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大阪ワクチン開発断念とアンジェスの闇

 だいぶ前から、もう時間の問題だと思われていたのだが、大阪アンジェスのコロナワクチン開発中止が正式に発表されたので、ここまでの経緯をまとめてみたい。

 毎日新聞報道:大阪大発の製薬ベンチャー、アンジェスがコロナワクチン開発中止

 2020年4月14日、吉村知事と松井市長が会見を開き、「オール大阪でワクチン開発を進める」「早ければ7月から治験を開始し、9月には実用化を図りたい」「年内には10万から20万単位でワクチン投与させる」とぶちあげ、新型コロナウイルスのワクチンを人に投与する臨床試験が大阪市立大病院で7月にも始まるとの見通しを明らかにした。
 大阪市は、早速、アンジェス社と「新型コロナウイルス感染症にかかる予防ワクチン・治療薬等の研究開発に係る連携に関する協定」を締結。
 5月1日には、アンジェス創業者でメディカル・アドバイザー森下竜一寄付講座教授は、自信満々に、ビジネス・インサイダー誌に「アンジェスは3月5日に開発を発表して、3月24日にはDNAワクチンが完成しました。20日間で作れたのは、世界最速です。」と豪語。経済誌などを中心に、同教授へのインタビューが相次いだ。

・ ビジネス・インサイダー:「早く、大量生産できる」新型コロナ国産ワクチン、年内供給を目指す。開発者に最新状況を聞いた
・ GQジャパン:Covid-19に負けるな! ドクター×ドクター対談新型コロナウィルス向けワクチンを、ただいま開発中!
・ NewsPicks:【真相】「国産ワクチン」が必要な本当の理由

 ちなみに、アンジェス創業者&メディカル・アドバイザー&大株主(第6位、0.56%)の森下竜一 大阪大学大学院 医学系研究科臨床遺伝子治療学寄付講座 (第一製薬による) 教授は、2003年から2007年まで第1次小泉改造内閣時代の知的財産戦略本部本部員。2013年以後は安倍政権下で『内閣府規制改革会議委員』、『健康医療戦略本部戦略会議』参与を歴任するばりばりの安倍のブレーン。なにより、ゴルフ仲間として知られていた。
 大阪では『大阪府・市統合本部医療戦略会議』参与や『2025年万博基本構想検討会議』委員、さらに大阪市特別顧問になるなど、維新ともきわめて関係が深い人物だ。

森下本 ノバルティス・ファーマ社の降圧剤に関する論文データ不正問題(ディオバン事件)では、ノバルティスから4年間で2700万円の寄付を受けて、何度も座談会に出席し、ディオバンの宣伝を行っていたことがわかっている。
 また、基礎研究論文でも、疑惑が指摘されている
 ちなみに、森下寄付講座教授は、こんなトンデモ本も出していることも特記しておこう。

 なにより、アンジェスは 2019年12月期売上3億2千6百万円、営業利益 マイナス32億7千万円 経常利益 マイナス32億9千3百万円、2020年度第一四半期にいたっては、わずか3ヶ月で前年度比で売上高マイナス92.4% 経常利益がマイナス9億円というとんでもない赤字会社だった。
 第2期の事業報告には「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような状況が存在しております」とまで書かれている。さらに、20年12月期第3四半期累計(1-9月)の連結最終損益は31.7億円の赤字。直近3ヵ月の7-9月期(3Q)の連結最終損益は12.7億円の赤字(前年同期は7.9億円の赤字)に赤字幅が拡大し、売上営業損益率は前年同期の-429.8%→-9091.7%に急悪化していた

 そもそも、同社は2002年9月の上場から約18年間一度も黒字になったことがないにもかかわらず、増資を繰返すことで上場を維持していたのが実態で、20年上半期にも37回目のMSワラント発行に至っていたため、投資家の間では「本業:株券印刷会社」と揶揄される状況だった。

 アンジェスの財務状況がここまで悪いのは、創業以来19年で、承認された薬品が遺伝子治療薬コラテジェン(一般名・ベペルミノゲン ペルプラスミド)のみであることによる。
 コラテジェンは2019年9月に発売されたが、ごく小規模の臨床試験の結果をもとに、何度も申請却下された挙げ句、5年間の条件・期限付きで承認されており、さらに、データが乏しく現時点では有効性の評価が限定的であるという事情があったため、中央社会保険医療協議会(中医協)が決めた薬価は1回60万円であった。
 60万円というと高いと思うかも知れないが、そうではない。この手の新薬の薬価は1000万レベルであることが普通なので、60万円という設定自体、いかに期待されていなかったかというようなもので、実際、臨床現場ではほとんど使われていないという。
 そのため、発表直後、アンジェスの株価は4割も急落している。

 ※このコラテジェン承認の経緯まとめは一読の価値あり
 【アンジェス】今更振り返る、遺伝子治療薬コラテジェン【審査報告書】

 このような、実質的な実績が皆無に近いうえ、感染症や免疫疾患はまったく未経験であり、さらに、財務状況がきわめて不健全な会社でのワクチン開発だったわけだ。言うまでもなく、ワクチン開発の実績も皆無。しかし、この発表で、同社の株価は倍以上に上がった。その後もテレビなどでの露出のたびに、株価は劇的に上がっていく。
 具体的には、このコロナワクチン開発発表で株価は、2月の最安値388円から4月の会見以来、爆上がりとなっていく。

 興味深いのは、このアンジェス社の最安値は2020年3月5日にコロナ治療薬開発に乗り出すとIRで公表した直前の2月17日、約93億7000万円相当の新株予約権発行を表明したがゆえの下落だったということだ。その直後、吉村知事による「大阪ワクチン」の大々的打ち上げとその後の発言で、一時は最高値2492円をつけるほど、株価は鰻登りに上がっていくことになる。

 また、このワクチン開発への取り組みにより、アンジェスは、5月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構から研究開発費として20億、8月に厚生労働省から93.8億の助成を受け、一部で「ワクチン錬金術」と評された。

 また、この会社の乱高下する株価の値動きが、吉村知事の発表や発言と連動していることや、同社が以前にも、インサイダー取引で金融庁から課徴金納付命令を出されるという不祥事を起こしていることからも、透明性のある情報開示は不可欠であろう。

 森下竜一寄付講座教授は、4月の段階で、「アンジェスは3月5日に開発を発表して、3月24日にはDNAワクチンが完成しました。20日間で作れたのは、世界最速です。」「年内に、百万人の方にワクチン接種が出来るようにするのが目標です。」「ただし、アメリカで仮にうまくワクチンができたとしても、それが日本にやってくるまでには時間がかかります。まずは、自国が優先になるはずです。加えて、仮に技術を提供してもらい日本で同じものをつくろうとしても、まったく同じ結果にはなりません。」「仮に海外で製造できても、物流網の破綻で日本に輸入できない可能性も高い」などと煽りまくっていたが、結果はどうだったかは、もう説明の必要もないだろう。
 国産ワクチンへの期待があったことは理解できるものの、現実と乖離した大風呂敷と言われても仕方あるまい。

