち、というのは、白人の中〜高所得者層が多かったという統計で明らかです。
 http://edition.cnn.com/election/results/exit-polls/national/president

 言い換えれば、口先ではトランプの下品さに同意しかねるふりをしていながら、腹の中ではトランプに同調して(「有色人種」や「働く女性」に差別感情を抱いて)いる「白人」の人々がトランプに投票したわけです。
 
 というと、「ヒスパニックでもトランプに投票した人はかなりいる」という人がいると思いますが、「ヒスパニック」というのは、「黒人」とは違って、単なる「母言語集団」。「人種集団」ではないのです。つまり、カリフォルニアで「ヒスパニック」といえば、ほぼ「大半がメスティーソ(先住民とスペイン人の混血=すなわち有色人種)であるメキシコ系」ですが、フロリダのヒスパニックは「極右系白人」が多いのですよ。そういう意味では、民主党支持者が圧倒的なカリフォルニアのヒスパニックと、伝統的に共和党の最大支持基盤であるフロリダのヒスパニックはまったく違うのです。

 つまりなにが言いたいかというと、トランプの勝利は、「彼が貧困層の味方だと思われ、弱者の支持を得た」ということではなく、いままで米国という国で「征服者であり絶対的支配階級」であったはずの「白人」が、公民権運動の起こった20世紀後半以来、どんどん立場が弱くなってきていて、しかもヒスパニック(この場合は、フロリダの「白人系」ではなくて、メキシコや中米から来る「有色人種系」)や黒人の人口増加で、やがて多数派としての地位さえ失い、「このままだと、米国は有色人種に乗っ取られる」と感じている「白人優位志向のおっさんおばはん層」が、8年間の黒人大統領と、そのあとの「リベラルな女の」大統領に「ノー」と叫んだ、ということだということです。

 選挙戦終盤、トランプがビデオ問題で支持を落として、このままヒラリーが逃げ切れそうになった時に、FBIが突然ヒラリーのメール問題を再燃させました。
 これ、「事情がわかっていれば、そもそも訴追になるわけもないようなレベルのネタ」なのでしたが、だからこそ、このタイミングでそれを出すか、というのは、明らかに「政治的」なわけです。

 「訴追するかというような小ネタ」なのに、政治的な重要局面で露出させて騒ぎ、候補者のイメージを大きく損ねるって、日本でもありましたよね。
 そして、ヒラリーのイメージを決定的に悪くしましたよね。
 既得権益層が全面的にヒラリー支持なら、逆はともかく、そんなことは起こるわけがないわけです。
 つまりですね。やはり米国社会のなかで、「白人男性至上主義」「そういう意味でのヒラリー嫌い」というのは、そんだけ強かったということですよ。

 そして、ここでまた、一部の「日本のリベラル」な皆さんの勘違いですが、米国の本来の「既得権益層」って、IT長者とか株長者じゃありませんよ。
 米国の本来の「既得権益者」ってのは、まさに、インディアンの土地を強引に武力で奪って、その後も黒人奴隷を使い、奴隷解放後も60年代まで、公然と露骨な人種差別をやってきていた「白人」層なんです。
 その「既得権益者」が、ここ数十年の、人権運動や社会環境の変化で「当たり前のように持っていた特権」を次々に剥奪されてきた。それどころか、下手すると黒人やインド人や中国人が仕切る社会になりつつある。移民が増えて、誰でもできるような仕事もどんどん奪われる。
 その不満の代弁者がトランプだったわけです。

 もちろん、レーガノミクス以来の新自由主義とグローバリゼーション主義で、格差が広がり、固定化して、米国が病んでいるのは事実です。そして、その米国で、上位1%の超高額報酬を得ているのが、「エスタブリッシュメントな白人」であるのは事実ですし、彼らが、自己の利得のために、地方や弱者を踏みにじってきたのは事実です。

 しかし、その格差の底辺にいるのは、貧困層の黒人や不法移民の人たちや、未来の見えない若い人たちであり、彼らはサンダースに熱狂した層でもありますが、その後は、ほぼちゃんとヒラリーに投票しているのです。

 つまり、ネトウヨが生保を叩き、ブラック企業で働くサラリーマンが(自分はこんなに辛い苦しい思いをしてるのに、楽して福祉受けてる連中は許せないよね、在日が優遇されてるなんて許せないよね、そういうところで人権ガーとかいうエリート女なんか絶対許せないよね的論理)で、それに同調してしまう....
 というのと似た構図が米国でも起こっちゃったということですね。

 なので、日本には、「ヒラリーは富裕層の代弁者だったので嫌われた」「貧困層がグローバリズムに反対するトランプに投票した」と勘違いして、トランプを歓迎している人がいますけれど、それ、違います。
 米国の本当の弱者であり、サンダースの最大の支持基盤だった有色人種系ヒスパニックや黒人、若い世代は、圧倒的にヒラリーに投票しているんですから。そして、実際の統計では、白人の豊かな人たちの方が、トランプに投票しているのです。
 http://edition.cnn.com/election/results/exit-polls/national/president
 
 でも、残念ながら、若い人の投票率は、65歳以上の人たちに比べると圧倒的に低いんです。そこがマイケル・ムーアが、
「もしみんなが自宅のカウチからXboxとかプレイステーションで投票できるなら、ヒラリーが圧勝するのは間違いないと思う。
 でもこれは、アメリカで実際にできる方法じゃない。みんな家を出て、投票の列に並ばなければならない。」

と、懸念していた点ですが。
 http://www.huffingtonpost.jp/michael-moore/5-reasons-why-trump-will-win_b_11254142.html

 だからこそ、トランプ勝利のあと激烈な反対デモを起こしているのは、若い世代なのです。
 いわゆるエスタブリッシュの人たちは、ヒラリーを支持していたのは事実ですけど、クルーグマンみたいに、ただ呆然としてるだけですよ。

 さらに言えば、投票数ではヒラリーが勝っていたことが明らかになっています。大きな差に見えるのは、米国の選挙制度のせいに過ぎません。
 http://business.newsln.jp/news/201611101336020000.html
 ですから、「大差を予測できない」=「大衆に対する肌感覚がない」という指摘は適切ではありません。
 先に述べたように、表だって活動する在特会やネトウヨは熱狂的に見えても、それほど数が多いように見えませんが、実際には、彼らに同調する(だけど恥ずかしいから公然と支持を口にしない)人がそれなりにいる、というのと同じ理屈だからです。
 また、世論調査が間違っていたというのを、米国のマスコミの「偏向」と決め付けている人がいますが、それも適切ではありません。世論調査というものが、今の時代にまったく合わなくなっているということです。

 で、これからどうなるか、です。

 「当たらなければ嬉しい嫌な予感」として書いておきます。

 トランプは日本から金を巻き上げる方向に行くでしょう。
 安倍首相との親和性に関して言えば、はっきりいって、ヒラリーより仲良くなれると思います。
 
 先日、安倍首相が訪米の時にトランプではなく、ヒラリーにだけ挨拶に行ったことで、安倍をヒラリー贔屓と思っている人がいますが、それは単に、日本の外務省の見通しがはずれていたというのと、TPP推進という点からだけ見れば、ヒラリーとの方が話の余地があると思ったということにしか過ぎません。

 しかし、これからは、安倍首相は積極的にトランプ氏に擦り寄るでしょう。ジャイアンに貢ぐスネ夫のように。
 そして、トランプなら、安倍の歴史修正主義に嫌悪感を持ったりしないでしょう。(ヒラリーなら露骨に嫌悪するでしょうが)し、むしろ、安倍の改憲には賛成するでしょう。
 それは米国民に対しては、米国の軍事負担を軽減するという口実にもなるからです。

 かといって日米同盟そのものを破棄することまではおそらくしないので、安倍首相としては、トランプに擦り寄ることで、むしろ「夢」の改憲による「日本を戦争のできる国」化と歴史修正がしやすくなります。
 そもそも中国が日本に攻めてくる可能性などないので、安倍首相としては「中国や北朝鮮に対する備えに米軍を巻き込みたい」のではなく、「中国や北朝鮮に対する備えに米軍を巻き込むという口実での安保法案や憲法改正をやりたい」のが本音なのですから。
 
 もうひとつは、フランスでのマリーヌ・ルペンのさらなる躍進です。彼女は、この選挙で「いろいろ学習」したでしょうから、自分の選挙戦に、トランプ的手法をさらに採り入れていくでしょう。
 フランスに限らず、ヨーロッパの極右が活気づくでしょうね。
 米国の孤立主義は、彼らにとっても好都合ということになります。