 改めて言うが、この会社に、5月に国立研究開発法人日本医療研究開発機構から研究開発費として20億、8月に厚生労働省から94億が報道されていることは強調しておきたい。

 その勢いを受けてか、アンジェスは、12月15日付けで、ゲノム編集技術に強みを持つ米エメンドバイオを2億5000万ドル(約260億円)で買収すると発表している。
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 一方、ワクチンとは何の関係もないが、なぜか、翌11月25日、森下寄付講座教授が、森千里なる名義で、浅野忠信、宮沢りえらが出演した改憲推進映画「日本独立」(2020年12月18日公開)の製作総指揮を勤め、制作費4億円を出し、撮影現場にも足を運んでいたことが週刊文春で報じられる

 さて、それで、開発費120億円が注ぎ込まれているはずの、肝心のワクチンはどうなっていたのか。

 2020年度中に大阪ワクチン100万人接種どころか、開発の目処も立っていない状態ながら、なぜか、森下寄付講座教授は、2021年2月16日、大阪・関西万博「大阪パビリオン」総合プロデューサーに就任する。

 そして2021年8月10日、アンジェスは、第2四半期の決算説明会にて、ワクチン開発における高用量製剤での第I/II相臨床試験結果については、この夏のうちに海外委託先から正式なデータが上がってくる予定と説明。
 31日になって、海外委託先での臨床試験結果の解析に時間を要しており、半月程度遅れる見通しと発表
 さらに同年11月5日、期待する有効性がこれまでの治験では確認できないとして、実用化の時期を2023年に先送りすると発表した。

 しかも、このとき公表されたプレスリリースは、第1/2相臨床試験わずか30例、第2/3相臨床試験500例という、なかなかお粗末極まりないもので、具体的なデータの開示もまったくないものだった。

 それでも、同月25日には、前日に、ワクチン開発断念と報じられたことに関し、アンジェス社は、引続き8月から高用量製剤の臨床試験を進めており、ワクチンの開発を断念することなく進めていると主張。

 そして、今年、8月18日、森下寄付講座教授・内閣府健康・医療戦略推進事務局健康・医療戦略参与は、安倍晋三元首相の訃報に際し、日本最大級の医療従事者専用サイトm3に、安倍氏の功績を賛美する記事の緊急寄稿をおこなった。
 ここで、(慶応医師団が実質的に否定している安倍氏の潰瘍性大腸炎なる病名が、森下氏が出演するラジオ番組で初めて公表されたことを明かすと共に、「再生医療に関しても、2014年の医薬品医療機器等法(薬機法)改正により、画期的な期限付き・条件付きで早期に承認する制度を創設した」、健康食品の機能性表示の解禁(トクホが消費者庁の承認を必要とするのに対し、事前届出制で消費者庁の承認なしに保健機能の表示ができるようになった)など、安倍氏の功績を絶賛。

 前者の再生医療の促進(期限付き・条件付き承認制度の創設)に関しては、まさに、アンジェスのコラテジェンがその代表例であるわけだし、 後者の健康食品の機能性表示の解禁に関しては、森下氏の例の著書が「機能性食品と逆メソッドヨガで免疫力UP! 」であることに注目されたい。(ちなみに、森下氏は抗加齢協会の立場で機能性表示制度のコンサルなどもやっていたようである。)

 森下寄付講座教授は、この追悼文を、「健康医療政策を福祉でなく成長戦略と捉えた点に、安倍政権での特徴があった」と結んでいるが、まさに、医療を「国民のための福祉」ではなく、「利益供与・金儲けのネタ」と捉えていたのが、安倍&森下コネクションということだろう。
 ちなみに、この寄稿のコメント欄は、現役医師からの「医療や介護の抜本的改革を先送りした政権を賛美するとは少々異常」「社会保障費は増える一方でした。」「アベノマスクの後処理はどうなった? まだ在庫山積み?」「現場感覚から大きく乖離しており、医療人としても学者としても、とても受け入れられるものではありません。」という批判で炎上する。 

 その挙げ句、今年の9月7日になって、コロナワクチンの開発断念を正式発表したというわけだ。
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 この時点で、アンジェスにワクチンが開発できると本気で思っていた人はすでにいなかったと思うが、それにしても、プレスリリースで、試験結果と称して出されたものは「安全性◎ 免疫原性△」という、具体的なデータ皆無の、小学生の夏休みの宿題以下の代物で、しかも、オミクロン株や将来発生する可能性のある新たな変異株にも有効な改良型の経鼻投与型DNAワクチンを新たに開発するとのたまうという、もはや失笑を誘うものだった。
 https://www.anges.co.jp/pdf_ir/public/100618.pdf

 本来、2021年5月31日のWHOの変異名指定に基づいて、従来株あるいは標準株と呼ぶべきものを、いまさら 「武漢株」と書くあたり、科学者と言うより、これだけでもネトウヨ色を漂わせているわけだが、従来株対応のワクチンすらまったく開発できないような会社が、いったい、なにをどうやって「ワクチンの研究開発の知見を活かした」、改良型のワクチンが開発できるというのだろうか。

 要するに、2020年3月24日に完成していた「はず」のワクチンが、結局、2年半経って、なぜ開発中止なのかと言えば、まったく効果がなかった、という一語に尽きる。(もっとも、それでも、ちょっと手と品を変えれば、補助金はまだまだもらえると思っていたのかもしれないが)

 それでは、森下教授が「世界最速で完成した」と主張して、多額の補助金をゲットした代物とは、いったいどういうものだったのか。

 この点に関しては、国立遺伝学研究所の川上教授の辛辣なツイートを挙げておこう。
アンジェスが提案したDNAワクチン。
言うだけなら誰でもできる。生物系のラボでプラスミドDNAを調整できないラボはない。
大阪府知事の後押しもあり、そこに国から~100億ものお金がついた。が、結局何もできずに断念。
その100億を一体何にどのように使ったのか? 検証が必要。
https://twitter.com/koichi_kawakami/status/1567822131421155328

 私自身、他の複数の研究者からも、同様の話を聞いている。

 ちなみに、時を同じくして、Webちくまでも、インペリアル・カレッジ・ロンドン小野昌弘准教授と医師・作家の海堂尊氏が、対談で厳しくアンジェスを断罪している。(主に後半)
 「オミクロン時代を生き抜くための『本当の知識』とは」
 ※後編で、アンジェスに関して厳しい指摘あり。(尚、海堂尊氏は分子生物学で博士号を取っている)

 なによりありえないことは、多額の補助金を受け取っていながら、アンジェスは、この間、新型コロナワクチンに関するまともな論文をひとつも出せていない。
 一本だけ論文はあるにはあるのだが、LancetやJAMAといった「まともな」学術誌ではなくて、掲載料を支払って掲載してもらう(しかし、実質的な審査は皆無だったり、お粗末な)、いわゆるハゲタカジャーナルと呼ばれてもおかしくないような媒体で、しかも、具体性に疑問がある数値が並べられた代物となっている。(小野准教授は、「学部生のレポートとしても落第レベル」と辛辣)
 こんなことでは、本当に作っていたのか、本当に治験をやって、きちんとデータを取っていたのかと疑われても仕方がない。

 なお、アンジェスは、JRCT(臨床研究等提出・公開システム)への登録内容を今年の6月に変更し、この計画によれば2022年3月31日に試験は終了しているはずであるのに、進捗状況は「募集終了」のままで終わっている。計画変更なら倫理委員会からやり直す必要があるはずなので、試験自体をやっていないのではないかという疑惑も表明されていることも付記しておく。

 一つ言えることは、ワクチン開発を断念した以上、そこにもう実験データに関しての企業秘密はあり得ない。多額の公金を補助金として受け取っている以上、どのような研究・治験が行われたのか、その具体的なデータ、莫大な資金の使途が開示、監査されるべきだろう。

 そしてまた、なぜ、感染症にもワクチンにも免疫学にも、何の実績もない、しかも財務状態が極めて悪いベンチャー企業に、これだけ巨額の国費が投入されたのか、その経緯についても、精査されるべきだろう。

 なお、同9月7日、同社の唯一の条件付き認可薬品コラテジェンの「慢性動脈閉塞症における安静時疼痛」の適応追加に向けた国内開発も中止が発表されている。プラセボ群に対して有意差を見出すことができなかったということは、まったく効かなかったということですね。それでも、「慢性動脈閉塞症の下肢潰瘍の改善を効能、効果又は性能とする本承認の取得に向けた申請の準備を計画どおり進める」そうだ。


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tag : アンジェスワクチン新型コロナ

本当に怖い統一教会の実態 〜 ラテンアメリカでの暗躍

 Twitterでは文字数制限があるので、少しまとめて、中南米での統一教会の活動について書こうと思う。

 もともと、私は統一教会ウォッチャーではない。学生時代、「原理研に引っかかるとヤバい」という知識を持っていたぐらいだ。それが、これホントに、相当にヤバい団体ではないかと思うようになったのは、ラテンアメリカでの暗躍を知ったからだ。

 90年代、もちろん、統一教会は日本でも社会問題になった。それから、歌手の桜田淳子や新体操の女王だった山崎浩子らが合同結婚式に参加したというのでも、世間を騒がした。
 しかしそれは、前者に関してみれば、宗教の名の下に信者を使って悪徳商法を行っていた、という話であり、後者はなんだか気持ち悪い信仰、という捉えられ方が一般的であり、身内に霊感商法で財産をすっかり巻き上げられたり、合同結婚式に参加したという人がいなければ、そこまで差し迫った問題意識を持たなかった人が多かったと思う。
 正直に言うと、私もその一人ではあった。

 この団体が、そういう「ただの洗脳系悪徳商法」レベルのものではない、と知ったのは、ウルグアイの友人からの国際電話がきっかけだった。
 ある団体が、ウルグアイで、とんでもなく莫大な資金力で、大々的に土地を購入したり、さまざまな企業買収を行っている。新聞も買収し、テレビ局にも触手を伸ばしている。まるで国をまるごと買い取ろうとでもするかのようだ。
 いったい、この団体の正体は、なんなのだ。資金はどこから出ているのか。しかも、韓国の団体のはずなのに、かなりの数の日本人も関わっている....

 そう。Reverendo Moon。
 調べれば、その正体は、すぐわかった。統一教会だった。
 私は、数週間後、その友人に調べた限りの情報を伝達した。
「このまま、放っておいたら大変なことになりますよ」
 そのときの電話の向こう側から聞こえてきた絶望的な吐息が忘れられない。すでに、統一協会はかなり広大な土地と、ホテルや銀行、新聞なども傘下にしていたのだ。

 彼らが、当時、地球の反対側で何をしようとしていたのかは、この赤旗の記事でよくわかる。統一教会系の新聞自体が、この件を高らかに誇らしげに謳っていたのである。つまり、文鮮明の大号令で中南米で土地を買い占め、「地上天国を築く」プロジェクトだったのである。むろん、その資金源は、日本の霊感商法だった。
 そして、土地買収とともに「宣教」や「ボランティア」と称する活動や、各国要人、宗教指導者らを招待する大規模イベントを中南米各地で開催していたのである。

統一協会 中南米 土地買い占め <上> 霊感商法も資金源に
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-05-02/2007050214_01_0.html

この記事の続きには、このような記述もある。
 一九九六年十一月にはダミー組織の世界平和家庭連合がウルグアイ・モンテビデオで開く行事に参加するという名目で四千二百二十人が大量出国。大半が女性信者でした。当時、全国原理運動被害者父母の会が、出国差し止めを求めて国会に出した陳情書は「親には事前に一言もなく、幼児を残したまま行ってしまう」「家庭を捨ててしまう」と、その異常さを指摘しています。

 この時の女性たちは、おのおの相当額の金を持参。資金の“運び役”の任務も帯びたのではないかとも伝えられました。送り込まれた女性がホテル十七階から転落死するという事件もありました。

統一協会 中南米 土地買い占め <下> 信者・幹部次つぎと
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-05-03/2007050314_01_0.html

 このとき、この4200人以上の女性たちが、それぞれ一人あたり最大2万5千ドル持ち出した(もちろん霊感商法で儲けた)お金は、総額8000万ドルとされているが、うち、一人の女性がホテルから「飛び降り自殺」したことから日本でも報道された。
 ちなみに、この女性たちが宿泊し、転落死の舞台となったのも統一教会が買収したホテル、8000万ドルが預金されたのも、統一教会が過半数の株式を所有している銀行である。(この件は、銀行の労働組合員の職員が内部告発したことで明らかになった)

 参考:5. 統一教会女性信者が自殺した 「四千人」南米大移働の謎

 そして、ウルグアイで、いや、南米で統一教会がどういう形で暗躍していたか。それは、このウルグアイの新聞「ラ・ディアリア」の2020年11月14日の記事に詳しいので、そのまま翻訳を載せておくことにする。
 統一教会が、中南米でも極右と結びつき、日本の霊感商法で得た莫大な富を背景にメディアを利用し、政治に影響を及ぼしてきた経緯がよくわかるからだ。そして、それはまさに、日本でも起こっていたこと、だとも言える。

国際レベルの反共連携機関には、カトリック原理主義や福音主義右派が加わっていただけではなく、統一教会とその関連団体が国際的に資金を提供し、この地域とおよび世界の政治活動家を協力に支援していた。

1954年に韓国の文鮮明が創設した統一教会は、冷戦時代に100カ国で活動した世界反共連盟(1966年)に重要な貢献をしたアジアの宗教の1つである。文鮮明は、自分自身をイエスの不完全な仕事を凌駕する新しいメシアだと信じていた。そして、権威主義に批判的な「解放の神学」や他のキリスト教を「駆逐」「排除」「戦闘」する必要があるといった理念を他の右派宗教団体と共有した。