 念のため繰り返しておきますが、これは「当たってほしくない嫌な予感」です。

シジフォスの岩

 いや、博多の街にいきなりゴジラが出たのかと思いました。
 こういう陥没、メキシコや中国ならありえそうではありますが、日本の繁華街で起こるとは、驚くばかりです。原因はまだわかりませんが、ここ数年、随所で見られる「日本の劣化」の結果でなければと思います。

 劣化と言えば、電通女性社員過労死事件で強制捜査が入りました。あまり知られていませんが、じつは、労働基準監督官にも逮捕権があります。(実際にはほとんど行使されることはありませんが)
 ここで、派遣法の改悪や、ホワイトカラーエグゼンプションの導入法案の検討などで、もう何をどう取り締まって良いのかわからない状況に置かれつつある労基署の面目躍如となることを期待いたします。

 とはいえ、「数字」では把握できない、取り締まれない問題こそがもっとも本質的な問題であることも否定できません。

 高度経済成長時代の方やバブル世代の方には、残業100時間ぐらいでというお声もあるようですが、「長さ」は問題じゃなのですよね。
 山頂がもうそこに見えていて、あと一頑張りで登頂でき、さらにその山頂に立てば、絶景と至福の到達感が味わえる状態なら、人間、もう一頑張りでも二頑張りでもできるものですし、そのあとも、自分の意志で何度でも山に舞い戻って、時には危険さえも顧みず、過酷な目標に挑むことができるものです。

 その一方で、もっとも残忍な刑罰というのは「シジフォスの岩」です。
 決して報われることのない(仮に報いられていたとしても、それをまったく実感できない)労働をいつ果てるともなく延々とやらなくてはならない。

 達成感のない労働。
 いつ果てるともない労働。
 人間としての尊厳を砕かれるような労働。
 やめることのできない労働。
 これはね。
 精神を病みますよ。

 高度経済成長期やバブル時代にはあちこちに、身近に存在した「山頂」(プチ「山頂」的なものも含めて)や、「絶景や到達感」が、今は存在しないとまでは言いませんが、比較にならないほど少なく、見えにくくなっているし、さらに、仕事を辞めたら「あとがない」ことへの恐怖は、昔と今とでは比較になりませんわな。

 それでも、死ぬぐらいなら、会社辞めたらって思います。
 でも、過労死直前まで追い詰められている人は、自殺は考えても、会社を辞めるとか、労基署に相談するとか、いっそ共産党の相談会に行くとかという選択肢は思い浮かばないみたいです。オブセッションに囚われているのでしょう。

 オブセッションとは、「非合理的な考えに取り憑かれてしまうこと」ですが、本来の意味は、「悪魔や悪霊に取り憑かれること」です。まさに、自己責任とか新自由主義とか「お客様は神様主義」とかいう悪霊に取り憑かれてしまっているといえるでしょう。
 そういう意味では、今回の電通過労死事件、単に電通なり単純労働時間の問題で終わってほしくはないと思います。

 とか言っている一方、いよいよアメリカ大統領選です。
 土壇場でのFBIのヒラリー捜査には、FBIがここまで露骨に大統領選に介入するなんて、なにこの陸山会事件ノリ(それにしても、逆ならともかく、FBIがトランプ押しなの?!)って思いましたけど、おかげで「もしトラ」という言葉まで生まれてしまいました。トランプさんが大統領になって、盛大にアメリカ合衆国を散らしてくれるのを夢見る人もいるようですが、どうなることでしょうね。

 今月もいろいろなことが起こりそうです。
 というわけで、八木の恒例のライブは、11月17日ですが、11月26日には、横浜の朝日カルチャーセンターで「音楽でたどるキューバの歴史」という講演もやります。神奈川大学で行って好評(キューバ大使館文化担当官絶賛)だった内容を、さらにグレードアップして、一般の方向けに講演します(八木の歌はありません)

 なお、東京在住の方には、12月18日にも、新宿で、キューバ音楽と歴史のレクチャーを予定しています。

11月17日(木) 六本木 ノチェーロ
(東京都港区六本木6-7-9 川本ビルB1) お問い合わせ/03-3401-6801
1st 19:30 2nd 20:45 3rd 22:00(入れ替えなし) Charge:2,600円(おつまみ一品付)
アクセス/日比谷線・大江戸線六本木駅より徒歩2分
六本木駅至近の最高の立地の音響の良いステージで、美しい歌曲の数々をじっくりお聴き頂きます! 今月は木曜日ですので、お間違いなく!!
ギター福島久雄さん。
ネット予約