統一教会は、設立当初から宗教活動にとどまらず、さまざまなメディアを買収して活動範囲を広げ、武器や食品産業で実りあるビジネスを展開した。
書影『ウルグアイを侵食するカルトと新宗教 (Las sectas y nuevas religiones a la conquista del Uruguay)』
中南米地域での統一教会の主な政治団体は、アメリカ社会統一協会連合 CAUSA (Confederación de Asociaciones para la Unificación de las Sociedades Americanas)で、「アメリカ大陸における共産主義と戦う」ことを名目にしている。カトリック司祭フリオ・セサル・エリサガの著書『ウルグアイを侵食するカルトと新宗教 (Las sectas y nuevas religiones a la conquista del Uruguay)』によると、CAUSAは1964年、元CIAの韓国諜報員だった朴普煕がCIAを退職し、統一教会の政治活動に専念して、設立されたとされている。1970年代から1980年代にかけては、この地域の政治と宗教をつなげるものとして影響力を持つようになった。

彼らにとって、新聞メディアは、共産主義と戦い、ラテンアメリカの独裁政権を支援するために、統一教会の国際戦略の基本的なツールだった。世界日報、ワシントン・タイムス、ノティシアス・デル・ムンド各紙への出資は、その一例である。同様に、マヌエル・フエンテシ(チリのラ・ナシオン紙編集長)、トマス・マクアレ(チリのエル・メルクリオ紙編集長)、アントニオ・アッジオ(ブラジル・サンパウロのア・フォリャ・ダ・タルヂ紙編集長)、アントニオ・ロドリゲス=カルモナ(アルゼンチンの通信社テラムの記者)といった多数の右派ジャーナリスト達が、ウルグアイのフリアン・サフィと提携して、統一教会の仕事にかかわっている。

CAUSAの活動は、グアテマラのエフライン・リオス=モント(訳者註:先住民20万人を虐殺した容疑で訴追)、チリのアウグスト・ピノチェト(訳者註:クーデターにより、1973年から89年まで長期独裁。多数の反対派への拷問や殺害、不正蓄財で訴追)、パラグアイのアルフレド・ストロエスネル(訳者註:1954年から1989年まで独裁。先住民を多数虐殺したほか、ナチスの戦犯多数を匿う)、ボリビアのルイス・ガルシア=メサ(訳者註:クーデターで政権奪取後、わずか1年で反対派500人を虐殺、政府がらみで麻薬取引にかかわった)といった軍事政権や独裁政権と、相互に支援しあう関係だった。(軍事政権下の)アルゼンチンでは、ラプラタ市のアントニオ・ホセ・プラサ司教やニコラス・アルへナタート(カトリック大学学長)など、カトリック教会の有力者の支持を得て、1981年7月13日に同国初のCAUSAセミナーを開催した。

1980年から1985年にかけて、米国におけるCAUSAの行動はロナルド・レーガンの政策に沿ったもので、退役した米国のデビッド・ウエルナー将軍が引き継ぎ、彼はニカラグアのコントラに対して少なくとも合計100万ドルに及ぶ「人道的」物資の支援に貢献した。この段階で、統一教会は中米地域にいくつもの支部を設立した。

ウルグアイでの統一協会

統一協会とウルグアイの関係は、エリサガが深く調査している。彼は、その調査や糾弾のために脅迫を受け、何年も厳重な警備を受けて暮らさなくてはならないほどだった。エリサガは著書の中で、1978年に統一教会の宣教師たちが活動を開始し始めた場所を、コロニア通りのロンド通りの角に近い場所と記している。1981年、グループの代表者が5100万ドルを持ってウルグアイに到着し、当時第3位の銀行であったバンコ・デ・クレディト銀行に預け入れた。朴普煕大佐自身が、何度もモンテビデオに足を運び、この取引などを行った。

同1981年、統一教会は、日刊紙「ウルティマス・ノティシアス」と出版・印刷会社「ポロ」を買収する。競争力のある価格、派手な一面トップ記事、スポーツ欄の重視など、人気のある日刊紙を目指したのだ。その社説は、ベナンシオ・フローレス、ホセ・ガルベス、カルロス・エステラーノ、オマール・ピバなど、共産主義との闘いに熱心なCAUSAの有名メンバーが書いたものだった。エステラーノは、独裁政権の国家広報局(Dinarp)のアドバイザーを務めていた。そして、同紙は、3年後にはウルグアイの新聞で3番目に発行部数が多い新聞になった。

フリアン・サフィという人物は、独裁政権時代に国家広報局のトップを務めながら、途中から2012年まで統一教会所有の「ウルティマス・ノティシアス」の編集長を務め、現在、週刊誌「ラ・マニャーナ」に記事を執筆している。
書影『文帝国』
フランスのジャーナリスト、ジャン・フランソワ・ボワイエ氏の著書『文帝国 (El Imperio Moon)』(1987年)によると、サフィのオフィスにはレーガン大統領が朴普煕元大佐と握手している写真が飾られており、彼は、来客に繰り返し、こう説明していた。
「私はビジネスマンではありません。ここまで来られたのは、私が金融の天才だからではなく、文先生の信頼があったからです」。

サフィのジャーナリストとしてのキャリアは、1960年、コロラド党の最右派のリーダー(訳者註:で、後に軍事政権下で内務大臣を務める)カルロス・マニーニ・リオスが経営する「ラ・マニャーナ」誌で始まった。その後、カルロスの兄アルベルト・マニーニの娘であるマルガリータと結婚し、1970年から極右学生団体JUP(Juventud Uruguaya de Pie 立つウルグアイ青年団)のコーディネーターである義兄のウーゴ・マニーニとともに政治にもどっぷりと関与するようになる。
その後、彼は4つ星ホテル「ビクトリア・プラザ」のオーナーになった。この買収を企てたのは、20世紀最後のウルグアイの軍事独裁者グレゴリオ・アルバレス将軍の義父であるベナンシオ・セグンド・フローレスとサフィらである。

1981年4月、モンテビデオで第1回CAUSAセミナーが開催された。会場となったのは、政府機関である国立観光局。会場には、軍司令官ルイス・ケイロロ将軍、内務大臣アレハンドロ・ロビラ、産業・エネルギー大臣フランシスコ・トゥレイユなどの重要なゲストが出席した。

1983年3月には、当時同国の主要民間銀行であったバンコ・デ・クレディト銀行の資本51%を取得し、同国への投資活動を継続した。同様に、マテ・アマルゴ社(苦いマテ茶の意味)出版の「財界ハンドブック (Prontuarios)」では、フリアン・サフィ、エンリケ・ドス=サントス=モリナリ(ホテル・ビクトリア・プラザのマネージャー)、ゴンサロ・ソト=プラテロ(バンコ・デ・クレディト銀行頭取)、チャールズ・ハム=マニニ(フリゴリフィコ・スイフトの元社長兼バンコ・デ・クレディト銀行取締役)は、グループの取締役と名義人として記載されている。

ウルグアイにおける統一協会グループの政治的、経済的、宗教的つながりの中で、週刊誌「エル・ポプラール」誌が1986年7月17日に発表し、フランスのジャーナリスト、ボワイエが前掲書に掲載した名前のリストには、モンテビデオ警察本部の情報・情報局第5課のメンバーで政治犯拷問で訴えられたホルヘ・グルンゾフ、独裁政権時代にリバタッド刑務所で働き、収容者の精神破壊を狙った作戦計画を担当していた心理学者のダルセイ・ブリトスも登場している。

https://ladiaria.com.uy/politica/articulo/2020/11/el-reverendo-moon-y-su-apoyo-transnacional-al-anticomunismo/

おすすめ 「免疫学者が語る パンデミックの『終わり』と、これからの世界」

 一言で言うと、とてもわかりやすく、そしてきわめて有益な書籍だ。
免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界
 まず、Covid-19こと新型コロナというものが、疫学的にどういうものか、重症化とはどういうことが起こっているのか、変異株とはどういうものでなぜ次々に発生してくるのか、一時期話題になった抗体カクテル療法とはどういうもので、コロナワクチンとはどのようなものなのか、後遺症にはどのようなものがあるのかといったことが、医学者からの視点で、ていねいに解説される。

 言うまでもなく、著者の小野昌弘さんは最前線の免疫学者として、コロナウイルス感染症の研究をしていたひとなので、この内容は、ネットでざっと調べればわかるような「一般論レベル」の解説ではない。つまり、かなり専門的な話なのだが、それが素人にも非常にわかりやすく説明されているのは、母国語ではない言葉を用いて、英国で学生に高度な内容を講義するということを日頃からこなしておられる小野さんの面目躍如というところ。徹底的に論理的であるだけではなく、比喩やたとえが絶妙だからだろう。

 本書では、「わたし」という主語を使うことで、さまざまなケースが論じられる。
 そのことで、読者は、専門的で難解なマニュアルの箇条書きを読まされるのではなく、身近にそういった人がいる、いるかもしれない、あるいは自分もそうなるかもしれない、という、ある種の感情移入をもってさまざまなケースに引き込まれ、そのことで、理解を深めることができるようになっている。
 また、膝を打ってしまったのは、過去に詳しく説明された事柄については、毎回と言っていいほど、非常に丁重に(→113ページ)という矢印で、適切なアナログ・リンクが示されていることだ。

 内容が非常に高度であるだけに、門外漢には、たとえば中和抗体だのB細胞だのT細胞だのRNAポリメーラーゼだのと説明されても、(その説明自体は、とても丁重でわかりやすいのではあるけれど、それでも)一度読んだだけではよくわかっていなかったり、忘れてしまったり、そのときはなんとなくわかったつもりになっていても、じつはよくわかっていなかったりする。しかし、この矢印のおかげで、前に戻って、そこのところだけおさらいをすることができるので、T細胞といえば「はたらく細胞」のあのマッチョマンしか連想できなかったレベルの私ですら、かなり理解を深めることができた。はっきり言おう、これ便利です。
 この部分だけでも、すごく賢くなれる(たぶん)ので、買う値打ちはありますよ

 そして、本書は、そういった医学的な解説だけではなく、社会的な意味でのコロナ・パンデミックの分析、また、今後の可能性も示唆している。それができるのは、小野さんがパンデミックの時期、まさに初期対応に失敗して多大な死者を出した英国にいて、その状況を実体験されていただけではなく、英国という国が、その惨禍を顧みて徹底的な分析と検証を行い、その膨大なデータを公開してきたからだ。
 まさに、データ。
 正確なデータの集積があるからこそ、コロナ禍が、いついかなる形でパンデミックと化し、どういった人たちを襲い、また、どういった被害をもたらしたかが、明確にわかる。
 さらにインターネットのおかげで、膨大の数の論文にネット上ですぐにアクセスすることができる。

 それらのデータを元にして、小野氏は、 ワクチンの仕組みや副反応、そのメカニズム、統計データからみるリスクも説明されたうえで、合理的な選択として(あくまでも個人の自由意志での選択として)ワクチン接種を推奨する。同様に、かつて日本で大手を振っていた「集団免疫」論や「ファクターX」説をあっさり粉砕し、その上で、社会的な意味での「パンデミックの解決」の具体的なレシピへと向かう。
 では、どんな未来があり得るか。
 小野氏は、現段階で推測できる可能性のパターンを示しつつ、明白に、コロナはなくならないし、ただの風邪になることもない、と予測する。しかし、それはけっして悲観論ではない。

 2020年初頭の、新型コロナが、謎の肺炎として、重症化のメカニズムもわからず、したがって対症療法にも限界がある状況でバタバタと死人が出ていた時期と比べれば、現在は、重症化を防ぐ効果のあるワクチンが作られて接種が広がり、発症した場合の治療法も確立されてきている。
 だからこそ、医療崩壊が起こりにくくなっているし、オミクロン株が「弱毒化」したように見える。
 そういったかたちで、社会がコロナに対応していき、その被害を最小化していくことを「パンデミックを飼い慣らす」と小野氏は表現する。
 具体的に「パンデミックを飼い慣らし」ていくためには、どのようにしたらいいか、そういったきわめて具体的な提言もなされている。

 当たり前だが、そこでも重要なのは「情報公開」と「透明性」と、それを踏まえての「適切な公的資金の投入」だということだ。
 それは、コロナに限らず、将来的にもまた起こりうるパンデミックへの対策でもある。

 ここで、日本にいた日本人としては、この2年間、日本政府がなにをしてきたかを思えば、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。
 この科学者からの、いたって「ふつうでまとも」な提言を、いまの日本が受け止められる状況からほど遠いところが、実は一番、この書の怖いところかもしれない。

書評 「検察審査会:日本の刑事司法を変えるか」

 本書は、検察審査会に特化した本である。
 検察審査会についての書籍というものはほとんどなく、研究もあまりされていない。そういった意味では、このような書籍が新書で刊行されたことには、一定の意義はあると言えるだろう。
岩波新書:検察審査会
 しかし、その一方で、素朴な疑問も湧く。
 なぜ、この日本独自の制度であり、しかも何度もメディアを賑わせた対象である検察審査会についての書籍が、いままでほとんどなかったのだろうか。
 その答えは簡単で、まさしく本書自体も述べているように、「透明性がない」「運用の実態がわからない」からだ。
 だから、その必然的な結果として、本書の内容も、米国の大陪審との制度的な比較、統計的な分析、そして、そのような統計的結果が生まれる理由についての「仮説」にとどまっている。

 そういった分析と仮説の中では、強制起訴案件となった東京電力福島第一原発事件について、無罪判決を出した裁判所に対し、指定弁護士(検察官役)に対して不当なまでに高い立証ハードルを設け、また、不自然なほどに東京電力側の主張を信用したという点で、その判断に疑義を投げかけ、その一方で、たとえ結果として無罪判決になったとはいえ、この裁判の中で、多くの隠蔽されていた事実が明らかになったとして、検察審査会の強制起訴による裁判の意義を認める。
 おそらく、筆者らにとっても、このケースが、本書の執筆を考える中での、もっとも大きな「注目案件」だったのだろう。