11月26日(土) 八木啓代レクチャー 音楽でたどるキューバの歴史
朝日カルチャーセンター横浜

(横浜市西区高島2-16-1 ルミネ横浜8F) お申し込み・お問い合わせ / 045-453-1122
13:30~15:00  料金 一般¥3672円・会員¥3024円
昨年、米国との国交回復で注目を集めるカリブの島国キューバは、マンボ、ルンバ、チャチャチャなど、「ラテン音楽」発祥の地でもあります。  そして、歌は世に連れ、世は歌に連れるもの。キューバ音楽の歴史を、キューバの世相からたどると、じつは、その面白さも倍増します。
 キューバ音楽の魅力を存分に知っていただくとともに、1980年代からキューバ渡航数十回、キューバの第一線の音楽家たちとの交流も深い八木秘蔵の、歴史的な動画や音楽もぜひご試聴ください。(※八木の歌はありません。12月には東京・新宿でも開催します)
ネット予約




片山さつき氏の絶望的な勘違い

 NHKの番組に登場した女子高生がバッシングされ、しかも、国会議員の片山さつき氏までが、問題視するコメントをしたという件が話題になっている。

 ネトウヨと呼ばれる人たちの「弱者バッシング」については、いまさら感があるし、それに乗る片山氏も片山氏と言ってしまえばそれまでだが、ただ、片山氏が「女子大生が『貧困ではない』と感じてしまった」ことには、「貧困の質の変化」に気づけていない感性の鈍さが、その根底にあるように思う。

 片山さつき氏は、1959年、昭和34年の生まれだ。
 そして、彼女が「ものごころつく年代」である昭和40年代あたりまでの「貧困」には、とにかく「わかりやすさ」があった。

 公立の学校なら、クラスに何人かは、青洟をたらし、かなり着古したお下がりを着ている子がいたし、破れた服を繕って着ているのも当たり前だった。
 電化製品もしかり。
 1960年代は、炊飯器・白黒テレビ・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれ、「中流家庭が努力すれば手に入れられるもの」だった時代だ。70年代以後にはそれが、カラーテレビ(もちろんブラウン管)、クーラー、自動車になった。
 風呂のない家も多かったし、瞬間湯沸かし器が普及し始めたのも、この時代だ。
 改めて言う。これらは、「それが手に入れられれば、貧困から脱出したと思われるもの」ではなく、「中流家庭が努力すれば手に入る」ものだったのだ。

 つまり、この時代の貧困とは、「努力しても、なかなかテレビなどの電化製品を購入することができない」「新しい服や日用品を買えない」人たちだった。昭和40年代までは、鍋や釜の修理をする「鋳掛屋」が街中にいたのである。

 ついでに言えば、1995年の阪神淡路大震災の頃まで、携帯電話も、限られた高所得者だけが持つ、大変な「贅沢品」だった。若者でも一人一台持っている時代などは、想像もできなかったものだ。

 片山さつき氏は、彼女自身は恵まれた家庭環境にあったとはいえ、そういう時代に育った人である。
 貧困と言えば、痩せ細り、破れた服を繕って着て、使い倒した日用品をさらに修理して使い、家に家電製品などほとんどない、というのが、昭和40年代の貧困だった。

 NHKの朝ドラの「とと姉ちゃん」のモデルとなった「暮らしの手帖」が圧倒的な支持を受けたのは、そういう時代背景がある。日本の中流の人たちがようやく、便利な家電製品を手に入れられるようになり、しかし、まだそれは「高価」で「贅沢」であった一方で、当時まだ先進国ではなかった日本製の製品には「粗悪品」も多かったため、「暮らしの手帖」の厳しい商品テストは、中流家庭の人たちが、「思い切った買い物」をするための必需品でもあったのだ。

 しかし、21世紀の貧困はそうではない。

 技術進歩とコストダウンに加えて、1ドルが360円だった頃と比べれば3倍以上になっている円高のために、輸入品は圧倒的に安くなり、価格破壊のために、衣料品や日用品や電化製品は相対的に「安いもの」となった。
 日用品は100円ショップでかなりのものが揃うし、衣料品も激安のファストファッションがどこでも手に入る。2000円もあれば、リサイクルショップでなら、小綺麗な格好が十分揃うだろう。
 電化製品ももはや、「中流の家庭が努力して、思い切って購入する」ものではない。もちろん、最新の機能を売りにした高額製品も存在しているが、シンプルなものでよければ、冷蔵庫も液晶カラーテレビも洗濯機も、驚くほど廉価に手に入る。2000円でオーブントースターやアイロンが買えるのが、「現在」という時代だ。
 そして、仕事に携帯はほぼ必需品となった。派遣やバイトで生計を立てる貧しい若者ほど、ケータイなしでは仕事をすることができない。現在では「ケータイ」を持たなくてもいいのは、むしろ、それが許される「特権」である。

 2008年に年越し派遣村が日比谷公園にできたとき、そこに集まったたくさんの「ホームレス」の若者たちの圧倒的多数は、とても身ぎれいで、一見、貧困者には見えないような人たちが多かったことも記憶に新しい。

 さらに言えば、もはや「発展途上国」と言われるような地域ですら、「痩せ細り、ボロをまとった貧困」は、一部の難民キャンプを除いては、過去のものになりつつある。いまや発展途上国と呼ばれる国々での現代の貧困者の姿は、高カロリー食のため肥満していることの方が多く、そして、典型的な貧困家庭には、無料の娯楽であるテレビが必ずと言っていいほど存在し、そして、自身が職を得たり、外国に出稼ぎに行った家族と連絡を取るための携帯(ほぼスマートフォン)も必須のものとなっている。

 現在の貧困は「可視化されにくい」。

 だから、スマホを持ち、小綺麗な格好をし、家に帰れば、テレビもアイロンもトースターも電子レンジも湯沸かし器もあったとしても、それは「貧困ではない」ことにはならない。小綺麗な服や日用品や電化製品の価格が劇的に下がっているからだ。その代わりに、あの時代よりはるかに手が届きにくくなっているのが、「安定した就職」であり、そのためにより重要な条件となりつつある「進学」だろう。

 昭和40年代までは、中卒や高卒でも正社員としての就職はいくらでもあったし、一度、就職すれば、現在よりはるかに生活は安定した。あの時代には「派遣切り」などはなかったからだ。そもそも、一般労働の「派遣」が許されていなかった。そして、労働者は、労働基準法や組合によって、(皮肉にも、現在より)守られていた。

 まだ豊かではない時代に育ち、日本の発展の中で、バブルという豊かさを極めた片山さつき氏の世代にとっての「貧困」や「安定」の感覚と、現在のそれとは大きな溝がある。
 企業の寿命も、かつては50年と言われたが、今では25年以下になっている、そんな時代だ。IT化という第三の産業革命の影響で、今後、多くの職種が消えていくであろうと予言され、さらに、日本という国の斜陽化に加えて、少子高齢化による年金や福祉も削減されるかもしれない可能性の中で、若者に「安定した未来」が描きにくくなっているのが、今の日本の最大の問題だ。

 問題は、それがバブル世代の「ふつうのおばさん」の発言であれば、「今の時代がわかっていない、勘違い発言」であっても、片山さつき氏は政治家であるということだ。
 現状を認識できていない政治家、ほど恐ろしいものがあるだろうか。

改悪刑訴法成立にあたって

 ヘイトスピーチ防止法が可決された。
 これは大変喜ばしい一歩だが、その裏で、きわめて問題のある法案が可決されてしまったのは、断腸の思いである。
 数日前であるが、5月19日昼に、私は、参議院議員会館前で行われた「刑訴法等の改悪を許さない緊急集会 Part 2」に顔を出すと共に、その後、傍聴券を分けていただいて、参議院予算委員会を傍聴してきた。

 ここでは、まず、民進党の小川議員から、改正刑訴法の問題点が次々に指摘された。
 小川議員が主に指摘したのは、今回の「法改正」で、盗聴の範囲が圧倒的に拡大され、しかも、第三者の立会なしに、各警察署で盗聴ができてしまうという仕組みになるにもかかわらず、盗聴されていてもそれが起訴や裁判に至らない場合、盗聴された人間にはそれは知らされることはない。つまり、実質的に盗聴されていても、それを知る術はないという点だった。
 そして、実際に、過激派や暴力団などの組織犯罪などに限定され、さらに、国会に報告義務なども課せられている「使い勝手の悪い」はずの現行法ですら、多くの「盗聴」が、実際には犯罪には何も関係のないものであったことにも言及し、このような状態で、さらに盗聴範囲を拡大し、さらに、「起訴や裁判に至らない場合は、盗聴された人間にそれを知らされることがない」問題点を主張したのである。