 検察審査会の審議には事務局の介入がどの程度あるのかどうかなど不透明な部分が多く、その審議の大半は検察の捜査の是認であることが多く、しかも、起訴議決数が減少してきている傾向があるとしながらも、(とりわけ2009年の強制起訴を可能とした検察審査会法改正以後)の、検察審査会の存在意義を認めているわけだ。

 この結論自体に異を唱えるつもりはない。
 非常に限られたデータの中から導き出される結論としては、そこそこ妥当としか言いようがないからだ。
 しかし、それゆえに、強制起訴議決が可能になって以後のわずか12〜13年の間のごく限られた案件を研究対象としている割には、本書の分析はきわめて表層的であり、取材力に致命的に欠けていると断じざるを得ない。

 たとえば、本書でさらりと取り上げている、陸山会事件での小沢強制起訴裁判に関しては、当時、検察審査会はかなり大きな問題としてクローズアップされた。それは、東電原発事件でのある種まっとうな「起訴議決」とは、真逆の意味で、だ。
 つまり、当時、大手メディアですら大々的に報じた「検察審査会の信頼性そのものにかかわる問題」がふたつあった。
 ひとつは、審査員の平均年齢の問題だ。

 本書ですら、審査員の構成が「高齢者」「男性」「保守派」に偏っているのではないかということを示す研究があることに言及しているが、このときの審査会では、平均年齢が異常に若いことが話題になった。
 一度目の審査員の平均年齢は、34.55歳。二度目もまったく同じ、34.55歳。
 審査員は入れ替わっているはずなのに、これは統計学的にあり得ないのではないかという指摘が当時あった。それを受けて、何度も平均年齢の発表が修正されるという珍妙な事態が起こった。
 そして、さらに大きな問題として、このとき、吉田繁実補助弁護士が記者会見で、堂々と、事実上の議論の誘導を行ったことを述べたことだ。
 すなわち、日本人の平均から見ても明らかに非常に若い審査員たちを相手に、プロの法律家である補助弁護士が、明確な意思を持って起訴議決に誘導したとしか言いようのない問題だ。しかし、本書はこの件には、一切言及していない。

 さらにこの事件では、起訴議決の決定打となったとされる「虚偽報告書問題」が存在した。
 この件には、本書はさすがに言及しているが、「2011年の検察官対象の調査で26%の検察官が、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成を指示されたことが明らかになっている」という、あたかも「褒められたことではないが、検察ではよくある話」であるかのように述べ、さらに「この検事は懲戒処分を受けて辞職した」と、さらりと流している。
 これはまさに、ことの本質をはき違えているとしか言いようがないだろう。

 むろん、「26%の検察官が、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成を指示されたことが明らかになっている」ことは、日本の検察の体質を示す問題だ。しかし、この事件については、「被疑者や目撃者の発言と異なる調書が作成」されたのではない。
 これが、調書ではなく報告書であったこと、それこそが、筆者らが見落としてしている重大な問題だ

 調書は被疑者なり目撃者の署名を必要とする。つまり、被疑者や目撃者の発言と異なる調書の作成があったとしても、結果的に被疑者なり目撃者はその調書に署名しているので、それが強要による不本意な署名であったとしても、被疑者や目撃者は、そういう内容の調書の存在自体は知っている。
 しかし報告書には、被疑者の署名はない。被疑者が退出したあとに検事が勝手に作る、言ってみればメモ書きのようなものに過ぎない。だから、このときの対象者となった石川元議員自身、一から十まででっち上げと言っていいほどの「してもいない涙ながらの自白」の報告書が存在していることなどまったく知らなかった。涙ながらの自白どころか、石川議員は、検事と単に雑談をしていたにすぎなかったのだから。
 そもそも、報告書というもの自体、そのようなものだから、裁判の証拠としてはまったく使えないし、使ってはならない。
 東京地検特捜部は、そこもわかったうえで、明白に、法律知識のない検察審査員を欺すことだけを目的として、本来作成するはずがない報告書をあえて作り、検察審査会に提出したのである。
 すなわち、「検察捜査の過程で生まれた若干問題のある捜査資料が結果的に検察審査会に持ち込まれた」のではなく、どうあっても公判が維持できるわけがなかったゆえに検察が不起訴にせざるを得なかった案件を、検察審査会というシステムを悪用することで、素人を欺して利用し、起訴させようとして、虚偽の証拠まで作った。その意図は、(もともと検察上層部が、公判を維持できないと判断したほど、まともな証拠がないような事件だから)最終的には裁判で無罪となるとしても、あえて裁判に持ち込むことで、政権交代の前夜の当時の民主党の信頼性を落とし、その機能を削ごうとし、結果として分裂を促したということだったと考えるのが妥当だろう。

 しかも、担当検事が虚偽報告書を一通作成し、上司が「虚偽であることを知りながら何もしなかった」というのも、とんでもない事実誤認である。報告書は、上司の作成したものも含めて、わかっているだけで5通存在していた。これも当時、かなり大きく報道されていた事実である

 これは、「検察が検察審査会を操り、誤った情報を与えて、政治利用をしたという見方もある」というようなことでさらりと片付けていい問題ではないだろう。
 しかも、この5通の偽報告書はネットに流出し、そのあまりにとんでもない内容が、当時、大問題になった。これが当時の小川法務大臣解任事件につながったことは、当の小川敏夫現参議院議員も手記に記している。shikiken.jpg
 筆者たちは、これらの事実をまったく知らなかったというのだろうか?

 そして、「この検事は懲戒処分を受けて辞職した」という解説も、結論だけ言えば誤りではないが、重大な誤解を与えるものだ。
 この「完全にでっち上げの報告書」を書いた田代政弘元検事は、刑事告発された。そして、(当然ながら)検察がこれを不起訴にしたため、これも検察審査会案件となっている。本書は、知ってか知らずか、そこも、ものの見事にスルーする。

 この田代政弘とその上司らの虚偽報告書問題の検察審査会では、さらにおかしな点があった。

 つまり、不自然に長い審査期間だ。本書でも述べられるとおり、検察審査会の審査員は任期6ヶ月。そして3ヶ月で半数が入れ替わる。だから、時間をかけることで審査が深まるわけではない。にもかかわらず、この審査は9ヶ月かけて行われた。
 そして、何より問題になったのは、検察審査会の補助弁護士に、元検察高官である澤新(さわ・あらた)弁護士が就任しており、中立性・公正性に重大な疑惑が取り沙汰されたことだ。
 結果は、不起訴不当となり、この検察史上最大と言ってもいい大スキャンダルは幕引きされたが、この「後味の悪い結末」も当時、大きく報道されている。

 この件がなぜ、さらりと流してよい問題ではないのか。
 なぜなら、この虚偽報告書の虚偽っぷりは半端なものではなく、一検事どころか当時の東京地検特捜部ぐるみの犯罪としか考えられないもので、しかも強制起訴議決の決め手になった疑いが濃厚であったことから、裁判になれば、おそらく相当の特捜の膿が出てくることが確実視されていたからだ。検察にとっては、なんとしてでも「起訴議決を出されては困る」案件だったことは窺える。
 この事件については、私も論者の一人として参加している毎日新聞社刊「検察崩壊」に詳しいが、単にタイトルやサブタイトルに「検察審査会」という文字が入っていなかったから、この陸山会事件における「検察審査会を悪用した検察の犯罪」の分析である本書をまるまる見落としたのだとしたら、本書の筆者たちの目は、節穴だったと誹られて検察崩壊
も仕方がないだろう。
 しかも、この事件は、「強制起訴議決が可能になるよう法改正されて」早々、その翌年に起こっているのである。

 本書で、もっとも大きな検察スキャンダルとして言及している福岡判事妻ストーカー事件などは、確かに検察審査会に強制起訴権限を与えるきっかけの一つとなった有名な事件ではあるが、所詮、男女の愛憎のもつれと地方の一検事の忖度の問題で、規模も悪質さも比較にはならない。
 また、この陸山会事件がらみに関しては、検察審査会自体が存在しなかったなどという類いの陰謀論的な論考やそれに基づく書籍なども出たことは確かだが、そういったトンデモ本があったからといって、問題に対する指摘のすべてがトンデモであろうはずがない。
 これは、コロナワクチンに関する妄想的な陰謀論が多々あるからといって、コロナワクチンの副反応や後遺症の研究まで十把一絡げにして目をそむけてよいことにはならないというようなものだ。

 ちなみに、この一件以後、検察審査会では、「証拠も明白であり、明らかに裁判になれば有罪になるであろうにもかかわらず、検察が不起訴にしてしまったきわめて重要な政治案件」については、不思議と、明白な犯罪の証拠があるにも関わらず、不起訴不当止まりで、起訴議決が出ないことが通例になってしまった
 ドリル優子事件、甘利事件、森友事件、桜を見る会などがそうだ。

 東電問題や黒川賭博事件では起訴議決が出たではないか、と言われるかもしれないが、それは違う。東電事件も黒川賭博事件も、そもそも政府与党の重鎮は被疑者にされていないし、東電裁判は、証拠が明白であって明らかに有罪が出るという案件ではなく、むしろ、会社上層部の業務上過失致死を問うことが難しい現行の日本の過去判例に照らしてみれば、強制起訴裁判になったところで、無罪になる可能性が高かったからだし、黒川賭博事件に関しても、裁判という公開の場で、この賭博事件の全貌(裁判になれば明るみになった可能性がある、大手メディアと検察高官の癒着の実態)が解明されることにはならなかった。一度の起訴議決を受けると、検察は略式起訴というもっとも軽い形で罰金だけで、事件に封をしてしまったからだ。(黒川事件については、もとより、本書執筆者たちはそういう視点を欠いているが)

 この検察審査会の「揺らぎ」の裏には何があるのか。
 私も関わっている市民団体「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」では、この田代虚偽報告書事件、詩織さん事件(本書では女性ジャーナリストAさん事件と仮名にしているが、すでに伊藤詩織さんは実名で闘っておられるので、ここでは名前を出させていただく)、森友事件などで、検察審査会に対して情報開示請求を行っている。

 検察審査員がどのように選ばれているのか、また、その選定の立ち会いに弁護士は同席できず、裁判官と検察官だけが立ち会えるという妙なシステムには本書も微妙に疑問を呈しているが、その裁判官と検察官の立ち会いすら、詩織さん事件以後、その立ち会い官僚の名前は黒塗りで秘匿されるようになっている。

 さらに言えば、なぜ、単に事件を裁判所に回すというだけの審査会とは違って、死刑を宣告することすらあるという点ではるかに重い決断を下すこともある裁判員裁判では、裁判員が重大事件のあと記者会見を行い、メディアの質問を受けることが普通であるのに、検察審査会では、記者会見どころか、検察審査会事務局や補助弁護士がどのようなアドバイスを行ったのかすら、一切の公開がされないのか。
 なぜ、くじ引きで選んでいるはずの検察審査員が「高齢者」「男性」「保守派」に偏る傾向があるのか。
 そもそも、検察審査員は、数千万円をかけて納入されたくじ引きソフトで選ばれるとされているが、そのくじ引きソフトそのものが、専門家の目から見て首をかしげるような異様な仕様のソフトであることなど、ツッコミどころはいくらでもあるのである。
 これについては、検察審査員の候補者となった人物から、私のもとに、検察審査会事務局の人物が「ややこしそうな人は審査員から外す」と発言したという証言も得ている。

 本書の筆者らは、真摯に調査をする気があるのであれば、そのあたりの情報には十分アクセスできたはずだ。
 公式発表のデータだけ並べて統計を取ってみました。検察審査会は不透明だが、なんとなくそれなりに機能しているようです。裁判記録だけは一通り目を通しましたが、東電事件に関してはちょっとムカつきました。
 大学院生の論文ではないのだ。学者の結論が、そんなものでは、困る。

 どうでもいい案件ではまあそれなりに機能するが、検察組織や政府与党に関わる案件では極端に不透明で妙な結果が出る、みたいな検察審査会なら、単に、検察の忖度を強化するものにしかならない。米国の大陪審にもそれなりの問題があるからどっちもどっち、みたいな話ではなく、検察審査会法のどこにどういう不備があり、どう透明性を作っていけるか、どうしたら民主的に機能しうるかという視点が必要だろう。

 そういった意味で、本書は、検察審査会についての入門書的価値はあるが、深い掘り下げには遠い、表層的な内容というしかない。そして、入門書的役割を果たすというには、原文の英文が頭に浮かんでしまうほど、ひどい直訳調の(ところどころ、日本語として意味不明な箇所すらある)文章は、大きなマイナスであろう。

 とはいえ、それまでなかった検察審査会に光を当てた書籍が生まれたことには意義はある。著者らの一層の奮起と研究の継続を願う。

みなが勘違いしている中で、オリンピックがやってくる

スペイン女性といえば、「カルメン」をイメージする人は未だに多い。

しかし、原作を読めばわかるが、カルメンは、民族的にはジプシー(ロマ)女性であって、スペイン人ではない。そもそも原作者のメリメも、オペラを作ったビゼーもフランス人。(だからオペラ自体もフランス語で歌われる)。つまり作品そのものも、スペインのものではない。
もっとも有名なアリアの「ハバネラ」も、スペイン音楽ではなくキューバ民謡の転用だ。(厳密に言えば、オペラが作曲された、1875年にはまだキューバは独立しておらず、スペイン領であったので、そういう意味では「スペイン」だったが)
それでも、いまだに「カルメン」といえば、スペインがイメージされ、スペイン女性は「奔放な魔性の女」的に描かれることが多い。

ステレオタイプな印象とはそういうものだ。そして、そのようなイメージほど、実態とかけ離れていても、一人歩きする。

そして、悲劇なのは、80年代から90年代の日本は、間違いなく「世界でも有数の豊かな国」であり、「国民は働き蟻に例えられるほど真面目で勤勉で、当時の日本の売り物だった電気製品に代表されるように、最先端の精密な作業を確実にこなすことができることで世界に名を馳せていたこと」だった。