 これに対して、法務大臣や法務省の回答は、「すべての記録は裁判所に保管されてます」と答えるばかりで、まったく答えになっていない。つまり、法務大臣は、「すべての記録は裁判所にあるので、(盗聴された人が)それを請求すれば知ることはできる」というが、盗聴されていると知らされないのに、どうしてそれができるのか。
 「知り合いが起訴されて、盗聴されていることが判ったら、自分も盗聴されているかもしれないと思って請求できるかもしれない」と子供のような返答である。

 さらに「盗聴」の範囲は、固定電話と携帯電話だけではなく、携帯、SNSなど全てに及ぶとのこと。ただし、SNSなどの本社が日本にない会社の場合は、「協力を求める」のみだそうだ。

 しかし、高度な組織犯罪であるなら、そういうことならば、自前で組織内SNSを作ってしまえば、簡単に「盗聴されない通信」ができてしまうわけことになるのは、誰でも考えつく。

 さらに、同席していたIT専門家によれば、メールでも暗号化キーを使えば、盗聴されても解読は暗号キーがなければ不可能だし、高度な組織犯罪なら、それぐらいやるだろうから、「ほとんど無意味ですね」とバッサリ。

※「その暗号鍵を傍受されたらどーなるのさ」
という素朴な疑問を持つ人もいるかと思い、補足。

この場合の暗号鍵(すなわち、このIT専門家の語るところの暗号鍵)とは、暗号用と復号用、2つで1セットとして、送信側は「公開された」暗号鍵で暗号化して送信するというもの。受信側は、これを復号用鍵で復号することになる。
この流れなので、傍受した人が復号するのに必要な復号用鍵は、一度もネット上を流れないため、全通信を傍受しても中身は見られない、ということになるわけだ。

「絶対安全」と断言すると「破られない暗号は無い」みたいなツッコミがありそうかな、と思われるかもしれないが、SSL等の暗号は因数分解を「短時間で」解くアルゴリズムが未だ発見されていない、ということに依拠していて、円周率計算みたいに、スパコンで時間をかければ、解けなくはない、というレベルだということ。
だから、正確には「現実的にはムリ」ということだ。

 まさに、この「新盗聴法」は、「高度な組織的犯罪」に対しては無力であり、むしろ、一般市民を監視するための法律でしかないということになる。

 そして、この盗聴の管理に使われる予定の「特定電子計算機」。これに至っては、まだ存在もしてないのに、「完全無欠」の予定だそうだ。そんなことを前提すること自体、世界中のクラッカーの標的になりそうな話だが、その問題は置いておいても、いわゆる「情報漏洩」で圧倒的な率を占める、「人為的ミス」の可能性については、「そういうことがないよう努力する」という回答のみ。これには失笑するしかない。

 さらに、共産党の仁比議員が、「別件盗聴」の問題姓を指摘された。
 つまり、この新盗聴法では、犯罪に関わりがあるということにして、裁判所から盗聴の許可を取り、別件の市民活動や企業活動などについて盗聴することが、いくらでもできる制度設計となっている点だ。なんといっても、「盗聴される側」に知らされることはないのだから。

 もっとすごいのは「司法取引」で、誰かの密告により逮捕された場合、その密告をおこなった人物は開示されないそうだ。むろん組織犯罪の場合「お礼参り」を防ぐという意味では当然だが、別の点で言えば、誰かの「司法取引による密告」で冤罪に墜とされた場合、弁護側は、誰がどのような嘘の証言をしたのかを知ることすらできないのである。シャレにならない。
 いうまでもなく、「取調べの一部のみの可視化」、とりわけ「恣意的な可視化」が大問題であるのは、足利事件や今市事件でも明らかになったとおりである。
 しかも、この可視化は、「別件逮捕」の場合はもちろん、実質的に強制的な「任意同行」などではなされない。そのあたり、法案賛成のはずの日弁連の認識とも食い違っていることが明らかに。
 要するに、きわめて安易に、警察・検察性善説に立った法案ということであるのが、改めて浮き彫りになるような審議だった。

 しかも、これだけ法務委員会で問題が噴出しているのに、強引に質疑は打ち切りとなった。打ち切りに反対したのは、共産党の仁比議員と民進党の小川議員のみ。有田議員は打ち切りに賛成。
 そして、打ち切りが決まって、採決前の、仁比議員の強力な反対答弁に傍聴席から拍手。(自民党の席からも拍手している議員がいたのにはちょっと驚いた)
 次に立ち上がった小川議員は苦渋の顔で「賛成答弁をします」。

 傍聴席から「えーっ」というざわめき。しかしその答弁は苦渋に満ちた表情で、到底、賛成答弁とは思えないほど、新刑訴法の問題点を丁重に解説したもので、最後に付け足しのように、「プラスの部分もあるので」。ものすごい圧力があったことが伺える。

 それから自民党議員の賛成答弁。これも、到底、賛成答弁とは思えないほど、盗聴の問題点や、司法取引の危険性、今市事件を引き合いに出しての一部可視化の問題などを踏まえての話に、反対答弁かと思うほどの内容だった。
 もちろん、結論としては「プラスの点がある」「適正に運用されることを期待する」という締めでの賛成答弁なのだけれど、賛成派ですら、かなり問題があることを認めざるを得ない法案であることは明らかだったということだ。

 締めに、有田議員から付帯決議の提案と可決。この付帯決議とは、要するに「適切な運用を期待する」というようなもので、まあ、言ってみれば「言い訳」みたいなものだ。そもそも、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件やら、数々の冤罪事件での自白の強要やら、検察官の偽報告書提出などの、検察の不正の問題がきっかけで論議になった刑訴法改正なのに、警察・検察の権限を大幅拡大し、あげくに「適切な運用に期待する」というのは、茶番としか言いようがない。
 
 むろん、自公で強行採決に持ち込めば、もっと早く通ってしまったかもしれない法案を、多くの反対があったこともあり、民進党(当時の民主党)がヘイトスピーチ法案の審議を(ある意味、セットにして)優先してくれたこともあり、この極悪な刑訴法の採決がここまで伸びたというのは事実である。
 しかも、民主党(当時)は、この自民党が通そうとしていた刑訴法そのままではなく、いわゆる「民主党案」と言っていいほど違うものまで提示していた。それがある時期、突然、民主党改正案をほとんど引っ込めて、自民党案丸呑みに近いものになってしまった。
 そこにどのような「政治的」な圧力や裏話があったかは知らない。支持団体との関係などがあったなどという話は入ってきている。しかし、審議すればするほど問題のある法案であることがはっきりしており、民主党案とまったく違うものに、なぜ賛成したのか。審議を尽くさなかったのか。
 民進党が、この法案に結果として「賛成」したことは、事実として残る。陸山会事件などがあっただけに、今回の民進党の対応は、検察・法務省と喧嘩したくない、阿った、と思われてもしようがないものだった。そして、もし、そうだとしたら、ある意味、バーターよりタチが悪いともいえる。

 5/19日参議院法務委員会の中継録画はこちら

 なお、言うまでもなく、この法案には冤罪被害者の方たちも、反対しているが、江川紹子さんは、「一時はどうなるかと思ったが、なんとか成立しそうで、ホッとした」 とまでツイートするほど、この法案の成立にきわめて熱心であったことと、法案の問題点を指摘されると、それまでの「録音録画はゼロであったから3%は大きな前進」と事実に反する主張を行い、あげくに、盗聴の拡大や司法取引の問題については、「監視については、八木さんのような方の力が必要」と、無責任甚だしいコメントをされていたことは、ここにあえて記録を残しておく。

 そして、この刑訴法は、24日、衆院本会議で採決され、自民党、公明党、民進党、おおさか維新などの賛成で成立した。(反対は、日本共産党と社民党だった)

【追記】
・アムネスティ「たった2%の可視化では冤罪は防げない」http://www.amnesty.or.jp/news/2015/0317_5191.html

・『冤罪のリスクを上昇させる刑訴法の改悪をなぜ止められないのか』ゲスト:指宿信氏(成城大学法学部教授)司会:神保哲生、宮台真司 http://www.videonews.com/commentary/160521-01/

・元検事市川寛のブログ 「日本版司法取引の問題点」http://ameblo.jp/ichikawa42/entry-12058905265.html
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