この「日本がもっとも豊かだった時代」、90年代の初頭、ある南米の大女優さんのお宅でお食事をごちそうになっていたときのことだった。
「そういえば、夫が、蚤の市でこんなものを見つけてきたの」
と見せられた、東洋的な文様が精緻に描かれた有田焼風の陶器の皿の裏には、「Made in Occupied Japan」の文字が記されていた。

占領下日本。それは、1945年〜52年の、日本が連合国に占領されていた時代に、日本で輸出用に作られた皿だったのだ。

当時、ニューヨークを買い占めかねないほどの勢いがあった日本にも、わずか40年前にそのような時代があったという歴史的事実に、皆が感銘を受けていたとき、当時80歳を超えていた女優さんの母上が漏らした一言は、その場にいた人たちをもっと驚かせた。

「日本製品が『優秀』なんていわれて、みんな欲しがるようになったのは、ほんの最近のことよ」
ええっ、という皆の顔の中、彼女は静かにこう言った。
「私の若い頃はね、日本製品と言えば、『安かろう悪かろう』の典型みたいなものだった。それがいつからかしらねえ、日本の人が努力したんでしょうねえ。でも、お嬢さんには悪いけど、私はまだ、なんとなく日本製品ってちょっと抵抗があるの」

人にもよるだろうが、高齢者が記憶にとどめるもっとも鮮明な印象が、30歳〜40歳ぐらいの、もっとも活動していた壮年期のものであるなら、それは不思議ではない。彼女にとっていちばん記憶に深く刻まれている日本製品の印象は1960年代のもの。戦後の貧しい日本が、1ドル360円のレートのもと、繊維製品を主要な輸出品とし、機械製品についてはアメリカ製品をまねて試行錯誤をし、『暮しの手帖』誌に罵倒されるような粗悪製品が堂々と売られていた時代だからだ。まさにその時代の日本製品は、「安かろう悪かろう」だったのだ。

しかし時代はさらに変わる。
80年代から90年代の「豊かで、世界で最先端の技術を持つ」日本は、すでに30年前の姿だ。
世界中の目抜き通りや空港の看板に煌めいていたSONYやPANASONICの文字が、21世紀になって、少しずつ、HYUNDAIやSUMSUNGなどに取って代わられているのに気づいてからも、すでに大分時間がたっている。いまでは、さらにそこにHAIERやLENOVO、HUAWAIといった文字が加わっている。

とはいえ、いま、50代後半以上の人たちにとっては、いまだに、「優秀な日本製品が世界をリードし、席巻していた」記憶こそが、とても鮮明に残っているものだろう。時代が変わっていたとしても、いったん強く刻みつけられた記憶から生まれる印象とはそのようなものだからだ。

それは良いことでも悪いことでもある。

不安を表明されながらも、コロナ禍のオリンピックに世界から選手団が送り込まれてくるのは、「なんやかや言っても、日本は最先端の技術を持ち、日本人は勤勉で精密な作業が得意なはず」という印象が、まさに指導者層である、ある世代以上には健在からだ。
IOCのトーマス・バッハ会長も1953年生まれ67歳。日本が最強だった時代にビジネスマンとしてのキャリアを積んだ人だ。ジョン・コーツ副会長もしかり。1950年生まれの71歳だ。
言うまでもなく、今、日本の中枢にいる与党政治家の方々には、さらにその上の世代が多い。

欧米の50歳代以上の人々のイメージの中の日本は、80〜90年頃のエネルギッシュでリッチな日本だ。
アメリカを脅かしかねない経済力を持ち、精密正確な作業を難なくこなし、最先端の技術力を持つ日本だ。

そして、70代以上の与党政治家たちの茫洋としたイメージの中の日本は、高度経済成長を前に、オリンピックをステップ台にする日本だ。

そう考えれば、彼らがあまり深く考えず「パンデミック下であっても、日本が本気を出せば、オリンピックは可能」だと思うのもむべなるかな、だろう。べつに、日本国民はどうなってもかまわないなんていうほどの悪意があるわけではないと思う。

オリンピックはどうしたって不可能だろうか?
必ずしも、そうとも言い切れない、と私は思う。

本当にオリンピックをやりたかったなら、最低限、コロナ禍が始まった昨年春の段階で、PCR検査での確定診断によって感染状況をどの国よりも完璧に管理し、日本の重症化率が欧米に比べて軽かったことにあぐらをかかず、オリンピックで、欧米・アジア・アフリカ諸国からたくさんの選手や関係者が来日することが自明である以上、若者世代を含む希望する全国民に6月までにワクチン調達と接種を完了させ、まず国民の側に、考えられる限りもっとも完璧な受け入れ態勢を作ることは最低必要条件だった。IT技術をフル活用することで、感染状況だけではなく、病床や医療資源、医療従事者の勤務状況などを的確に把握・管理し、医療崩壊が起こらないようなシステムも去年のうちに作っておくべきだったのは言わずもがなだ。

その上で、選手及び関係者には、最低、開催3週間前までの来日を必須とし、選手村、及び、一般人立ち入り禁止の指定ホテルでの2週間隔離+こまめなPCR検査を行うことも必須だった。なぜなら、選手や関係者は先進国からだけ来るわけではないからだ。

そのいずれをも、最先端の技術を駆使し、緻密でこまめな分析とシステマチックな即時対応を両輪として稼働できるなら、不可能なことではない。

そのうえで、無観客(あるいは、ワクチン接種と3日以内のPCR検査陰性と指定マスク着用を義務づけたうえでの限定観客数で)開催、というなら、コロナ禍であっても、「安心・安全」性の高いオリンピックは開催できたかもしれない。
もしかしたら、戦後の瓦礫の中から復興して先進国の仲間入りを果たした努力の記憶の生々しい80年代の日本人なら、実際にそう考え、日本の技術力を世界に見せつけたいというぐらいの意気込みで、それぐらいのことを実行できていた「かも」しれない。
(もっとも、それでも、「猛暑対策」はどうするのか、原発事故の汚染水のどこがアンダーコントロールなのか、といった問題は残るわけだが、ここでは、コロナ問題だけを論じることにする)

問題は、数十年前の颯爽としてエネルギッシュな日本のイメージは、たとえ、根強いステレオタイプとして多くの中高年世代の心に刻み込まれていたとしても、それは「いま」の現実ではないことだ。40年前の日本は、いま現在の、製造業が見る影もなく衰退し、最新のIT技術には完全に乗り遅れ、中抜きや改ざんや保身ばかりが横行するようなモラル破綻した日本ではない。

そして、現政府のやったことは、さらに時代を遡り、ほんの一瞬アジアの盟主であった大日本帝国の、光の当たった部分だけの幻影に憧れるあまり、彼らがそのすぐ後に国を破滅に追い込んだような、「神頼みのなりゆき任せ」だった。

現実が見えないまま、それぞれが過去の甘い記憶に身を委ね、そして、オリンピックがやってくる。
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